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vol.15
1999年12月12日のポエケットにお越しくださった方、ありがとうございました。今ではポエケットの感想を募集しています。よろしかったらにメールでお送りください。次回につながるように、詩への「愛」を基調低音として、単なる挨拶でなく、率直なご感想、建設的なご意見、お待ちしております。お名前、(ハンドルネームでも可)メールアドレスを付記のこと。わたしは主催者ではなく一出展者の立場ですからご遠慮なくお書きください。必ず主催者にお伝えします。
mail 関富士子

ここの文章の文責はそれぞれの執筆者にあり、掲載許諾を得ています。無断転載を固くお断りします。各HPのポエケットに関する文章へのリンクは、やはり執筆者の了解を得ています。(関)

<雨の木の下で>

    「ポエケット」をみんなで
「東京ポエケット」にさまざまな感想を寄せていただきました。ありがとうございました。みなさまのご意見、きっと次回のポエケットに役立つでしょう。(関富士子)1999.12.23 関の感想、もっと詩を! にあります。あわせて読んでください。

Rivさん 宮入恭平さん 此下慎也(一本指)さん 佐川亜紀さん 甲田四郎さん 田辺弓さん 海猫さん 先田督裕さん 清水一人さん まつおかずひろさん 沢田英輔さん 青木栄瞳さん 琴生結希さん 井本節山さん 寺西幹仁さん 阿蘇豊さん 


Rivさん

Rivです。わざわざメールをいただいて恐縮です。
ポエケットへの熱意に感銘します。
若輩の、いち入場者に過ぎませんでしたが、ポエケットについては現在もあちらこちらの掲示板で書き込まれており、関心の高さ、熱心さを感じます。

僕個人の感想としては、ああいう会場を借りて開催できたことに、すごく意味があったのではないかと思います。(良い会場でした)
まず一回目を開催すること。これは簡単なようでいて、結構難しいのではないでしょうか?準備に奔走した主催者の方々にはほんとうに大変だったのではないかと思います。ご苦労様でした。

ですから、いろいろ不備な点や今後の課題も多いかもしれませんが、一回目なら当たり前ではないかと思います。さまざまな課題や不満があればこそ、次回への意欲にもつながると思いますし、ああしたい、こうしたいと言っても、続かなければただの愚痴で終わってしまいますから、何が今後重要かと言えば、開催していくこと、続けることなのだと思います。

その上で、今回の印象から気になった点をあげれば、リーディングの時間でしょうか。
事前には、イベントの後半に1時間ほどあるのか?くらいに思っていたので、リーディングの間に交流を持つような状況で、ちょっと驚きました。交流の時間がぶつぎりになってしまった感はいなめないのではないでしょうか?
どちらもうまく分けてまとめたほうが、来場者にもくつろげたのではないかなと思います。
事前のビラなどですでに時間割がわかっていると、来場者も狙いをつけやすかったかも知れません。リーディングなどは、聞いている側にとっては、ひとりの人が長く話すのは飽きてしまいやすいと思うので、ひとり、あるいはいちグループで5分以内が適当ではないかと感じます。

だいたい、原稿用紙1枚読むのに1分くらいが、聞いている方も聞きやすいと感じるようなので、ひとり2、3編の作品を朗読するという感じでしょうか。それでも今回の参加グループ数を考えると、休憩もはさんで2時間ほど見なければいけないかもしれませんが・・・でも、全員、強制ではないのですよね? であれば、結構まとめられると思うのですが。 同人詩誌の販売にあえるのはやはり貴重だと思うので、その辺を主体にしたイベント内容のほうが、交流も広がるのではないかと思います。いろいろなアイディアを盛り込むとすると、時間も必要になって、午前中から夜まで開催しないと消化しきれなくなり、バランスも崩れますから、やはり交流主体のタイムテーブルが良いかと感じます。

それから、今後の開催に向けてはやはり、インターネットの積極的な活用をされたほうが良いだろうと思います。
僕自身、ほとんどネットで、詩の情報を得ています。若い人が会場に多かった事には、ひとつにはネットの影響が大きかったのではないでしょうか?ネットを通じて開催の準備への人的な協力や意見交換、情報の公開もできますから、うまく活用することは大切だと思います。

僕個人としては、それなりの年代の方が多かったのが良いなぁと思いました。詩を誠実に、熱心に楽しんでおられる印象を感じて、こういう場に集って世代間の交流ができるのは素晴らしいと感じました。(僕はもう右も左もわからないのでごあいさつのしようもありませんでしたが)溝を感じる部分もあるでしょうが、それを理解するのにも、交流は大事でしょう。

会場でビールを飲んでいらっしゃる方がいましたが、一般の来場者もある場なので、イベント開催中の飲酒は、差し控えたほうが良いかと思いました。

つまらないことかもしれませんが、ちょっと気になったので。長々と勝手なことばかり書いてしまい、失礼しました。

Riv
wrmaster@geocities.co.jp
HP [Word's River]

(関より Rivさんのこと、はっきり覚えていますよ。コートにマフラー姿の背の高い方でしたね。ちょっとお話したいなとひそかに思ったことでした。)





宮入恭平さん

先日のポエケットに参加した、宮入恭平です。昨夜、ヤリタさんとお会いしました。「関さんにポエケットの感想を」と言われたので、僕の個人的な感想をお伝えします。

僕は「表現にジャンル分けは必要ない!」、というスタンスで活動を続けています。ミュージシャンとしての活動が主たるものですが、唄っていれば当然「言葉」と「メロディー」が存在します。僕は必然的に、「詩」や「リーディング」にも関心を持ちました。そして音楽と同じスタンスで、それらにも積極的に顔を出しています。

ポエケットのお話をいただいたときに、僕はとても期待しました。そこに「拓かれたイメージ」を感じたから。だけど実際に会場へ訪れると、「詩」に捕らわれた人が多いことに驚きました。そしてそれは僕を困惑させました。

もちろん「詩」のイベントなのですから、「詩」に関わる人が集まるのは当然のことなのですが。だけどポエケットはあくまでも「イベント」です。公共の場で催されている以上、あらゆる人たちの入場が想定されて当然です。その中で「詩」ばかりに捕らわれていれば、発展はないでしょう。有志を募って、仲間内で群れていれば良いのです。「詩」はあくまでも表現のひとつのスタイルにすぎません。僕には「勘違いの詩人たち」が多いように思えて仕方ありません。

