ことばの遊園地〜詩、MIDI、言葉遊び
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    ☆☆☆

夏の終わり、仕事が一段落してポッと空いた一日
映画館へ出かけた
切符売り場で、全席指定だと言われ
「じゃあ、ここ」と頼んだら
「かしこまりました
シニア料金1000円でございます」と言われた
シニアか
いいのかなホントは一般料金1800円なのに…
娘のような係員からシニア指定され
見た目がそうなら、よし今日からシニアよ
券を受け取って中に入った
スペイン映画「ペーパーバード」
かの国の厳しい時代をお笑い芸人はどう過ごしたか
隣席の真正シニアのご婦人などは
途中から顔を覆って泣いていた

(2011.12.26)

    ☆☆☆

たしかにあの子だ
あの子がまた
父親に連れられて横断歩道に立っている
あれから一年
今日のバッグはピンクではなく
真っ赤だ
背も高くなったなあ
それに
もうよそ見なんかしないし
父親に手を引かれてもいない
傍らに立って
信号が青になるのを
今か今かと首をつきだして待っている
前みたいに
バッグを父親に持ってもらったりなんかしないぞ
駆け出した !
早く保育園へ行きたいんだ
やあ、行ってこい !
…この日も父親は置き去りだけれども

小さなビルの二階から見た小さな家族の
数にも入らないほどの朝だ

(2007.6.29)

    ☆☆☆

家も店もまばらな街路に
赤く色付いた木々が連なるだけだ
ただそれだけで
僕の一日はお得感5%増し
和菓子屋のマークをつけた車が過ぎ
不動産屋の車が過ぎ
あとはたくさんのトラックだ
絶え間ない音、排気、におい
運ちゃん、たまには止まって眺めろ
真昼の街路が喧騒に満ちるほど
いよいよ澄み渡るこの遠近法
終末期の葉が語り合う
プラスマイナスゼロの静寂を

(2006.10.31)

    ☆☆☆

      こえ

ママがせなかをおしたの
きっとあたまからおちていったのね、あたし
そらをとびながら、川の中でさかなが光るのがみえたわ
それがサクラマスだったかどうかはわからない
あたしはあそこへ行くのかなと思った
おねがいがあります、かみさま
ママをしからないでください
ママはいっしょうけんめいでした
あたしはもっと、ママのおてつだいがしたかったです

パパがボクのあしをもった
さかさにぶらさげて、ゆかのうえにぶった
バタンバタンって、あたまをなんどもゆかのうえにぶった
ボクは死にながら、パパのかおをみた
パパのかおはあかくなって、あせをかいていた
パパはこうやってお仕事してるんだって、わかった
ボクはすぐにいきがなくなったけど、パパはそのあともボクをけったりした

きいろいタオルであたしをつつんだあと、ママがかみぶくろをもってきたの
ああ、あたしはこの中にはいるんだってわかりました
すこしなきたかったけど、あたしはがまんしたよ
あたしとママはくるまにのって、しらないちゅうしゃじょうにいきました
ママはいちばんおくのかどのところにあたしをおいて、
ちいさいこえでごめんねといいました
あたしはひとりになりました

(元は「アンダン亭から」2006.7.24に記載したもの)

    ☆☆☆

いつまでも見ていたい光景に
日に一度は巡り会う
青い空に小さな白い雲
おーい、と知らない恋人に手を振ったりしている
春の朝の始まりだった

とあるビルの二階から
横断歩道のラッシュを眺めていたら
四歳ほどの女の子のご登場だ
父親に連れられて
この先の保育園に行くのだ
ピンクのリュックを父親に持たせている
(今日は遠足だろうか)
体格がいいその父親は
黒のオーバーコートに通勤靴でキメてはいるが
アタッシュケースとピンクのリュックだ
そして子供の手を引いて
信号が変わるのをじっと待っている
春の朝の始まりだった

