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vol.32
<詩を読む> 宮沢賢治「小岩井農場」の登場人物たち その2(関富士子)
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小岩井農場本部

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本部裏

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本部わき

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農機具置き場

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牛舎風の建物

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本部玄関

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トロ馬車

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杉並木

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鞍掛山

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ニラの花の向こうに牧場の建物

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ボタンヅル

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ボタンヅルの実

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酪農部

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クサノオウ

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干草置き場

小岩井農場

宮沢賢治

『宮沢賢治全集T』ちくま文庫1992年版より

パート四

本部の気取きどつた建物が
桜やボプラのこつちに立ち
そのさびしい観測台のうへに
ロビンソン風力計の小さな椀や
ぐらぐらゆれる風信器を
わたくしはもう見出さない
 さつきの光沢消つやけしの立派な馬車は
 いまごろどこかで忘れたやうにとまつてようし
 五月の黒いオーヴアコートも
 どの建物かにまがつて行つた
冬にはこゝの凍つた池で
こどもらがひどくわらつた
 (から松はとびいろのすてきな脚です
  向ふにひかるのは雲でせうか粉雪でせうか
  それとも野はらの雪に日が照つてゐるのでせうか
  氷滑りをやりながらなにがそんなにおかしいのです
  おまへさんたちの頬つぺたはまつ赤ですよ)
葱いろの春の水に
楊の花芽ベムベロももうぼやける……
はたけは茶いろに掘りおこされ
厩肥も四角につみあげてある
並樹ざくらの天狗巣には
いぢらしい小さな緑の旗を出すのもあり
遠くの縮れた雲にかかるのでは
みづみづした鶯いろの弱いのもある……
あんまりひばりが啼きすぎる
  (育馬部と本部のあひだでさへ
   ひばりやなんか一ダースできかない)
そのキルギス式の逞ましい耕地の線が
ぐらぐらの雲にうかぶこちら
みじかい素朴な電話ばしらが
右にまがり左へと傾きひどく乱れて
まがりかどには一本の青木
 (白樺だらう 楊ではない)
耕耘部へはここから行くのがちかい
ふゆのあひだだつて雪がかたまり
馬橇ばそりも通つていつたほどだ
 (ゆきがかたくはなかつたやうだ
  なぜならそりはゆきをあげた
  たしかに酵母のちんでんを
  冴えた気流に吹きあげた)
あのときはきらきらする雲の移動のなかを
ひとはあぶなつかしいセレナーデを口笛に吹き
往つたりきたりなんべんしたかわからない
   (四列の茶いろな落葉松らくえふしよう
けれどもあの調子はづれのセレナーデが
風やときどきぱつとたつ雪と
どんなによくつりあつてゐたことか
それは雪の日のアイスクリームとおなし
 (もつともそれなら暖炉だんろもまつだらうし
  muscovite も少しそつぽにけるだらうし
  おれたちには見られないぜいたくだ)
春のヴアンダイクブラウン
きれいにはたけは耕耘された
雲はけふも白金はくきん白金黒はくきんこく
そのまばゆい明暗めいあんのなかで
ひばりはしきりに啼いてゐる
  (雲の讃歌さんかと日のきしり)
それから眼をまたあげるなら
灰いろなもの走るもの蛇に似たもの 雉子だ
亞鉛鍍金あえんめつきの雉子なのだ
あんまり長い尾をひいてうららかに過ぎれば
もう一疋が飛びおりる
山鳥ではない
 (山鳥ですか? 山で? 夏に?)
あるくのははやい 流れてゐる
オレンヂいろの日光のなかを
雉子はするするながれてゐる
啼いてゐる
それが雉子の声だ
いま見はらかす耕地のはづれ
向ふの青草の高みに四五本乱れて
なんといふ気まぐれなさくらだらう
みんなさくらの幽霊だ
内面はしだれやなぎで
ときいろの花をつけてゐる
  (空でひとむらの海綿白金プラチウムスポンジがちぎれる)
それらかゞやく氷片の懸吊けんてうをふみ
青らむ天のうつろのなかへ
かたなのやうにつきすすみ
すべて水いろの哀愁を
さびしい反照はんせう偏光へんくわうを截れ
いま日を横ぎる黒雲は
侏羅じゆらや白堊のまつくらな森のなか
爬虫はちゆうがけはしく歯を鳴らして飛ぶ
その氾濫の水けむりからのぼつたのだ
たれも見てゐないその地質時代の林の底を
水は濁つてどんどんながれた
いまこそおれはさびしくない
たつたひとりで生きて行く
こんなきままなたましひと
たれがいつしょに行けようか
大ぴらにまつすぐに進んで
それでいけないといふのなら
田舎ふうのダブルカラなど引き裂いてしまへ
それからさきがあんまり青黒くなつてきたら……
そんなさきまでかんがへないでいい
ちからいつぱい口笛を吹け
口笛をふけ 錯綜さくそう
たよりもない光波のふるひ
すきとほるものが一列わたくしのあとからくる
ひかり かすれ またうたふやうに小さな胸を張り
またほのぼのとかゞやいてわらふ
そんなすあしのこどもらだ
ちらちら瓔珞やうらくもゆれてゐるし
めいめい遠くのうたのひとくさりづつ
緑金寂静ろくきんじゃくじゃうのほのほをたもち
これらはあるひは天の鼓手こしゆ緊那羅きんならのこどもら
 (五本の透明なさくらの木は
  青々とかげらふをあげる)
わたくしは白い雑嚢をぶらぶらさげて
きままな林務官のやうに
五月のきんいろの外光のなかで
口笛をふき歩調をふんでわるいだらうか
たのしい太陽系の春だ
みんなはしつたりうたつたり
はねあがつたりするがいい
  (コロナは八十三万二百……)
あの四月の實習のはじめの日
液肥をはこぶいちにちいつぱい
光炎菩薩太陽マヂツクの歌が鳴つた
  (コロナは八十三万四百……)
ああ陽光のマヂツクよ
ひとつのせきをこえるとき
ひとりがかつぎ棒をわたせば
それは太陽マヂツクにより
磁石のやうにもひとりの手に吸ひついた
  (コロナは七十七万五千……)
どのこどもかが笛を吹いてゐる
それはわたくしにきこえない
けれどもたしかにふいてゐる
  (ぜんたい笛といふものは
   きまぐれなひょろひょろの酋長だ)
 
みちがぐんぐんうしろから湧き
過ぎて来た方へたたんで行く
むら気な四本の桜も
記憶のやうにとほざかる
たのしい地球の気圏の春だ
みんなうたつたりはしつたり
はねあがつたりするがいい



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<詩を読む>宮沢賢治「小岩井農場」の登場人物たち(3)(関富士子)へ

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