兄・珂允(かいん)と弟・襾鈴(あべる)
兄の不幸な離婚(弟が関係?)の直後失踪した弟は、半年後に帰還そして殺害される。
珂允は弟の死の謎を求める旅の途中、とある村でカラスの大群に襲われる、重傷を負いながらも運良く村の実力者に救われた。
そしてその村は殺された弟・襾鈴のメモに残されていた地図にない村「埜戸」である事を知る。
一見のどかなその農村は、大鏡という生き神に支配されたプチ独裁宗教国家であり、人々は生活習慣はもとよりモラルや思考までも大鏡に依存していてた。
弟が居た頃村で起きた錬金術師殺人事件、これに端を発する連続殺人が発生、村人の恐怖心はついにはモッブ化して矛先は珂允へ向いてしまう。
その難をのがれ、殺人者の汚名をそそぐぎ、弟の死の理由を知るため、珂允は事件解決しなくてはならない。
そして、 メルカトル鮎の助言で発見した不条理な結末は珂允の望んだ形だったのかも知れない。
珂允と襾鈴、この象徴的な名前から判るように、シンボリックなパーツのちりばめられたミステリー小説です。
タイトルにもなっている鴉は天照大御神の使いで幸せの道を案内する生き物、アポロンのお気に入りで妻の不貞を密告する生き物、オーディーンの使いで情報を集める目と耳、アララット山に着いた方舟から最初に大地を探しに出かけたきり帰らなかったりと、暗示的にはいくらでも深読み出来そうです。
話の中では、確かに大群の襲撃は苦痛を伴いますが必要なタイミングで起こり、運命の意志のようにも感じさせます。
また人物造形や事象についての造詣など、作者はその筆力を遺憾なく発揮していると思います、モノローグでは常に何かプレッシャーを受けているように感じさせる人物達や、トリックを解く鍵にもなる陰陽五行を元にした大鏡の教義、4つの祭りと4つ菱の紋、そしてその色。巻末の解説に因れば作者は探偵小説の文法を破壊し続けてきた結果たどり着いた作品と言うことになっています。
が、これは探偵小説ではないと思います、手がかりやきっかけ等の隠し球が多く、時間軸を無視して弟を殺したりしています。
メルカトル鮎にしても一切捜査しません、アームチェアというより、珂允のするべき事を口にするただのプロンプター役です。
それよりも珂允が弟の死の謎を通して、本当に自分の望むことを発見する旅の話ではないでしょうか、その道具立てとしてミステリのような体裁を取っていると‥‥まるで、たまひよ論争のようですが(笑)
その道具立ての中で権威者の偽善やそれに迎合する民衆の愚かさ、それぞれの階級で起こる利害による摩擦があり。
珂允はそのどす黒いうねりに翻弄されながらも、超然と自分自信を守り本来の目的、弟の死の謎を追い求めます、しかしそれは自分自身をも追いつめていくことでもあります、もし妻や弟を不幸にしたのは自分かも知れないと
気づいてしまったとき、人間はどうしたらよいのでしょう?
by かずひこ
('02 oct/20th 修正)
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