まだ冷たい空気の中で
幼い女の子は大柄な父の右足に背中をもたせ
父と九十度だけ方角を違え
車と人の往来をじっと眺めている
父に引かれた手が
不自然な具合に頭の上でぶらぶらするのも厭わずに
互いに口を利かず
ひそかに交わしている濃密な約束
(まだちっちゃいからあんたにたよりきってるわ
でも、ながめるけしきはべつだからね)

春の朝の始まりだった
日に一度は巡り会う、いつまでも見ていたい光景
青い空に小さな白い雲
おーい、と知らない恋人が両手を振っている

(2006.4.7)

    ☆☆☆

朝、目覚めた途端絶望の淵にたたずむしかないという君を
僕は信じよう
苦く辛い無力な朝なら僕はたぶん知っている
知っているだけでない、その味わいの海溝は深く長く
今もなお
さまざまに違った色彩で僕に向かって波打ち寄せる
明けない夜はないという嘘とたたかいながら
君が明るい午前をひとりで何とかやり過ごし
暗い昼めしをひとりで掻き込んでいるのも知っている
夜遅く寝床に就くとき、全身の安堵とともに君はつぶやく
できますればどうか神様この夜を
この夜を最後の夜にして下さい
それが無理ならどうかどうか
この夜の眠りをできるだけ長く続けさせて下さいと
僕は知っているのだ
明けない夜はないという嘘がどれほど君を苦しめているかを
だが僕は信じよう、人間の淵にたたずむという理由だけで、君を
君の苦しみは例外ではなく君は人間の例外でもない
君は否応なく既に含まれて在るのだ、世界に
世間に、家族に、あいつやこいつに
君自身の未来に

(2005.9.24)

    ☆☆☆

カーブの曲線半径と
カーブにおける斜度によって記憶される2005年
幾つもの川を越える電車の中から
秋を告げるこの上なく綺麗な空を見つけた
それが荒川だったか江戸川だったか
僕は兵士ではないのでぼんやりと
鉄橋の鉄骨ばかりを眺めていた

すっと斜度が上がり車窓いっぱいの青い空
音もなくこのまま上昇しようか電車は考えて
数秒間僕の思考と一致した
点描画のように
柔らかで薄いエクスタシー

(2005.9.24)

    ☆☆☆

きみに渡したい荷物があって
JR常磐線柏駅のコンコースを抜ける

方向と速度が不確かな人であふれる午前11時
表通りは蒸しており、すでに気温36度

通りすがりの大型スーパーに飛び込み
隅の喫茶スペースで冷たいココアを注文する

会わないままに数年が過ぎ
その数年が十年になり
十五年二十年経ってしまった幾人もの人を
ふいに思い出しては
──生きなきゃ


外は
いよいよぎらつく日盛りと
クラクションの往来だ

(2005.8.30)


    ☆☆☆

水平線の向こうで迷彩服に身をかためた兵士が
もう一年近く、砂にまみれながら給水活動に汗を流す
念のためにいたる所にペンキで描いた日の丸マーク
それは護符であり誇示であり
人によっては脅威でもあるだろうが

おお、上野の森の一角に
同じマークをへんぽんと風になびかせよ
貧しく失意の人々は青きビニールシートの屋根屋根に
輝かしく高潔なる日の丸を掲げよ
これがわれらの時代、これがわれらの国であると
少し誇らしく、恥じらいをもって高らかに
念のための護符にも誇示にもなろうが
為政者を慌てさせるに威力は十分
(威力はないのか?日の丸に
  何の権威もないものが我々の国旗なのか?)
そこはまぎれもなく日本国なのだから
「みだりに国旗を掲げるべからず」と
ただちに法律やら条例やらを制定するかも知れぬ
いやそんなことより
暖かい家とご飯と汁椀を
大いに慌ててきっと保証するようになるだろう

上野の森の青き屋根屋根に翻る日の丸よ
おまえは正当であり明澄であり
非の打ちどころなき日本国憲法である
日の丸に
温かな血を通わしめよ

(2005.1.11)


