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vol.4




旅館の記憶

樋口 俊実




唐変木の植えこみのある庭で

たけやぶやけたを歌う娘がいました

妹は姉よりも七日だけ年かさで

はなれのわら苞のなかでいつも梱包になっていた

いや梱包されていたのではありません

梱包になっていたのです

潮のうごく夜は波がとても近くて眠れなかった

耳鳴りと海鳴りの区別さえつかなくても

回文だけにみいだせる真実がありますね

亭主が無責任の代名詞だとすれば

同意は客の義務でしょうか

煙のひどい木炭のバスに乗って

庚申塚のところで降りるのが常でした

そこから山をひとつ越えて

女中はいつもひとり欠けた七人

よく磨かれた床がきしきし鳴って

広間では宴会のあいだじゅう

そこらじゅう壷をはさんだ白塗りのあお坊主が

上手に屏風に坊主の下手な絵を描いていた

三階の北窓からは浜辺へつづく細い路が見渡せました

はまなすが咲いていて

あの夏は大きな鱶がうちあげられた

下駄といっしょに

隣の客は本当はたけがきにたけたてかけたかったのに

いつも柿ばかり喰う客でした

あおまきがみもきまきがみもあかしんぶんも

どこへいったのでしょう

叔父はひと夏に七度失踪して

とうとう年中行事になってしまった

党からでるのと糖がでるのとでは

おおちがいです

政治は薬草ですか

あけがたの廊下をまがるとおばけがいるのですか

猫の絵柄の行灯が流行ったのも

あのころでしょうか

ニッキ水が廃止されたあとも

ざんぎり頭は続いていました

説教強盗のこともいまとなってはなつかしいばかりです

火の柱が幾度も海の向こう岸に立ち

すべての写真は供出され

絵空事ばかりが真実になった

ふるい拾円札はみんなわたしのつくった贋札でした

遺伝というのでしょうか

お蔵の壁の模様はなんの模様だったか

鮒が素麺をたべている掛け軸のことは覚えています

ふるい暦の年に一度行ったきり

長い無沙汰をしております

浜辺は枯れ果てて

じかに海につづいているとか

いずれにせよ

すべて色を抜き染め直したものです

お眼鏡にかないますかどうか

債権の束を紙くずに変えたまま

番頭さんは腹話術の人形になってしまった

あつい本の頁毎に裏と表があるように

肝油工場も教練も滋養強壮のこともお忘れください

はれ

雲ひとつなく晴れ

やがてさらち のちやけのはら

もうお目にかかることもないでしょう

ではどなた様も

むこう百年ほどごきげんよう



(詩誌「分裂機械」4より 1998.3.1)





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<詩>「本を造る人」(関富士子)へ
「たけやぶやけた」回文をひろげる(関富士子ほか)へ
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