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vol.28

<雨の木の下で>関富士子

 人生の聞き役 2004.4.19


 数か月ごとに、思い出したように電話をくれる友達がいる。中学時代の同級生男子で、強い福島なまりがあるのですぐわかる。なつかしい、野太い声で、ふうちゃん、元気? と言ってくれる。ときどきろれつが回らない。薬のせいらしい。もう何年も病院通いをしていて、仕事にもつけない。体の調子のこと、子どもたちのことなど、彼の言葉はとりとめがない。わたしはうなずきながら耳をかたむける。三十分も話すと、気が済んだように、じゃあ、また電話するから、と言って切れる。
 中学のころは持久走がダントツに早い、屈強な好男子で、気持ちのやさしいやつだった。高校から夜学に通って資格を取り、同級生のハツコと結婚して、子どもがどんどん生まれた。十五年前の同級会では、マッチョな壮年男子になっていて、でも、うぶなところは変わらなかった。それ以後会っていない。
 十年ほど前に、大けがをして長期の入院で仕事を失った。やがて精神のバランスをくずして、躁鬱病にかかった。足にも後遺症が残り、リハビリを続けるが、体も心もなかなか良くならない。これらはすべて彼からの電話で聞いたことだ。妻のハツコともたまに話すが、彼女は昔からしっかり者で、わたしには明るく笑うばかりで、けっしてぐちをこぼさない。何といっても初恋を実らせた女なのだ。
こちらからは電話をかけないが、向こうがかけてよこせば、どんなに忙しくても、その時間だけは気持ちを集中する。彼も話せるときは体調がいいらしい。躁鬱病というが感情の起伏はあまりなく、病状やリハビリのこと、仕事を探しているが見つからないことなどをたんたんと話す。元来口下手で、苦しい胸のうちはあまり語らない。語られてもどうすることもできない。たいへんだね、もう少しで治るよ、と安易な慰めを言うばかりだ。
 長い年月にわたって、電話で一人の人物の人生のあらましや細部を聞き続ける。その間に、話し手の子どもたちは育ち、家を出ていく。いなかの老親は亡くなる。そんな人生にけっして介入することなく、ただ聞き続けること。これはなかなかどうして、稀有な役まわりではないか。彼の存在は、一生をかけて読む一冊の本に似ている。読み続けるうちに、本はぼろぼろになり読者は老いていく。
 そして、受話器を置く前に、彼はこう言うのだ。それは、何かの恩恵のようにおごそかな、わたしへの励ましの言葉だ。
 ふうちゃんも元気でな。また電話するよ。


 春です 2004.2.22


お台場のホテルから東京タワーを臨む040208  5ヶ月ぶりの"rain tree"の更新である。長い間ほったらかしていて、ごめんごめん。と自分に謝る。詩のことを忘れていたわけではないが、生活人の前には詩人の出る幕がない。とにかく片付けなければならないことが多すぎる。などと言い訳しているまに、冬は過ぎ去り、春が来た。大好きな春。生き物が目覚めるこの季節に、詩人も息を吹き返して何が悪いことがあろうか。何度でも死に、何度でも生き返るのである。
 以前ある人に、「わたしの春をだいなしにしないでくれ。」と言われたことがある。そんなつもりはなかった。春になったから、ピクニックに行きましょうと誘っただけである。ひどいことを言うものである。あるいは彼は花粉症だったのだろうか。
 今もときどきその言葉を思い出す。そう、他人の春をだいなしにしてはならないのだ。春は一人で楽しむものである。花がつぎつぎに咲く。それだけでわたしの心はわくわくする。温帯の植物が、春に芽吹き秋に枯れるように、温帯に住む人間も、冬に眠り春に目覚める体のサイクルがあるのではないだろうか。詩を書くのも一人遊びのようなものだ。他人におしつけて、遊びを強要してはならない。今こうして書くことができるというだけで、おおいなる喜びなのだ。
 というわけで、新しい詩集を準備中だ。また出すのー? 懲りないねえ。と言われそうだが、何とでも言え。書いたものは詩集にまとめてひもでしばって捨ててしまわなければ前進できない。去年の詩集『女―友―達』も、昔のことを捨てるつもりで出したのに、拾ってくれる人がいて、わたしはどぎまぎしている。ごみをこっそり捨てて、知らんふりをして行ってしまおうとしたら、知らない親切な人に、もしもし、何か落としましたよ、と声をかけてもらったときのような気分だ。んー、どうもありがとうございます。  


<雨の木の下で>2004埼玉詩祭 詩人・ことばの海へ
<詩を読む>何度でも生きるために(中上哲夫詩集『エルヴィスが死んだ日の夜』を読む)(関富士子)へ
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