表現者はもっと自由で良いのではないでしょうか?
ボブ・ディランはミュージシャン、ロバート・フランクはフォトグラファー、だけど彼らは明らかに「詩人」です。 今後のポエケットが「捕らわれから解き放たれたイベント」になればと思います。

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CD "Blue Album" 発売中!
全10曲 / \2,000
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宮 入 恭 平
Kyohei MIYAIRI
kyohei@ea.mbn.or.jp
HP 宮 入 恭 平

(関より 宮入さんの歌声、とてもすてきでしたよ。詩人も閉鎖的な人ばかりではありません。ちょっと慣れていないだけですの。)





此下 慎也(一本指)さん 


 本当は最後までいたわけではなかったのですが、 朗読会の合間に詩誌を買わせて頂きました。
 詩集を10冊位、詩誌だと26冊、CD、カセットテープ、各一本、 リュックサックに詰めるとのけぞってしまいそうになりました。

 朗読が大変に印象的で、聞かせて頂いて終わった途端の、 次の朗読の合間に慌ててブースに掛けこんで、「目から鱗が落ちてしまいました、売ってください」と、お願いしてしまった作品集もございましたし、予め買わせていただいた作品集から朗読していただくと、我ながら目利きの確かさに一人で悦に入ったりしておりました。

 中でも、FPOEM/FPVERSEの、大村浩一さんの詩誌「ゴブリン」の二号から、また、プランクスターズの平山昇さんのリーフレットから、プリシラレーベルのカワグチ タケシさんと、ふじわら いずみさんの作品集から、青木栄瞳さんの「野生のセロリ」からの、テキストと朗読は目で読んでも耳で聞いても絶品でした。
 また、1980年に刊行された後藤啓子さんの詩集「聖書売捌人」、当時、私は噂ばかりで読むことはないだろうと忘れていた作品集を、偶然に見つけて売って頂きました事も大きな収穫でした。

 朗読会や買い物ばかりではなくて、大して書き物もしない私に、大変素敵な詩人の方々にお声を掛けて頂いたり、貴重な詩誌を頂いてしまったりという事も素敵な思い出になっております。ビックリして思わず後ずさりする失礼もあったのですが、本当にお会いできたご縁に心から感謝しております。

 失敗と言うと、ビデオにて素敵な朗読をなさった甲田四郎さんご本人から、サインを頂いた詩集を売って頂いたのですが、甲田さんからご指摘を頂くまで興奮の余り、代金の支払いを、忘れそうになってしまいました。  まさに甲田さんの作品を現場で再現しそうになってしまった訳で、自分のそそっかしさに未だに恥じ入っております。  改めてこの場をお借りしてでも甲田さんに失礼をお詫びします。(後藤啓子さんの詩集の時にはお釣りを忘れて、  走り去ってしまいそうになったのですが。)

 衝動買い用の予算に二万円程持っていったのですが、どう考えても二万円では全く足りませんで、次回も欲しかった作品集が残っているかどうか、そもそも二回目にいけるのかどうかもわかりませんが、私の書き残した連詩の続きを知るためにも、次回もお邪魔したいなぁ、と思っております。
 一時、お邪魔させて皆様にまたお会いできましたら幸いです。

                    敬具                     此下 慎也(一本指)
                    omega7@hiroshima-cdas.or.jp

(関より 此下さん、小さな詩集「かれ は」をありがとうございます。掲示板での文章の熱さと詩のシンプルさ、此下さんの絶妙のバランスですね。詩へ向き合う姿勢に、襟を正される思いです。)





佐川亜紀さん 


ポエケットの感想は、詩誌や詩集を過去のものまで並べて作者が売っていらっしゃったのは、すごくいいと思いました。過去ので読みたいのもあったので。作者とも会えるし。

朗読、パフォーマンスをやるのもおもしろいですが、もうちょっと 交流する時間や工夫がほしかったです。せっかくHP「繭」の空無さんが滋賀からいらっしゃったそうですが、お会いできませんでした。(私が用事で先に失礼したせいもありますが)

B&Bの沢田英輔さんや10代のメール誌のミメシスさんともお話ししたかったです。私は、参加なさった詩誌の方はかなり存じ上げているので、(関さんに初めてお目にかかったのはラッキーでした)むしろ、来て下さった方に興味ありました。簡単な自己紹介付きの大きな名札を(迷惑でないかぎり)つけたらどうでしょう。

“詩をどう開いていくか”が課題だと思います。
さらに広がりをどう作るか、それは神奈川の私の課題ですが。でも、とにかく、若い方たちも関心を持ってくださるようなので、続けて発展されることを祈っています。    

asagawa@mtc.biglobe.ne.jp
HP 佐川亜紀のホームページ

(関より 詩をどう開いていくか、うん、うん、そこなんです。神奈川の詩人会の活動も注目しています。)





甲田四郎さん 


関さん、メール拝見しました。こないだのポエケット、ご苦労さまでした。私はああいうのは初めてなので、試みに参加してみたのですが、面白さ半分、つまらなさ半分というのが正直なところです。面白さは野村さんの朗読や阿賀さんのパフォーマンスなど。つまらなさというのは朗読される詩がつまらないもの。関さんはどうして朗読しなかったのですか?
或いは私があまり合わないなと感じた詩。そういうものがありました。やはり詩が自分に合うものでないと、ちょっと、というところがあります。
でも第一回としては成功だったと思います。お客さん、一般の人が少しは来ていたみたいだし。主催の人のおかげと思います。ただちょっと時間が長すぎましたね。相当くたびれて、すてむとしては忘年会をやりたくてお先に失礼しました。

甲田 四郎 koda@cf6.so-net.ne.jp

(関より 甲田さん。メール届いたのですね。パソコントラブル、めげずにお続けください。甲田さんのビデオ、たいへん好評でしたよ。わたしもおおいに楽しみました。わたしの朗読は下手で遠慮していますの。とにかくお疲れさま。)





