
vol.29
飯店ゲーム
秋の光
釣果
飯店ゲーム
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| | 寸陰
| | ラオチューの氷砂糖をなめながら
| | 彩管をふるう人々
| | 針葉の筆は犬の尨毛ほどにも使えませんね
| | ぬけた夏毛をはらう手つきだ
| | ・初あらし耳ふさがれて沈黙す
| | 略筆ですがこの形で
| | さし出されたカードに五・七・五とある
| | 広東なまりの実学の使徒が料理を運んでくる
| | 七・七のあいだジャーを取らない
| | ・面高ばかりなびく山鼻
| | 座食して詩韻を待つ
| | 人面獣心のわたしたち
| | 中華鍋の麻婆を思って
| | ・焼き印を捺された月の甘さかな
| | その皿をこちらにもください
| | ゴシップをつつきまわして
| | 美麗な種だけ吐き出そうとする
| | ・鱈に出目なし闇に雲あり
| | かた無しの着崩れた首を伸ばし
| | スープの雲をつるりと飲む
| | 落ち札いただきます
| | ・淵の亀あぶくも立てず泥を吐き
| | 手持ちのピースがぎざぎざで合わない
| | 時貸しの催促がやいのと迫るので
| | 経絡を案じる人にかの亡妻がささやく
| | ・竜待ちす病むステゴザウルス
| | 簾のむこうの路地に雨つぶが落ちる気配だ
| | 短日の傾きに人々は座を立つ
| | テーブルの上のことば屑を掃く
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<詩>秋の光(関富士子)
<詩>三月が耳をぬらすので(関富士子)へ
秋の光
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| | 金色の光を濡れたように浴びながら
| | 畑を鋤く男と
| | 野菜を穫り入れる女がいる
| | 二つの白髪頭が黒々と起こされた土に垂れている
| | その聖画のような光景に近づくと
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| | 男は皺ぶかい顔を上げて腰を伸ばす
| | 上背のある大きな影になって
| | わたしが提げた山葡萄の蔓を見る
| | 良いのを見つけたな
| | 宝石のようだね
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| | 思いがけなくも男に称えられた山葡萄の実
| | それを美しいと思って手折ったのはわたしだった
| | 一つとして同じ色はない
| | 白から濃い藍まであらゆる青や紫に輝いている
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| | 男のかたわらで
| | 小柄な女は丸々とした白菜を
| | 赤子のように両腕に抱いている
| | 街から来た見知らぬ者に親しくうなずく
| | ほほえみあい会釈を交わして川のほうへ向かいながら
| | わたしは二人をふりかえる
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| | 男の悪い噂を何度か聞いた
| | 若いころに牢屋に入った男
| | 仲間と強姦沙汰を起こした男だ
| | わたしは土地をとうに離れたが
| | 噂は語り継がれ半世紀がたっても
| | ここに住むかぎり罪は赦されることがないだろう
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| | 荒れ地のすみの畑で土を耕し種を蒔き野菜を育て
| | 季節の光をことごとく浴びて老いた男は
| | ともに老いた女と二人
| | 頭を垂れて
| | 秋の実りを称えている
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| | 宝石のようだ と
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<詩>釣果(関富士子)
<詩>飯店ゲーム(関富士子)
釣果
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| | 橋の下の川べりで
| | ふくれっつらの女が釣りをする
| | 竿を両手で不器用に持つ
| | いやに着ぶくれた中年女で
| | 風に吹かれて髪もふくれあがり
| | 蛍光色の風船みたいに揺れている
| | 浅瀬に魚の姿は見えない
| | たくさんの小さい波がきらめく
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| | 女の後ろに男がしゃがむ
| | いかにも釣り師らしい恰好の
| | 日焼けして皺の深い中年男だ
| | ごろた石に腰を下ろして一服する
| | かたわらの砂利が浅く掘られ
| | 水たまりに魚が数匹囲われている
| | 十数センチの鮎のようだ
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| | しかし女はふくれっつらだ
| | 女は概して釣りに興がわかない
| | 思いがけず竿を持たされて
| | 男の興に付き合っているが
| | 濡れて冷たい生き物は自分だけでたくさん
| | すぐに飽きて放り出すだろう
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| | 男は目を細めて流れを見ている
| | 女を連れてきたのをやや後悔して
| | 鮎五匹で満ち足りる自分をいぶかしむ
| | ほおの縦皺が傷のように翳る
| | まぶしげなしかめっつらだ
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<詩>7月に至るいくつかの理由(関富士子)
<詩>秋の光(関富士子)

vol.29