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vol.29

関富士子の詩 vol.29-2



6月に生まれて


  
  
  
  
餌を要求する二匹のカメは
わたしのものではない
飼い主は去った
墳墓から出土した二つの亀甲のように
捧げられて
  
  
パクチーをどうしても許せないあなたに
食べてほしい
冷たいココナッツ入りグリーンカレーの
どろどろパクチー
  
  
眠りに落ちるすんぜん
くらやみの階段を踏みはずして
がくんと両膝が跳ねあがる
胸の上にシルヴィアの
「ベル・ジャー」を伏せたまま
横たわった姿で歩く人のように骨盤だけ
ぎくしゃくと動かしてみる
しおりをはさんで本を閉じ
もういちど静かにダイブする
  
  
笑いながら上くちびるをめくり
歯ぐきをすっかり見せて
手をふっている
そんなに笑うのを見たことがなかった
もっと会いたかった
あなたの美しい歯ぐきと別れていく
  
  
細い道をはさんで向き合った二枚の
コンクリート壁があります
一方はいつも日があたり乾いているふつうの
灰色の壁です
寄りかかることができます
もう一方は
手入れのいいカーペットみたいな
ふかふかの緑色です
寄りかかることはできません
いつもびしょぬれで
苔類が胞子を散らして増殖し
いちめんに広がっています
  
  
けっして直視してはならないものを
見てしまった人はその一瞬
網膜にちいさな楕円の焼印を捺された

「6月に生まれて」(連作の一部)詩誌『歴程』2004・6号より縦組み縦スクロール表示
<雨の木の下で>詩の贈答(関富士子)へ
<詩>7月に至るいくつかの理由(関富士子)
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