| 大きな鷲のレリーフも蔓ばらをかたどった手すりもよく見えない | 
| 表通りのアパルトマンには灰色の覆いがかけられている | 
| 今日は安息日だから街は静かで | 
| 河岸のコンテナの蓋をあけ遅い店開きをする人 | 
| たばこをくわえたまま古ぼけたペーパーバックや複製画を並べている | 
| その道を入った裏通り | 
| プラタナスの葉先の揺れる向こう | 
| あんなところにいたのね | 
| ライオンの頭の上でマーキュリーのレリーフにペンキを塗る男 | 
| 命綱一本で空からぶら下がり爪先を壁に添えてバランスをとり | 
| 像がはいているサンダルのあたりに熱心にかがんでいる | 
| サンダルには小さな羽根がついていて | 
| 男はまるでそれにキスをしようとしているかのようだ | 
| いましも頬が羽根に触れようとしたとき | 
| 綱が大きくねじれ男はあおむけにのけぞった | 
| わたしを懐かしげに見てそのままゆっくり落ちていった | 
|  | 
| 街では巨人たちが通りの角ごとに立ったり寝そべったり | 
| 膨大な物語をまとうので胸も腰も鎧のようにぶあつい | 
| アカシアの枝からうすみどりの房が重く垂れている | 
| マーキュリーの背中には翼がなかった | 
| 小さな羽根のついたヘルメットとサンダルで | 
| 宮殿の天井を楽しげに飛んでいた | 
| めざめるとそこは知らない街のホテルで | 
| 明け方の窓際に男がたたずんでいる | 
| 腰に命綱をひきずっている | 
| 男は天使ではなくて死すべき運命にあり | 
| 墜落したのはわたしが呼びかけたからだ | 
| 近づいてその首に腕をまわすと | 
| 頚骨は折れていない | 
| こんなところまで来たのか | 
| ささやきながらわたしに身をかがめるので | 
| 目をとじて首の付け根の丸い骨に触れている |