田辺弓さん 


「ポエケットについて」
客としては率直に言ってイベントの善し悪しより、知っている人に会えたり素敵な朗読をされた青木さんのパフォーマンスを観られたり甲田四郎さんの詩集が買えたりしたことで、かなり満足でした。
無料で楽しめて収穫もあったし、いい一日だったなー、、、という感じです。
ただ、全部の朗読(他のビデオ・パフォーマンスも含め)がよかったわけではないので、もっと凝縮されてたらよかったのに、という気はしました。 ただ単に詩集を売っているようなイベント、同人が集まっただけのイベントよりはいろいろなきっかけがあって楽しめました。
あと、リーディングとはなにか?みたいなものとかヤリタさんが朗読されたギーンズバーグの詩もテキストと解説つきだったらもっと楽しめたかもしれないとおもいました。
(始めからいたわけではないので、もしかして最初にそういう紹介があったかもしれませんが) もっとリーディングの舞台が(出る人とか演出とか)工夫されたらまた出かけたいとおもいます。
田辺弓 wbs09788@mail.wbs.ne.jp  HPmegabanbi

(関より 田辺さん。テキスト配布など、具体的な提案、ありがとうございます。次回はゆっくりお話したいです。)





海猫さん

実は、このポエケットさんのイベントを最初にネットで知ったのは数ヶ月前のこと。とはいえ、もともと記憶力は悪いわ性格はいい加減だわときているので、はっきりと思い出そうとすると判然としない。ああ・・すみません。思い出す限りで言うと、その日もネット探検をしながら、ただ恣意的にふらふらと画面だけを渡り歩いていたような気がする。そう、確か・・「詩マーケットさん」のページだったような気もする・・だがはっきりとしていない・・。

 ただ偶然にも、「第一回 TOKYOポエケット」という文字が目の前に飛び込んできたのである。自分としては、「そろそろお手製の詩集などもこさえてみたいなあ・・」と考えていた矢先だったので、このイベントにはかなりの興味と関心があった。すぐさま日時と会場を手帳に記し、いざ会場に行く当日になってみると、情報が少ないだけに心ぼそい。間違った日時に、違う場所に行ってしまってもいただけないし・・。

 そんなわけで、当日になってまたネットで確認していたら、なんと海猫HPでもリンクして頂いた「アヴァンセ」さんが、この「TOKYOポエケット」に参加するという。 まったくこれにはびっくり仰天だった。そんなわけで一人、大慌てで駆けつけてしまったのである。

 常日頃この両国界隈は行きつけていただけに親近感があった。それでも、いざ中に入るとかなりきょろきょろきょとんとしていた。半ば手探り状態で会場を探していると、奥の方にポエケットさんの受付らしきデスクが見えた。はっきりいって、かなりホッとした。つまりネットだけの情報だったので、それについての確実な情報提供者がいなかっただけに、どこか一人半信半疑だったのである。だが、それもつかの間。

 中に入ると机と椅子がぎっしりと並んでいる。その雰囲気はかしこまっているような感じもした。なんだか突然、緊張してしまった。ドキドキ感もうなぎ登りになると、突如その場に乱入するように突入していた。当然、リンク先のアヴァンセさんのテーブルを探すというよりも直進するというような感じ。しかし結局は、お互い顔一つ知らない仲である。そんな初対面同士という心細さもあって、その会場がどうなっているかなどの冷静な視点はまるでなかった。ただテーブルに張られている文字だけを頼みの綱にしていた。

 なんせ自分は、詩の世界に関してはズブの素人である。そんな一般入場者が、知り合いもなければその世界についてまるで無知さながらの状態で入ってしまったのだから心は大騒ぎだった。
 誰しもそうなのだろうが、とかく「一般人」というのは、単純に興味があるだけで近づきこそすれど、よっぽどの理由がない限り、詩人さんたちにおいそれと声をかけたりもできない。つまり、その場で親しげに会話することさえ勇気のいることであった。
 結局わたしにとっては、まだまだあの場の雰囲気はそれなりの勇気と覚悟が必要だった。流石に、フリー・マーケットの詩集販売とは何かが大きく違っていた。

 それはそうと、ちょうど入場したのは二時半頃。かなり静かで厳かな雰囲気だった。
 すぐにアヴァンセさんを探していたところ、すんなりと見つかるくらいの広さだった。それだけにネットでおつきあいの始まったアヴァンセ・編集人のまつおさんにお会いできたことは、大感激だった。そんなリンクの醍醐味を味わいながらも、いろいろと親睦を深めたいなと思う反面、次から次へとお客様が訪れていた。なんだか勝手に話をするのも気が引けてしまったので、なにげに本を眺めたり、買いたかった小冊子などを拝見していた。

 すると、今度はポエトリー・リーディングが始まるという。当然、会話もとぎれがちになり、さらにはリーディングが始まったら最後、ぺちゃくちゃとお話をすることもままならないと思い、おずおずと前列のパイプ椅子に移る。話の途中だったので、なんとなくそれがひどく残念でならなかった。

 ただリーディングやビデオポエム自体は、自分の視点や詩作品に対してもかなり大きな刺激を感じた。というのも、リーディングにはとても興味があったし、ごくごく仲間内だけでのリーディング活動をしていた矢先だったので、ことさらよい機会だった。例えば、そこでリーディングしてくれた方たちのコトバの響きとか、その人なりの発声、詩の独自な雰囲気、作者の姿勢などを一人一人じっくりと聞きいることができたのは、リーディング参加者が多数いただけに、集中して聞けた。

しかし、だからこそ疲れてしまったという部分も大きかった。そう・・なんとなく必死な思いで、次々とリーディングされる人のコトバを理解しようとすればするほど、詩のリーディングを楽しむというよりは「目と耳と頭を使ってしまった・・」という感じだった。だからなおのこと、音楽の入った音響効果のある方のほうがすんなりと耳に入り、それが気分を和ませていた。

 そこで改めて今回の感想をまとめてみると、素人にはまだまだすんなりと詩集を買えるような雰囲気ではなかったように思う。「一般入場者」というのが、どこからどこまでをさすのかよくわからないが、わたしのような興味本意の人間だけが対象だとすると、なんとなく場違いな雰囲気もちらほらあった。かといって、それが「第一回」というこのポエケットさんの未知数な状態だとすると、できればあそこの会場で詩集を買う人に対しては、もう少し「お客様 = 詩集を買ってくれる人」という構図とか机の配置などに配慮があってもよかったのではないだろうか。

