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小岩井農場宮沢賢治『宮沢賢治全集T』ちくま文庫1992年版よりパート三
もう入口だ〔小岩井農場〕 | <詩を読む>関 富士子 宮沢賢治パート三 人物4「ぎゆつくぎゆつくぎゆつく」と鳴く鳥の群れ パート三は括弧を多用し、行の上がり下がりも激しく、横文字も交えて、見た目にも変化に富んだパートになっている。静かな野原が急ににぎやかになる。鳥たちの大合唱である。テンポが速くなり、急速に盛り上がる。リズミカルな鳥の声の繰り返し。賢治の語り口も高揚していく。 「のぼせるくらゐだこの鳥の声」 この「ぎゆつくぎゆつくぎゆつく」というおかしな鳴き声の鳥はなんだろう。ここでは鳥の名は出てこないが、最後のパート七で賢治が農夫にたずねる場面がある。農夫は「ぶどしぎ」と答えている。シギといえば水辺の鳥と思っていたが、林や野原で鳴くシギもいるのだろうか。 インターネットで鳥のサイトを調べると、「ヤマシギ」( ![]() ![]() 東北地方では留鳥で林の中で見られるらしい。夕方から活動するというが、詩ではまだ午前中だ。あまり群れないようだが、飛びながら鳴くという。声の録音を聞いてみると、まさしく「ギュ、ギュッギュッギュ」と口の中で何かを潰しているような妙な声だ。 賢治の頭に降ってきて彼を興奮させたのは、ヤマシギたちかもしれない。 人物5ハツクニー種の馬「ヘングスト」 人がついていない荷馬車が三台とまっている。つながれて休んでいる馬の一頭に、「おい ヘングスト」といきなり呼びかけている。馬がほんとうにヘングストという名なのだろうか。馬車挽きと知り合いというわけでもないようだ。親愛のあまりとっさに名づけてしまったのだろうか。イギリスあたりの実直な農夫を思わせる名前だ。 「払い下げの立派なハックニー」だから、駅前で乗り損ねた馬車の馬と同じ種類だ。丸太を運んでいるようだが、これはわたしが農場の資料館で見つけた、牛乳を運ぶ「トロ馬車」の写真と同じ馬だろうか。 写真では、白い鼻筋、白い靴下を履いたような脚。真っ白な雪の岩手山を背景に、今も残っている2本の煉瓦サイロの前を、片脚を高く上げてさっそうと歩いている。大きな牛乳缶が十数本もびっしり積まれている。競走馬などにはできない芸当である。馬車挽きが立って手綱と鞭を持っている。 さて、詩の登場人物である丸太を運ぶ「ヘングスト」は、涙をためてうるんだ景色を見ている陰気なやつだ。賢治はその目を覗き込む。賢治自身の姿も映っていることだろう。人間に距離をとる賢治は、馬とは急接近して、老いて弱った脚に同情し、うなだれた姿を我がことように悲しんで、馬を励ますのである。 「威勢よく桃いろの舌をかみふつと鼻を鳴らせ」。 人物6「三人赤くわらつてこつちをみ」る「馬車挽き」 荷馬車が三台いれば、馬車挽きも三人いる。その三人は馬車を離れて土手で休みながら「三人赤くわらつてこつちをみ」ている。「こっち」とは、荷馬車の馬のそばにいる賢治のほうだろう。 しかし、「赤く」という形容詞は、「わらって」を修飾するには何か奇妙な感じがする。「赤くわらう」とは、労働のために日焼けした顔をさらに赤くして笑うという意味だろうか。屈強な男が三人集まって、はにかんで赤面するはずがない。仕事中なのに酒をひっかけているとも思えない。馬に(心の中で?)話しかけている賢治を見て、嘲笑しているのだろうか。しかし、そんな悪意は思い過ごしだろう。三人は何か話をしていて、ただ話がおもしろくて、笑って顔を紅潮させたのだ。視線は賢治に向けられているが、笑ったことは賢治に関係がないのかもしれない。 それは賢治にもわかっていて、この馬車挽きたちに悪い気持ちは持っていない。しかし、「赤くわら」う精悍な馬車挽きたちの様子は、なにか異形の者に出会ったような恐ろしい印象があるではないか。賢治は馬とは話をしたが、この馬車挽きたちとは言葉を交わさなかったようだ。彼らは賢治にとって異形の者のまま去っていく。 休憩を終えて出発する馬車のことを賢治はこのように描写している。 いま向ふの並樹をくらつと青く走つて行つたのは (騎手はわらひ)赤銅の人馬の徽章だ 出発のラッパを聞いて、歩きながらちらっと振り向いた賢治の目に、「くらつと青く」一瞬のめまいのように見えたのは「赤銅の人馬」である。笑う騎手の姿は、徽章にくっきりと刻印された光景として、賢治の脳内にラベリングされたのだ。 |
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