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vol.26

関富士子の詩vol.26-1
連作  6月に生まれて


紙版"rain tree"no.26掲載2003.6.16
1-1415-2526-30

 
雨の中を歩く
はねが裾を汚すのを
何かの暗示とは思わないが
からだをまっすぐにして歩けない
背骨がどうしようもなく
かしいでいく
 
 
 
 
遠くにいる人が
とても近いと感じる
ほとんどわたしの内側にいる
しかしけっして抱きしめることはできない
その人は遠くにいる
 
 
 
 
彼女は踊る
長い腕とまっすぐな足
輝く肌 見え隠れする筋肉
右へ二歩 左へ二歩
さあみなさん もっと高く腕を伸ばして
彼女といっしょに踊れて
わたしたちはただうれしい
 
 
 
 
はたちのころ手相見に
四十歳で死ぬと言われた
ひどいことを言うものだ
でも死期はとっくに過ぎて
後生がとても長い
なんだかとくした気分
 
 
 
 
園芸店の前を通ると
どうしても苗が欲しくなる
毎日買って帰るので
もう置き場がない
ほったらかしの苗はぐんぐん育って
花を咲かせ実を付け種をこぼす
土のないわたしの庭に
 
 
 
 
死ぬまぎわ
わたしは思いだすだろう
ガラスの破片が閉じたまぶたをつらぬき
重なった頭蓋骨がきしみながら開き
初めての空気に肺が膨らむ
激しい痛みに泣き叫んだ
誕生の瞬間
あの恐怖を
 
 
 
 
約束があって出かけた
約束の人は来なかった
約束した日をまちがえていた
今日乗るのではなかった電車に乗って帰る
会うはずのなかった人々の顔を
しげしげと眺める
明日は彼らに会うのでなく
約束の人に会うのである
 
 
 
 
新しい橋が完成した
ちょっと渡ってみたいが
橋の向こうは小学校である
人には
二度と行きたくない場所
というものがある
 
 
 
 
カルガモ ママA
   Aの仔 a1 a2
      a3 a4 a5
カルガモ ママB
  Bの仔 b1 b2 b3 b4
        b5 b6 b7
二組の母子はそれぞれ群れて
川をさかのぼる
  Aの仔a4が遅れる
   Bの仔に交じる
     b1 b2 b3
       b4 b5
      b6 a4 b7
カルガモママAがa4を呼ぶ
a4は必死に泳いで群れに戻る
   Aの仔 a1 a2
      a3 a4 a5
 
 
 
10
 
6月に生まれて
わたしは
水から出たばかりのように
湿っている
いつも髪と睫と陰毛が濡れて
耳殻にたまった水が揺れる
口の中で言葉が溺れ
左乳の赤疹は乾かず
指先と足の裏から水がしたたる
わたしは
わたしを乾かすすべがない
 
 
 
11
 
案内状が届いたので
嬉しくて
いろんな用事を
やっつけたり打っちゃったり蹴飛ばしたり
やっとのことでかけつけると
案内者は言う
どなたでしたっけ?
 
 
 
12
 
男が惚れる
女がなびく
男が口説く
女がほだされる
蜜月
男が飽きる
女がすがる
男が逃げる
女があきらめる
 
女は結局男にほれていない
男女逆の場合も同じ
 
 
 
13
 
あなたの口がまあるくぽっかり
開くので
何か食べ物を
ほうりこみたくなる
あなたの口が閉じて
もぐもぐするのを見ていると
まあるくぽっかり
開くのが
待ち遠しい
 
 
 
14
 
ただ 悲しいだけた
とつぶやく声が
ときどき聞こえる
ええ ただ 悲しいだけよ
と答えると
黙ってしまう



6月に生まれて」15-25
 
  
  
15
  
元印刷屋だった男は
じじいになってもハンサムで
今つきあっている女と
イタリアやペルーやインドネシアや沖縄を
旅行ざんまい
おれは金はないけど生活保護があるし
女が金を持ってるさ
おれは三回結婚したけど
いつ後ろから刺されてもしかたがないくらい
悪いことをしているんだぜ
と言いながら
河川敷を無断で耕して作った
きれいな紫キャベツをくれた
  
  
  
16
  
カモが
目を白黒させている
  
いやそうじゃなくて
丸くて黒いカモの瞳は
白いまぶたを下から上へ
閉じるのだ
午後の川原の
あたたかな小石の上で
まどろんで
  
  
  
