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vol.28

関富士子の詩 vol.28‐2

欠片を踏んで反射光  


欠片を踏んで


    ―ある新聞配達の少年に



錆の浮いたペダル
やわなハンドルがぐらつく
膨らんだ腿の筋肉で漕ぐ
暗い短水路を潜っていくみたいだ
濡れたアスファルトが流れている
助走から気合を入れろ
いざこざはごめんだ
無慈悲な真夜中の街路で
丸腰のまま殺されたくない
後ろの荷物は三十キロの紙束だ
だれに渡すのかなんて考えたこともない
マシンの古ネジが抜けそうに震える
都市をじぐざぐに走っていく
低いノイズがいつも耳に響く
ぼくたちは家族としてふるまえない
空になった母の胸から全速力で遠ざかり
ホイールがしんしんと鳴り始めるころ
薄明るいターミナルビルの陰に
われを忘れた父がうつぶせている
変わることができるのはぼくだけだ
コイルを巻き付けた少女の胴体が
パーティの灯りに近づくとき
朝の可憐な友人たち
君らは正課を取るために教室に向かうんだ
日常の暴力沙汰に倦みながら
明けがたまであと三時間
ぼくは細裂かれたカードの女たちを踏んでいく
裸の体にリボンが巻かれている
いつも傷ついている世界に生まれたんだ
舗道に散らばる無数の肉片を越えて
すねに笑いがきたガイコツみたいに
はいつくばってベッドに沈むだろう
十時間働きづめの夜明けに
つめたいチキンを食って眠る
昼に目覚めたらペニスを握ってみるだろう
ちぎれて死んでしまったのではないか
 *私たちを愛するという者たちによって
  私たちはつねに切り細裂かれている
空転する擦りきれたゴムタイヤ
クラッシュしたチャリを引きずっていく
だれかヨー助けてくれ
地まわりにぼこぼこにされた男が
前歯のない血だらけの口ですがってくる
側溝に荷束が散乱する
百馬力の馬になった気分だ
いつもこうだ助けろってあいつは
言うけどだれに言ってるんだ
何をいったいどうやって
ぼくは途方にくれる
夕方になるとジムに行き
死体の形の砂袋を殴るだろう
道沿いでいつものシャドーを始める
弾けた新しい内臓の欠片
幼子を抱いた家族写真の欠片
ぶちまけられたチキンの欠片
折れた前歯の
分解マシンのネジやボルトやチェーンや
細裂かれたぼくのシャドーの
無数のいまわしい欠片を踏んで




*高橋睦郎詩集『恢復期』から「地下鉄のオルペウス」より引用
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tubu<詩>反射光(関富士子)へ
<詩>愛のしるし(関富士子)へ


反射光





波は胸から言葉を奪ってはもみくちゃにして爪先へ投げ返す
光が秒針のように傾くごとに頬の産毛が輝いては白ちゃける
生の一部始終が人の姿をして瞬時に顕れては隠れるのに
何も言わないでたたずんでいる
言葉が先に会っていた人に初めて向かい合って再び
出会うことはできるのだろうか(初めてのように)
肉親は一人ずつ別れの言葉を告げにきて残される者をけっして
かなしませないが
いくつもの物語を結んできた人が再び新しく(わたしに向けて)
語ることなどあるのだろうか
滴り落ちるあなたの言葉が仰向けに揃えた手のひらを打つとき
なぜかなしいのか自分でもわからない
情けをかけられたのではない
ただ思い知る
無私の出会いをわたしがどんなに求めていたか
海には空が反射して再び新しく辺りを照らす
ひそやかにすみずみまで沁みとおる光

礼を尽くしながら有無を言わさず
心をほどいていく
地下水を探るようにひたひたと冷たくやさしく
  
窓が海に向かう婚礼のための部屋
親しく垂れる葡萄と尖る麦穂と飛ぶ鳥と魚たち
摘み搾る人挽き捏ねる人撃ち炙る人刺し捌く人が
荒ぶるキッチンで来客を迎えるだろう
真夜中から朝までずいぶん雨が降った
裏窓に寄って庭からそっとガラス越しに覗くと
火に大鍋が沸き焔の影は天井まで届いて揺れている
粗木理を塗り込めたテーブルに甘く煮た果物が置かれ
絵解きを待つ皿の青い模様が並ぶ
湿った屋根に上って六角形の明かり取りから
ふたりの子どもが空っぽのバスタブを見下ろしている
取手がない扉をためらいがちに押し開くと
短い隊道の向こうの「小さき海」に
また潮が差し満ちて引き差しては満ちる
  
無私のこころを貪ってはならない
(わたしは何者でもないのに)
打ち消すようにあなたは急いで手をふって
喉の形の井戸に降りていき木の葉の浮いた水を汲み上げた
無言の震える身体から言葉が惜しげなく零れている
木の葉には断崖から落ちていく人の瞬時の物語が刻まれている
なにかを畏れるように俯いて慎ましく向かい合う
反射光が海を激しく泡立てて鎮まる
(訳なくわたしからたちまち失われるもの)地に沁みていく物語を
読んでください溢れ零れてしまわないうちに声に出して
できるだけ声をひそめて(わたしだけに届くように)
斜めに差す光に半身を暗くしてその人は読み始めた(わたしは貪った)
掬い飲み干して仰向き額を濡らして目を開き喉を広げてさらに貪った




「midnight press」 no.22 2003.12刊より
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<詩>欠片を踏んで(関富士子)へ
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