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vol.9

(関富士子の詩)

午前五時

                   関 富士子
  
冬のシンジュクの夜も明けない通りはイルミネーションだらけだけど
頭がぐらぐらして駅へ行く道がわからない
つま先になにかが次々にぶつかってくるし
まわりじゅうで空気の袋が破裂するような音
ぴかぴかのadidasの鎧を着込み
カードを切ってはばらまいているジャックたちのあいだを抜けると
だれかがネエネエアソボウヨと腕をつかんでくる
見るとそのボーイがあんまりガキなので
わたしがあんたのママなら
いちめんにひび割れて粉をふいているそのチャコールグレイの頬に
キスをしてたっぷり栄養クリームを塗ってあげるけど
今はそれどころじゃない
西口に続く地下道へ降りるとひどい吐き気に頭を引っ張られて
しゃがみこんだら起き上がれない
  
ネエネエドッカニイコウヨ
ボーイが革ジャンの腕を肩に回してのぞきこんでくる
あんたのママも今ごろ男に逃げられて途方に暮れているんだろうか
シカゴかどっかの薄汚れたアパートのベッドで独りぼっちで目覚めて
わたしはあんたのママとは似ても似つかないニッポンの女で
壁に頭を押し付けて唾を吐くが何も出てこない
さっきあの男が投げ捨てていった言葉が
喉のあたりにつかえて砂粒を吸ったみたいに息苦しい
胃が絞られてひっくり返ろうとする
ひたいが深く深く地面にめり込んでいく
ネエネエダイジョブ?とささやく甘ったるいニホンゴが
むかつくのよほっといてよ
顔を上げると引きずったマフラーの紐のあたりを
ボーイがしきりに引っ張っている
もっと引っ張ってみてよわたしがあんたのママなら
あんたに殺されたってうれしいと思うから
その先をちょっと引っ張るだけでいいのよ
あんただってママを憎んでいるんだろう
あの男がわたしをてっていてきに嫌っているみたいに
  
そんなに困った顔で見ないでよ
シカゴかどっかの夕暮れのキッチンのじめついた床に膝をついて
がんがんする頭を抱えているあんたのママなら
こんなときいったいどうするんだろう
トーキョーに行ってしまったあんたの
赤ん坊のころの小さなマットに突っ伏して
ひとしきり泣いてから起き上がって
鏡の前で涙をふいて煙草を吸って
厚ぼったくパウダーをはたいて外に出ていつものように
空っぽの宮殿みたいなビルの際限なく長い廊下を
夜中までモップでぬらすんだろうか
壁につかまってゆっくり腰を上げると
地面にちゃんと立っている
もうダイジョブよ吐き気はおさまったし頭もぐらつかない
夜はまだ明けないけど
天井のあたりにガタガタ
始発電車が動きはじめているから

            詩誌「gui」no.56 April.1999より


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