七月に至るいくつかの理由
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| わたしは知っている
| 犬が用を足すような道端の叢に
| 小さなゴム人形が捨てられているのを
| 醜く歯をむき出して
| 骸骨みたいな手足をひょろ長く伸ばして
| 叢のそばを通るといつも
| 高笑いが聞こえる
| 世界じゅうを嘲笑っている
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| 駅前のスーパーに停めたはずの自転車がない
| ぐるぐる探しながら
| 自分の行動が思い出せない
| 三時間前にほんとうにここに停めたの?
| スポーツジムの地下とか
| 駅の有料駐輪場とかじゃなくて?
| 三時間前の自分にきいてみたいが
| すでに彼女は存在しない
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| 前を歩く二人の男
| 両肩がフットボールの選手みたいに
| 盛り上がって揺れている
| 脂じみた髪よく肥えた尻
| きたない突っ掛けを引きずって
| 互いに唾を飛ばしてしゃべっている
| その横顔が瓜ふたつなのを
| 確かめたくない
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| 真昼の御苑で崩壊する薔薇を傍観し
| 久富町の路地にちぢれる烏瓜の花をうんぬんし
| 西向神社で財布をなくして西日にまみれ
| 新宿二丁目のバーの暗闇でアイスクリームをなめた
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| 白いつぼみが開こうとするほんのひととき
| 花びらがすうっと透明になることがある
| と語る人の目に
| 消えた白はどのように姿をあらわすのか
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| シャツをはだけ剥き出した肩と肩
| 裾をたくしあげ膝と膝をすりあわせて踊る
| 九組の男女の鍛えられたふくらはぎの下の尖ったハイヒール
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| 「よろしかったでしょうか」と微笑むあなたの大きな目が
| 真っ黒にクマどられ睫毛の先までよごれているので
| 「はい」と答えながらわたしはかぶりをふった
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| きらめく真鯵とふっくらしたスルメ烏賊を購ってキッチンにこもる
| 頭を落とし身を捌き腸を抜き皮を剥ぎ血を洗い流して
| テーブルに運ぶと
| 美しかったものたちは酷く切り刻まれている
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| 眠れない人は眠いあまりいつもまぶたが垂れ下がっている
| 半びらきの瞳で外界をぼんやりのぞいている
| 食事中にときどき白目をひっくり返して数秒だけ眠る
| 絶望のあまり彼はつぶやく
| 永久の眠りがほんとうに来ますように
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| きのうの脛の打撲の痕が
| こよい西へかかる
| 7.7齢の傷んだ果物のように赤黒く血を滲ませて
| 太ってくる
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| 小さなまるい光が壁に踊る
| こきざみに跳ねながら右に左に上に下に
| ペンギンたちの目が光の踊りを追いかける
| 熱狂して上に下に右に左に
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| 豪雨に閉じ込められたベランダで花は干っからびた
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「七月に至るいくつかの理由」(連作の一部)詩誌『歴程』2004・7号掲載 『gui』73掲載より へ |