17
  
川面に映る顔は
絶え間なく歪んで
つぎつぎに流れる
川をのぞきつづけるかぎり
顔はなくならない
無数に現れて
絶え間なく歪み
瞬時に流れる
  
  
  
18
  
ファーブルは
蜂の共産主義を観察し
感嘆し脱帽し称賛して
人間社会の共産主義化には
強硬に反対したけど
ファーブルもわかっていただろうが
人間は蜂にはなれないのさ
  
  
  
19
  
誕生日にはいつも
だれかがそばにいた
その晩を独りで過ごして
いつものようにベットに入るとき
気づいた
もう独りでも
寂しくないんだな
  
  
  
20
  
川沿いを歩く人は
マトリックスばりのサングラスをかけている
片足は義足で
動かない片手に厚い包帯
ぎくしゃくとロボットのように
未来の仮想現実の中で闘う彼を想像してみる
どんなに傷ついても再生するのだ
こんにちは
きょうは涼しいですね
わたしたちはあいさつを交わす
失われたものは再生しないが
彼は今ここに存在して
その肉体は確かに彼のものだ
  
  
  
21
  
一日じゅう他人のために
働いているあなた
自由な一時間があなたのものになったら
何をしますか
少しでもいいから眠りたい?
恋人の顔を見に行きたい?
ゆっくりお風呂に入りたい?
今すぐにそれをしなさい
あなた自身のために
  
  
  
22
  
彼はいつのころからか
「あれ」がそばに近づいただけで
なんだか息が苦しくなる
話しかけられると
答えようとして咳こんでしまう
「あれ」がなんの気紛れか
彼のベッドに入って来ようものなら
喉が絞められたように狭まり
胸がぜいぜい膨らみ
激しい咳の発作が止まらない
毛布を被ってただ耐える
「あれ」があきらめて行ってしまうと
ようやく眠りにつくのだ
  
  
  
23
  
学校がえり
バスが石ころを跳ね飛ばす道を
本を読みながら歩いた
土手の上の胡桃の木から
毛虫がページに降りてきた
なんてすてきだろう
歩きながら本を読むことは
  
  
  
24
  
小さなボックスの中で
四方を囲まれて
ほっとひといき
人前ではしないこと
たとえばパンツを下ろすとか
逆立ちをして舌を出すとか
しゃがんで隣をのぞくとか
自分のアタマを殴るとか
を心置きなくしたあとで
何食わぬ顔でドアを開けると
外には
何人もの人が
並んで待っている
わたしと同じことがしたくて
  
  
  
25
  
何度聞いても
そのつど忘れる
聞くたびに
驚きの声をあげる
何度でも
初めて知ったように
そのときかすかに目が輝き
一瞬に消える
そして
忘れる



6月に生まれて」26-30
 
  
  
26
  
魔法のように取り出される
小さな筆や刷毛やスポンジ
青やピンクや赤
彼女は描く
その眠たげな平たいキャンバスに
小刻みな筆遣い
隈取りの華麗なワザ
周りには目もくれず
鏡だけを見つめて
目を 口を 鼻を
数十分後
作品を顔に張り付けて
彼女は電車を降りる
  
  
  
27
  
トライアングルな子供たち
聖母のまわりに浮遊する
プロミネンスを背負いながら
奇妙な手つきで渡してくる
小さなテイッシュ
テレフォン・ナンバー
電話してね
電話してね
  
  
  
28
  
ときどきいらっしゃいますね
よくお見かけしますよ
お近くですか?
仕事の帰り?
わたしもよく来るんですよ
この図書館は資料が少ない
本を読みながら運動するんです
これをこう握って
シャカシャカ
シャカシャカ
握力をね
鍛えるんですよ
  
  
  
29
  
また一人逃げてさ
今年で五人目
アパートに行ったらごみ屋敷だよ
新聞が山のようで
勧誘がうまくいかないと
ノルマがたまって
自腹で払いきれなくなって
給料もらった晩に
逃げちゃう
その人おじいちゃんで
四十年も自転車で配達してたんだぜ
ギコギコ
また戻ってくるって社長は言ってる
行くとこないしね
  
  
  
30
  
巨大スクリューにまたがって
コルクの穴に落ちていく
タンポンみたいに充血する
シチューの中のタンはどこ
懺悔は晩餐のあとで
にんじん色のジュースをどうぞ

「6月に生まれて」

tubu<詩>照らす台地(関富士子)
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