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vol.4

(関富士子の詩)




本を造る人

関富士子






綴じ糸を掛ける

細い不断のひもが

指の腹にくいこんで

紙背から攣れる

かたくなな撚りをほぐし

なかぐちまで引き絞る

にせのページがあらわれる

一脚のチェス盤のますめに

あらゆる人事は起こるので

書きものは冬の仕事だ

告白する文字はかすれ

その求愛は散乱し

tを打ち損じたまま

束ねないと消えてしまうのに

擦り傷めくペンの痕跡

恋情はすぐにこと切れる

かがり糸を無くしてばらばら

端書をかきあつめて

春めいた川べりに積むと

あかるい炎が触れて

燃えるページをめくりにくる









やや反りかえる

軽くひらかない

すぐ閉じない

背きあった肩の

かすかな歪み

矩形の線から

ななめにはみ出す

喩がもつれたか

たわいないゆるみか

糸の掛け違いの

いまいましい負荷が

本の全体にかかる

表紙の新しい摺りに

sと空捺ししたときの

火傷がずきずきする

焼き鏝を冷まして

くぼみをなぞった

ヨロコビの記憶があるのに

扉は手ひどくきしんだ

たたずむ者をこばむ

あきらかな失敗だ

目打ちを合わせたあと

胸襟をひらかなかった

見返しの糊付けをはがし

堅牢なカバーをはずす

私の非に出会うとき









つなぐ

空き家へ

彼女はいない

もうもどらないと

人に言伝てていた

会いたい

丸背まで触れたい

扉に鍵はない

いつも窓はあいていて

今もだれかが

どこかで

…かさり…

ページをさぐる音

来ていいのよわたしと

まじわるのよ

留守の書斎を

こっそりひらく

光が散らかって

顔料がこぼれ

リネンの切れはし

ポプリンの花ぎれ地

乱雑なままの机に

空っぽの赤い函

夜ごと彼女が言葉と寝た

奥の簡素なベッドで

仕上げられたばかり

山羊革の日記に

古びたmを見つける




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