    ☆☆☆

ビー玉ビーちゃん 空から点滴を受く
「なんだ、おめえは」
「ただのサルです」
世界の中心にあるのは
苔むした小さな墓標
聖呪痕
自分の息子娘が悩んでいるときに
「情報処理の問題だよ」と諭すかねぇ
ソラ豆ドレドレミソのシミ、ファー
10km先の灯を指し あれが隣とその人は言った
うそびっしょり
開け難いは人の心と即席焼そばソース
人助けがしたい でもその前に助けて
きみは今日逮捕される
毎日がオレオレ詐欺
自棄焦燥 コンチク商店刃物屋なり
おでんの具にでもなりたいな
水は低きに 金は高きに 集まるとか
世界の中心で匙を投げたのだあれ?
ジジババにチョコより嬉しい春一番
ガキ大小
沸き上がりこぼし
宇宙の果てはきっと光の渦だ
顔を剃る 今日の顔が出てくる
「なんだ、おめえは」
「ただのサルです」
ふとモモ太郎を思い出す
ろくでもなっちゃんやっばり苦渋
♪個々に価値あり♪
顔いっぱい夕焼けになって
おばさんは夕日屋さんだな
テロといふも桜は順次満開に
満開やな 孤独のまま 満開やな
父ちゃん十日も通りゃんせ
渋井楽器店二階 世界をかき鳴らす
金銭事務終え人に優しい
世界の中心にあるのは
聖呪痕
苔むした小さな墓標



    ☆☆☆

──今は戦前だから
  風景と心の彩りに直接根ざし
  さみしいと感じたまま
  感じ得るままのことばを使ってみたい
  それなのにぼくはひねくれ者
  押さえ難くこんな詩ができた
  笑ってくれたまへ──

この風は…
    風ときたか
    まず風と書くのが
    ヘボ詩のお約束だね
──まあそう言うな、聞いてくれ
よく晴れた窓から
柔らかに吹き込むこの風の匂いと微圧は
たしかに覚えがある
    おい、どこかで読んだ詩に
    そっくりでないかぇ?
──ぼくも今そう気づいたとこだ
  でもそれこそが詩の醍醐味だろ
  誰が作ったとも知れぬ民謡のように
  そっと心の旋律となる
  …どこまで詠んだっけ
    「柔らかに吹き込むこの風の匂いと微圧は…
    …とかなんとか」だよ
  そう、そう、その風はな、

皮膚に刻まれた数限りないページから
ある特別な日のページを
音もなく瞬時にめくり
ここだよここだよと
指さすように
ページの上で渦巻いて踊ってみせるんだ
ここに
おまえにとっていちばん大切なことが
書いてあるじゃないか
おい、忘れちまったのか、ってね

でも
たいていは
何が書いてあるか読めないんだ
真っ白なはずじゃないのに
読めないはずじゃないのに
どんなにしても
明るくて真っ白なページにしか見えないんだ
そんな
光ばかりのページを突きつけられて
ぼくは
声を上げて泣き出しちまう
嬉しいことじゃなくてもいいから
つらいことでも構わないから
読みたいのに
もういちど読んでみたいのに
ぼくにはもう読めないんだ
つかめないんだ

──今は戦前だから
  風景と心の彩りに直接根ざした詩を
  静かに書いてみたいものだ
  ぼくにも
  押さえ難い心はある
  笑ってくれたまへ──

  ついに開戦日は来ないし宣戦布告もない
  際限のない戦前の
  ある一日にこれを記す


    ☆☆☆

もう秋になったかというような爽やかな空を
思考はこんなふうに湿って吹いていく

俺、犬みたいな尻尾がなくてよかった

気のないふりしても
すぐばれちまうし
揉み手ゴマすり満面笑みも
尻尾の振り具合で裏目に出るってもんだ

尻尾があったら生き地獄
この俺様のことだから、
きっと恐らくたぶん必ず
朝から晩まで
あの人この人
通り過がりの一見さんにまで
激しく振り続けて一生終わる

尻尾を見ればよくわかる
なぁんだ、あいつのむっつり助平は表向きの顔だったのかと
正直な尻尾のおかげで誤解が解けるってもんだぜ
裏の本心、無比明白な助平さ
ホントの本音にこそ実は下心ありの
さみしい気を遣い屋