つまり、これが万一ごくごく内輪のイベントだとすると、「やっぱりなんだか買いづらいなあ・・」という感覚に陥りやすい。わたしもまだ売ったことがないだけによくわからないのだが、「詩集販売」と「リーディング」が、同じ空間でこれまた一挙に同時進行するという状況は「詩集を買いたい客」と「リーディングを聞きたい観客」とがごっちゃになってしまうようで、なんだか行き場をなくしてしまった。

そういう区別がないにしても、なんとなく気が引けていただけに、かなり疲れてしまったように思う。しかし、当事者である方たちの陰のご苦労というのもおそらくあると思う。だから、安易に主催者の方たちのイベント形式を否定するつもりはまるでない。あくまで、わたしはお気楽な客であり、通行人のような状態だったので、これは参加しなければわからない楽しさなのかもしれないと思っている。ひとまず次回からは、なんとかして詩集らしきものを作り、再びあの場にいられたらよいな・・と思っている。

 そんなかなり個人的な理由もあるにはあったのだが、「第二回 TOKYOポエケット」がまたあるとしたら、今度こそ参加してみたいと思っている。東京ではなかなか見られないイベントだっただけに、今後が楽しみである。そしてわたしも一人、詩を書く一般人として、このポエケットさんの活動を心密かに応援している。・・と、そんなことをまた一人考え、夜の隅田川をぼんやりと眺めながらふらふらと家路に着いたのである。

海猫  umineko@po.sakura.ne.jp  HPにも感想があります。海猫の今日のメッセージ
(関より 海猫さん。お客として詩人たちのなかに飛び込んだ戸惑い、よくわかります。じつは出展者のわたしも慣れなくて、どきどきでした。でも会場で海猫さんと少しお話できてよかったです。海猫さんに自分の詩が渡ったときの嬉しさ、一生忘れないでしょう。次回はぜひ詩集を引っさげてご参加ください。)





先田督裕さん 

「ギャラリーのひとりとして」

詩という一筋縄ではいかぬものを中心にして人が集まるのだから、賞賛あり、落胆あり、いろんな詩との係わり方が露呈してくるのは避けられないと思う。それよりも、この世でこの時代でこの社会で、年齢性別を問わず、ほかでもない「詩」を通じて誰かと話ができて声が聞けて、というそのことの一回性、一期一会の時空の厳粛さ、これは真っ先に肯定すべきだと思う。そういう場が成立する、もうそれだけで奇蹟のような出来事じゃないかと思った。

プロゴルフトーナメントというイベントがある。野球でもサッカーでも、プロの競技者と観客・サポーターは球場や競技場では別々のエリアに区分され、観戦する場所が限定されていて、なかなか選手と交差・交錯するチャンスがない。ところがゴルフの場合、プロゴルファーと観衆(ギャラリー)は同じゴルフ場の土の上を踏みしめて動いている。さすがに競技中は係員が競技者と観衆をロープでちゃんと仕切ってプレイに支障のないように運営するものの、競技者と観衆は物理的には同じ目の高さでコースを移動していく。ギャラリーは自分の贔屓にするプロゴルファーの至近距離で、その表情や息づかいまで感じることができる。

「TOKYOポエケット」はゴルフトーナメントだった。詩のプレイヤーとギャラリーが同じ床の上、同じ部屋の中で息をしていた。ゴルフトーナメントと違うのは、賞金がないこと、出場資格を問わないこと。
「TOKYOポエケット」はイベントであると同時に、交流、詩書交換・販売の場でもあるが、ここでコンペティションを行うのも一考かと思った。既に「詩のボクシング」というのがあるそうだが、団体戦でも個人戦でもいい、詩のプレイヤーが、読むなり書くなり叫ぶなり、何でもいいから壇上で何か詩に関する披露をして、審査員や聴衆にその場で評価を仰ぐのも面白いと思った。ルールや審査の公平性は事務局の腕の見せ所だろう。賞金は、たとえば勝ったグループなり個人は二次会の会費がタダになるとか…

また、「第一回TOKYOポエケット」では、ポエトリー・リーディングというものについて考えさせられた。 ポエトリー・リーディングとは、音のないもの(活字)に音を加えるという作業なのか。それとも、もともと言葉に備わっていながら活字によって失われてしまった音を回復、蘇生してあげる作業なのか。

単純に考えると後者であるような気がする。しかし、今回の経験で、前者であるべきだと思った。
少なくとも現代詩は活字の世界だけで自立している何かだと思う。それに音を加えることへの横暴さ、狂暴さ、不自然さ、不可逆性(死んだものは生き返らない)というものをもっと意識してもいいのではないか。現代詩から音を連れ出すには、音を「加える」とか「たす」というプラスαへの意識がいるのではないか。それは音楽・BGMを加えてうまく利用するということではなく、詩語の音・声をどうしたら際立たせられるのかという方向性についての意識である。

その意味では「JO5」のパフォーマンスは舞踏まで取り込むという異質な手法を使っていて度肝を抜かれた。近藤直子さんの、音階によって声の霊性を加えようとする手法に未知の可能性を感じた。そうでなければ、最初から読むための詩、耳で聞いて感じられる詩、口主体、耳主体の詩を、活字の詩とは別個に創造せねばならないのではないかと思った。その意味では青木栄瞳さんの作品は、活字に納まってしまうよりも口から放出されることを最初から望んでいるような言葉たちの群れだと感じた。

以上、ギャラリーのひとりとして、勝手なこと書きました。
先田督裕  26649u@ube-ind.co.jp


(関より 先田さん。朗読は「音の蘇生」ではなく「音を加える」んですか。至難の技ですが、できたらすてきですね。)




