6月に生まれて
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| 餌を要求する二匹のカメは
| わたしのものではない
| 飼い主は去った
| 墳墓から出土した二つの亀甲のように
| 捧げられて
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| パクチーをどうしても許せないあなたに
| 食べてほしい
| 冷たいココナッツ入りグリーンカレーの
| どろどろパクチー
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| 眠りに落ちるすんぜん
| くらやみの階段を踏みはずして
| がくんと両膝が跳ねあがる
| 胸の上にシルヴィアの
| 「ベル・ジャー」を伏せたまま
| 横たわった姿で歩く人のように骨盤だけ
| ぎくしゃくと動かしてみる
| しおりをはさんで本を閉じ
| もういちど静かにダイブする
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| 笑いながら上くちびるをめくり
| 歯ぐきをすっかり見せて
| 手をふっている
| そんなに笑うのを見たことがなかった
| もっと会いたかった
| あなたの美しい歯ぐきと別れていく
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| 細い道をはさんで向き合った二枚の
| コンクリート壁があります
| 一方はいつも日があたり乾いているふつうの
| 灰色の壁です
| 寄りかかることができます
| もう一方は
| 手入れのいいカーペットみたいな
| ふかふかの緑色です
| 寄りかかることはできません
| いつもびしょぬれで
| 苔類が胞子を散らして増殖し
| いちめんに広がっています
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| けっして直視してはならないものを
| 見てしまった人はその一瞬
| 網膜にちいさな楕円の焼印を捺された
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「6月に生まれて」(連作の一部)詩誌『歴程』2004・6号より へ |