人間に犬みたいな尻尾がなくてよかったねえ
手もあり足もありなおかつ尻尾がある方が便利じゃん
なのに人間の尻尾が退化したのは
それがあると社会が成り立たないからさ
つまり人間、言葉が上手になってきたら
表と裏の使い分けができるってことに気がついたんだな
それで尻尾が有害図書扱いになったってことだな
     →目に触れてはマズイ

相手に取り入ろうとすると必ずな
腰が低くなるのはな
ホントの気持ちを饒舌に語ってしまう尻尾をだな
股間に挟んで隠していた頃の
名残だな
尻尾のある頃は皆さん大変だったろな

俺、犬みたいな尻尾がなくてよかった


    ☆☆☆

いい年して
おもちゃの拳銃買ってどうする
それがどうした
本物買ったら年相応か

幸福は
検算するといつも合わない
それがどうした
ガス室に向かうとき
ハインリッヒは歌を歌ったよ

ファジー f 分の1ゆらぎ アルファー波
それがどうした
電線に秋の雲 松ぼっくり

不運幸運 僥倖不遇
それがどうした 仁川魚市場の昼ご飯

個性 個性 個性 個性
それがどうした
ソウル博物館紙人形の子供たち

『バカの壁』買ってみたけどよくわからない
それがどうした
読まない新聞み月で一万一千七百七十五円

いらついて 通りすがりの 衝動の
それがどうした 漢江は大河韓国は広大

気持ちいい 全身ジンジン 雲の上
それがどうした 風邪の前兆だよ

なせばなる 海岸通り がんばらない
それがどうした この紅葉を見よ

大竹 荻野目 田中裕子 悪女とも魔性の女とも
それがどうした
いつの日かこの三人で『三婆』を

僕の大先祖は高句麗の里山か珊瑚の南洋か
それがどうした 夢はみな楕円

酒酔いです信号無視ですわき見です
抜け道暴走当て逃げ蛇行
それがどうした
無免許で自分を運転しているよ

優先席 日差しどかっとあぐらかき
俺がいちばん高齢だと
それがどうした
七歳には七歳の 翳り行く晩年はある

    ☆☆☆


E 電
今となっては懐かしい響き
その感覚が古い、と
私どもはいっとき笑ったものでした
でも
失われた十年…とやらを経て登場したのは
なんと大江戸線(びっくりびっくりびっくり)
それに歯向かい笑って食い止める
そんな元気、もうニッポンにはありません
近頃
E電に似た小さな貨車が走っていると聞きます
捨てられたもの置き忘れた記憶
すべてを載せて
悲しげに



    ☆☆☆

東京、初冬の恵比寿は
何万人もの囁きと靴音で賑わっていた
その幸福な足の下
西も東もわからぬ地下大駐車場で
車と出口を探して右往左往
深更十時過ぎのことでもあり
まるで
肉食恐竜ティラノザウルスの
小腸大腸をたどるように
俺達はつごう小一時間ばかり
壁や柱に沿って
文字通り右へ左へと
うねうね迷って歩き続けた
少し前まで
東京の胃袋みたいな大レストランで
イタリア料理だのビールだの
それこそ飽食、浴びるほど
腹一杯に楽しんだ
星満天の地上へは
もうこれっきり出られない
東京、恵比寿
初冬の地下大駐車場
こうして数知れぬ男や女が
そのまま消えていったのか
秘密の現金受け渡し
薬物取り引き待ち合わせ
あるいは内緒の密会現場
さまざま危ないすぐ脇を
もしや通ったらお許しあれ
どこか車中や物陰から
鋭く疑う眼差しや
冷たい銃口
それこそ何本も向けられていたに違いない
ふたたび地上に戻りはしたが
そこは本当にもとの時空の続きなのか
あるいはどうやら
新白亜紀後期の恵比寿へと出たか
もしそうならば
そこは海
なんと言ってもしばらくは
行き交う女の人が皆
人魚のように美しかった



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