清水一人さん

私は少ししか会場には居られませんでしたが、以下の点を感じました。

(1)閉鎖的感覚及び排他的雰囲気
もっと場自体に個々の「会話」が発生しているという状況を想像していたのですが、入った瞬間に舞台にて「詩の朗読」が行われており、どこで何をしたら良いのかが理解出来ませんでした。 一度席についたものの「朗読中」に立つわけにもいかず、結局隙を見て退出という感じになってしまいまいた。詩集を買うつもりでいたのですが、買うという行為に至らなかった点はそのへんです。私はポエケット自体はじめて行ったので他がどうであるかを知りません。しかし、はじめて入ってみての正直な感想として疎外感を感じました。

(2)演出的問題
「詩の朗読」というものに対しての演出に問題を感じました。舞台に立つという事でそれを見せるという行為には「演出」と呼ばれるものが自然と発生しているものだと思います。その演出が理解に苦しむ点がありました。司会者があり、朗読者があり、時には音楽もあり、、、という感じであったと思います。区切りがあまり明確ではなかったのと出演スケジュールが曖昧だった点がまず問題点であったと感じました。つまり舞台へ目を向けなければならない状態が長過ぎるように感じました。

舞台で行われるべきは個々のコマーシャル的表現であるべきで、その表現により売り場への還元を考えて行うべき事であったのではないかと考える次第であります。つまり売る事がメインであり、見せる事がメインであるべきではなかったのではないかと思うわけです。もし見せる事がメインであったならば、演出的問題はさらに大きいと考えられます。どちらにしてもその区切りがはっきりと明確でなかった点も問題であったと考えられます。

私がもし売り場をメインにした演出を考えるのであれば、舞台はあくまで売り場への還元を第一に考え演出します。例えば、定期的に各売り場の宣伝的表現を各個人が30秒〜1分で行う、そして、あとは売り場にて歓談しながらの売り買いが出来る様にします。つまり、時間配分的には売り場がメインになる時間が多く、その合間に舞台をメインにした時間をつくるという感じです。
そのような事を感じながら、どうせなら口出ししたかったという感情まで湧いてきてしまいました。

ちなみに私もたまに詩のようなものを綴ります。しかし、紙媒体にて発行した事はありません。最近、知人が自費出版で同人の詩集を作っていました、それを見ながら、そういう行為に対して少なからず興味を抱いている次第です。私のまわりにはそのような集団や個人はいませんし、たまたまその知人で同人を試みている輩がいるだけです。
ポエケット自体の今後の発展を期待しています。
qzy00370@nifty.ne.jp
HPshimizu's home page
shimiz

(関より 清水さん。次回はぜひ手も口も頭も顔も力こぶも出してくださいね。)



まつおかずひろさん 

//////// ■TOKYOポエケット参加体験  まつおかずひろ /////////////

自問自答のアンケートでお答えします。

1)参加のきっかけは?
 B&B 澤田さんの掲示板でヤリタミサコさんの呼びかけをみて。
2)参加の目的は?
・ホームページアヴァンセの活動を広く知ってもらうこと。
*このためにアヴァンセ紹介のチラシをつくって会場で配布。またノートパソコンでデモンストレーションさせていただいた。
・文芸冊子「CATALYSE」、および自分がかつてプロデュースした書籍(「ランボー《ある地獄の季節》構成論」、「ロートレアモンの論理『マルドロールの歌』解釈」(ともに松尾美恵子著))の販売。
*売れたのは冊子(一冊200円で販売)数冊。本(各2000円で販売)2冊。
・リーディングその他詩にまつわるパフォーマンスの見学。
・詩人や文学に興味を持つ人との交流。
3)参加してよかったか?
・よかった。上記目的がほぼ達成された。ただ、リーディング、パフォーマンスの時間が多く、自分のブースに来ていただいた方々との話をしたり、冊子や本の説明をする時間が乏しかった。
4)今後の改善点
お客様との交流時間を増やしてほしい。
また、ぼくは関西から行ったので、東京の参加者の面識はほとんど無かった。
参加者の自己紹介または主催者からの簡単な紹介時間がほしい。

/////////////////B&B 澤田さんの掲示板への投稿///////////////////////
ポエケット参加の感想 投稿者:まつお かずひろ  投稿日:12月15日(水)00時36分15秒
沢田さん、ミメシスさん、空無さん、ポエケットではお世話になりました。
先田督裕さんもまじって居酒屋での話も楽しかったです。
空無さん、夜行列車ではお世話になりました。名古屋で起こしてすみませんでした。
「繭」さんとも近いうち、リンクさせてくださいね。
さて、肝心のポエケット参加の感想。
1)いろんな人と会える機会が持ててよかった。
2)リーディングやパフォーマンスが中心で、詩誌を売る、あるいは来場者と話をする、交流する時間が少なかったのは残念。
3)出展者の簡単な紹介が舞台でもっとあってもよかったかな。ぼくは関西から出かけたので他のグループをほとんど知りませんでした。

///////////////////アヴァンセの日記、より////////////////////////////

●12月13日 (月)   TOKYOポエケット参加
 TOKYOポエケットに出展させていただき、終わって夜11時前までJR両国駅の近くの居酒屋で打ち上げ会。ホームページ「繭」を運営しておられる空無さんから、11時40分東京駅発大垣行きの「ムーンライナーながら」という夜行快速 電車があることを教えていただき、いっしょに帰る(空無さんは草津まで)。
 ポエケットそのものの様子は、ホームページ「B&B」の沢田さんがすでにうまく書いておられるので重複はさけます。今日はまだ疲れているので、記録のみまず書きとめておきたい。

 まずは、この機会をつくっていただき、多くの人との出会いのきっかけをつくっていただいた「ぐるうぷふみ」の方々、スタッフの皆様に「ありがとうございました」と心から御礼申し上げたい。そして、会場に足を運んでくださって、私の声をかけてくださった方々にも、心から御礼申し上げたい。ホームページ「海猫 」を運営しておられる海猫さんは、昨日の日記で私が東京ポエケットに参加することをご覧になり、かけつけてくださった。そして「詩学」に連載記事を書いておられる先田督裕さんも、いろんなお話を聞かせていただいた。海猫さんも、先田さんも、このアヴァンセの一部を取り出して私の書いたものをつづっておられるのを拝見し、びっくりするやら感激するやら…。うれしかった。

 そして、海猫さんや先田さんのほかにも、シルさんや一本指さんなどこのアヴァンセにこれまでご寄稿いただいた方々とも会えたこともうれしかった。さらには、いろんなところの掲示板でお名前は拝見していたが、顔をしらなかったミメシスさんや空無さんなど若い方々とも知り合いになれた。笛と詩のパフォーマー・近藤直子さん、ミュージシャンの宮入恭平さん、女子大生ネットアイドル詩人・琴生結希(ことうゆうき)さんら、気鋭の才能とも出会えた。

 高校時代からの友人、大角修君もかけつけてくれた。彼は、東京で編集プロダクションを営んでいる。かたわら、仏教についての入門書、解説書を書いていることは知っていたが、昨日は彼も執筆者の一人として書いた『宮沢賢治 文語詩の森』(柏書房)を携えてきてくれた。表紙帯に、吉本隆明さんが「藤村から朔太郎とまったく異質にポエジーの情操をむしろ思考のポエジーに変えてしまうために音数律を使ってみせたかれの文語詩の根底が、つぎつぎに現れてくる有様は圧倒的だ」という推薦文を寄せている。執筆者には、入沢康夫さん、天沢退二郎さんらの名前も。

 販売させていただいたのは、ミニ文芸誌『CATALYSE』であるが、前2書は高額にもかかわらず若干名だがお買いいただきありがたかった。『CATALYSE』も、知名度がないわりには手にして買っていただく方が何人もあり、 まずは胸をなでおろした。

 B&Bの沢田さんも書いておられるように、ポエケットはリーディングやパフォーマンスが中心で、詩誌の販売時間が合間にあわただしくあるという感じであった。ぼくとしては、詩誌販売の機会を通して、いろんな方々との交流、お話をする時間がもう少しあれば、と思った。

  なお、出会った方々にはそれぞれ御礼のメールなり、お手紙を差し上げようと思っていますが、休養してぼちぼち書きますので少し時間がかかるかもしれません。どうか、あしからずご了承願います。(まつお) mtokzhr1@mui.biglobe.ne.jp>
HPアヴァンセ

(関より まつおさんによるヤリタミサコさん訳のカミングスの紹介と、近藤直子さんの作品紹介が次のページポエケットで遊びましたかあ?にあります。)




沢田英輔さん 

第1回TOKYOポエケットに参加させていただいた。 当日はスタッフカードを首にぶら下げていたのだけれど、仕事の隙間を縫って会場をあちこち回ることはできたし、未知の詩書きや、ネットでの知人にも会うことができた。なんにせよ、東京圏でこのようなイベントが行われたのは初めてのはずで、手探り状態から1つのイベントを起こした関係者の皆さんには感謝したいと思う。

今まで何もなかった場所に交流の場をつくったこと自体、これはたいへんなことだし、至らない点がいくつ出てこようと、交流の場を創ったということの価値は損なわれない。それを承知の上で、ポエケットの今後のために感じたことを正直に述べさせていただく。

自分および自分の友人たちは、ポエケットに同人誌側としては参加しなかった。自分みたいに当日スタッフカードをぶらさげている人もいたけれど、意識としては「お客さん」側の人ばかりだった。そんなぼくたちに程度の差はあれ共通して感じられたのは、ポエケットが参加詩誌の交流会のような内輪感を持ってしまっている、ということだ。

外から来た人にはなかなか入り込めない。なんとなく会場をまわりにくい。なんだか自分の知らない人同士で、あちこちで挨拶が交わされていて、知り合いがいない(少ない)人にはかなり居辛い空間になっていたのではないだろうか。

例えば自分がまわった範囲では、客の自分が詩集を手にとって眺めているのに、無視して隣席と話をしているグループがあった。朗読でも、退屈な話に続いて、退屈な朗読が延々と続くグループがあった(朗読に関しては聞き惚れるものも少なくなかっただけに、そのいくつかの朗読が余計に口惜しく思えてしまうのだ)。こういう状況を評して「詩誌同士の挨拶会のようだ」と言った人がいたが、それは言い得て妙だと思った。

このような方々には「自分たちを売り手としてもっと意識してほしい」ということを強く伝えたい。ポエトリー・マーケットと名乗るからには、自分たちは売り手であり客の相手をするんだということをもっと意識してほしい。 何も自分を犠牲にしてほしいというのではない。自分が楽しめないようでは客を楽しませることもできないだろう。自分も楽しんで、同時に客も楽しませることを心がけてほしいといいたいのだ。

でもこれはたぶん、今回のポエケットに限った問題ではないと思う。 自分がスタッフとして参加している関西圏の【詩マーケット】での経験も踏まえると、きっとこの種の詩の即売会イベントは、本質的に売る側にまわった方が文句なく楽しいのではないか。自分の詩を買ってもらえるし、詩誌などで見知った詩人とも会える。それは楽しいに決まってる。実際、売り手として参加した方の中には、かなり満足して帰った方も少なくないのではないだろうか。それはそれでいいことだし、大事なことだと思う。

だが敢えて言わせてもらうと、この種のイベントはいかに買い手にも楽しんでもらうか、言い方を変えれば、いかに現状の売り手と買い手の満足度の落差を埋めるかが大事になってくるのではないだろうか。そうでないと、いつまでたっても主催者側および参加同人は大成功と思っているのに客のほうはつまんなかったと思う、その繰り返しになってしまう。

具体的には、初めてのお客さん、しかも知り合いの人もほとんどいない、自分は詩誌をやってるわけじゃないし商業詩誌への投稿もしてないから、自分の名前を知ってる人がいるはずもない。そういうお客さんをモデルにして、いかに彼が居辛い思いをしないで済むか、そのことをもっと考えてほしいと思う。

開催前の広報で情報提供は充分に行われていたか(その意味でぜひホームページを開いてほしい)。もっと同人の方にも売り手意識の徹底を呼びかけるべきではなかったのかどうか。朗読の長さ、質を主催者側で吟味するべきではなかったかどうか。各種サービスは充分だったか。参加グループのプロフィールがもっと細かければ、そのグループを知らない客側としてももう少し話しやすかったのではないか。例えば会場の回り方にとまどっているお客さんに対して案内してまわるというような、なんらかのサービスがあってもよかったのかもしれない。ポエケットの看板も、もっと目立ったものがいい。

・・・・などなど。いろんなことをスタッフの間で話し合って、実現可能なことをしていってほしい。もちろん一気にすべて、というのは無理な話だ。少しずつでいい、回数を重ねるごとに、内輪感の雰囲気を少しでも和らげて、安心してお客さんになれる、積極的に会場を歩いて詩を手にとれる、そんなイベントにしていってほしいと思う。そうでないと、せっかくそのお客さんの好きな詩が会場内にあっても、好きな詩にたどり着けないままで終わってしまう。それは売り手にとってというよりも、そのお客さんにとって、ものすごくもったいないことだ。

最後に自分の理想を勝手に言わせてもらうと、それはTOKYOポエケットや【詩マーケット】が、完全にワン・オブ・ゼムになることだ(こう書くとちょっと主催者の方は不愉快かもしれないけど、ごめんなさい)。そのくらい多くの(小さくてもいいのだ)即売会イベントが、各地で開かれてほしいと思う。それで、詩誌・詩集の流通を自分たちだけの間でほぼ完結させておきながら、「今の若い人は詩を読まない」なんて嘆いている、そんなしょうもない現状を変えていってほしい。

だからポエケットには、後進団体の叩き台としての役割も期待している。ぜひいろんな試みをしてみて、その度に成功したり失敗したりして、いろんな人の意見を聞いて欲しいと思う。特に「お付き合い」のない見知らぬお客さんの意見をどんどん取り入れてほしい。

そうしていろいろ成功したり失敗していくうちに、ポエケットに共感したりあるいはポエケットを批判したりして、いろんな個性を持つ即売会イベントが各地で開かれる、そんな状況が生まれればいいなと思っている。
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Eisuke Sawada
mail:ask@ma3.justnet.ne.jp
【B&B】
【詩マーケット】
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沢田さんのHPにも感想があります。
臨詩体験 第一回TOKYO東京ポエケット


(関より 沢田さん。いろいろありがとう。沢田さんの掲示板でも、若い人たちの詩への熱い思い、伝わってきましたよ。新しいマーケット、どんどん作ってください。)




青木栄瞳さん 

エールです。 生きて、動いて・・・・あんなに大きな会をきゃしゃでかわいらしい女性3人組みで,気持ちのよいコンビ、感じられて・・・そのこと伝染しましたよ、たしかに!! 私には。第1回目のスタート、はじめての試み、いっぱいあって、フワッとスタート、しましたが、まあ5回目位先をみて・・・・ 第2回目もお声をかけてね。次回、Booby Trapの展示机の上には派手なイルミネーションでもパチパチ飾りましょうか。・・・・いや、ジョーダンとも まじめとも・・・・・です。


(関より 青木さん、何かをはじめに実行しようとするとき、どんなことも受け入れ、肯定する母のような励ましがぜったい必要です。それはどんな厳しい意見よりも、さらに続けてよくしていこうとする精神的な支えになるでしょう。わたしも彼女たちにエールです。)





琴生結希さん 

[詩の世界に対する問題意識を持とう。]

某氏のお招きにより、第一回東京ポエケットを覗きに行ってみた。私自身は駆け出しの若輩詩人、詩のイベントなどには参加した経験が全く無い。というわけで、有る意味まだ「詩人の内輪」に居ないという立場から東京ポエケットを拝見した感想などを徒然と書いてみることにする。

会場は両国の江戸東京博物館という好条件。しかし1階会議室は「通り掛かりにふらりと」とはお世辞にも言えない場所だったのでは無いだろうか?確かに詩は日本文学の第一芸術であり、そのイベントを日本文化(江戸文化)の感じられるあの場所で行なった事には意義があったのかもしれない。だが、再考の余地が有る事は確かであろう。

そして私が会場前に到着して一番始めに感じたこと。
「入りにくい。」
とにかく、重い扉が立ち塞がっている。中では「何か」が行なわれている模様。しかし、受付には誰も居ない。入っていいのか?まずいのか?某氏のお招きが無ければそのまま引き返してしまおうかというほどの入りにくさ。関係者以外立ち入り禁止、に近い雰囲気である。

そこで何とか勇気を振り絞って扉を開けてみた。真っ暗な会場でポエムリーディングが行なわれている。リーディング自体にはさして問題は無い。会場に来ていた詩人たちは少なからずそのプライドを持った方々であったらしく、リーディングの上手い下手に関わらず詩を楽しんでいるように感じられた。しかし、やはり内輪ネタの感が拭えない。これは会場内に居た殆どの人間が関係者ばかりだったことに起因するのだろう。全ては入りにくい会場が原因である。しかも、ポエムリーディングの時間が長すぎて会場を見回す事も席を立つ事も憚られる。無論、詩人同士の歓談なんてもってのほかである。リーディングの合間を見計らって何とか会場内を見回してみると、各ブースには手書きのネームが・・・。もうちょっと見やすくならなかったのだろうか?疑問は増えるばかりであった。
結局、同人誌を手に取る暇も購入する余裕も無いまま会は終了してしまった。

第一回という事でスタッフの皆様においては多大な苦労があったと思われる。手探りの状態で作業を進めたことも有ったであろう。というわけで今回は厳しい感想を提示させていただいた。しかし、ポエケットを拝見した事が無駄であった、行って失敗だったなどとは思っていない。逆に、多くの問題を発見する事で詩に携わるもの全体に対する課題を多く発見する事が出来た事に感謝している。

とにかく、ポエケットの今後の課題は「内輪ネタ」を脱する事であろう。入りやすい会場作り、ポエムリーディングの時間配分の見直しから始め、開かれたイベントとしての機能を果たせるようにすることが第一である。また、会場には若い詩人も多く見られたので、歓談の時間を取ることでしっかり横の交流を持たせ、詩のマーケットを拡大しようという目的意識を固めて欲しかった。目的をはっきりとさせそれを大きく掲げる事が今後の発展に繋がるのではないかと思う。

とにかく、第二回東京ポエケットに期待しています。スタッフの皆様におきましててはお忙しいところ大変かとは思いますが、更なる詩のマーケット拡大のために頑張ってください。心から応援しています。
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(関より 琴生さん。ポエケットにいらっしゃるのに勇気が必要だったのですね。そんなナイーブな詩人の心、好きですとも。)




井本節山さん 

ポエケットに参加した感想一式

井本節山

 「はちゅう」のブースは入り口の真ん前という有利なロケーションにありながら、販売する本があまりないという間抜けな状態であった。とにかく格好だけでもと、持ち寄った創刊号を何面か置いたが、広い机はスカスカ状態である。こんな時は詩誌と同時に詩集を並べるのが王道だが、同人で詩集を出しているものは吉田多雅子、田中啓子のみである。それも手持ちがほとんどないらしく、当日は田中の「聖書売捌人」が一冊、ぽつんと置かれた。数少ない本が大切そうに並べられた風景は、かつて昭和40年代に我が家のそばにあった通称「はまぐり本屋」(間口2軒の店の雨戸を木の蜜柑箱に乗せて平台にし、そこに「婦人公論」「ミセス」「小学5年生」などの雑誌がだいじにだいじに売られていた)を思いだし、少し悲しい気持ちになった。

 ならばメンバーが参加した他の詩誌を置くべきなのだが、メンバー5人にのうち、3人は隣のブースのJO5経験者である。そもそもそれがきっかけで知り合ったようなもんなので仕方がない。恥も外聞もなく、格好のためだけに急遽JO5を借りて、ついでに井本の参加している「長帽子」の60号と友人に頼まれたミシェル・ビュトールの『ランボーを巡る即興』の全訳も置いてみる。少し賑やかになった気もしたが、所詮は「はまぐり本屋」である。卒論提出間際の小笠原鳥類は欠席。彼がいれば「えーと、一応ですが、色々と持っては来ましたので、これを置いていただければ、私としては、まあ、とても嬉しいかなと」と前口上を述べながら、ぞろぞろと同人誌を愛用の鞄からたくさん出してくれたかもしれない。そうすれば「はまぐり本屋」だけは免れえたであろう。

 参加時の意気込みに比してあまりに浅い我々の思慮は、お釣りを誰1人用意していないことからも伺えた。「どうせ、売れないわよ」、吉田が呟く。「うーん、でも…」、と枝川絵里が困惑する。顔のすべてを使って屈託なく笑いながら田中が言う、「あたし、なんかビール、呑みたいな」。ちゃんと打ち合わせをして、きちんと準備しよう。それが「はちょう」の次回の大きな課題と言える。

 朗読に参加した身で言うのもなんだが、やはりイベントの時間が多かった気がする。会場が常に暗くて、あまり他のブースを回れなかった。ステージにライトなど当たっていようものなら、隣の人ともつい小声でひそひそと話してしまう。「詩のマーケット」というより、「朗読の夕べ〜同人誌販売会も同時開催」の感があった。朗読などのイベントと販売スペースを自由に回遊することが、同時にできる形態が望ましいと思う。これは個人的に詩誌の販売よりも、人々との交流に主眼を置いた井本としては大変に残念であった。

 残念ついでに言えば、同人誌毎のプロフィールのついたパンフレットの存在を知らなかった(これは私が悪い)。さらに連詩があったことも知らなくて、片づけをしている時に初めて「何だこれ?」と発見したぐらいだ。会場が暗かったので発見が遅れたのかもしれないし、単に説明を聞き逃していただけかもしれない。折角なので一行でも書こうと思ったが、撤収のが優先である。連詩は次回への楽しみにしたい。

 それでも結局のところ、参加して大変に有意義だった。あれだけの同人誌が一同に介することはそうそうないだろうし、ぱろうるの棚と違って、詩誌の向こうに書いた人たちが座っている。名前と作品だけ知っていた人と直接話すのは、やはり何回やっても不思議だ。そして紙の上、画面の上で、私たちはまた文字として再会する。そのとき文字は別のあたたかみを帯びている。ではでは皆様、また来年もよろしく。
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井本節山
setsuzan@ca2.so-net.ne.jp
BXH01500@nifty.ne.jp
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(関より 井本さん、次回は売る気でやりましょうね。参加詩誌全員の紹介、不足でしたね。パンフレットにあった情報、タイピングして来週あたりアップします。




寺西幹仁さん 


風邪が、結局、気管支炎になり、長時間パソコンに向かうほど体調が回復せず、難渋しています。
遅れましたが、ポエケットの感想です。
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ポエケット開催おめでとうございます。
第一回としては、まずまずではなかったかと感じました。
これからも二回、三回と続けて行かれるようお祈り致します。
teramm@silver.ocn.ne.jp
【詩マーケット】

(関より 寺西さん。お風邪だというのにご無理申し上げました。ありがとうございます。お大事になさって、ゆっくりお休みくださいね。





阿蘇豊さん 


「東京ポエケット」の件です。1時間ぐらいしかいなかったので、断片的ですが、
・会場の場所、大きさが適当で、いい。
 ・比較的若い人が多く、活気があった。
 ・1回の朗読の時間が長いと思った。(実際にそんな声を聞きましたが)、もっと展示、販売、交流の時間がほしかった。本来の目的はそっちの方では。
 ・詩人が開く詩人のためだけの会になっていなかったか。一般の人に来てもらうことの難しさ。
 こんなぐらいかな。とにかく、いい参考になりました。埼玉の方は、以下の通りです。

阿蘇豊 aso@mail1.webnik.ne.jp
 

(関より)埼玉でも2月に詩の交流・即売会が開かれます。埼玉以外の詩誌の参加も歓迎している様子。積極的に学校や新聞社などに声を書けて、詩を書かない人、読まない人も参加できるような、開かれた集まりを計画しています。ももちろん参加します。ポエケットでお話できなかった方と、ゆっくり話せたらいいな。ここに阿蘇豊さんからのご案内あります。ぜひご覧になって参加の申し込みをしてください。お客としても気軽にご来場くださいね。
「第1回 埼玉詩の交流会」開催案内

ほかにも次のHPに感想があります。 飛んでいって読んでください。

掲示板雑記帳1999.12.5-12.16 HP清水鱗造HP
ミメシスさん 第一回tokyoポエケット HPEXISTENCE
シルさんシルの日記 HP深夜特急ヒンデンブルク号
(関より)リンクのお願いを差し上げて、お返事がまだの方はリンクを控えています。OKですよ、という方はぜひお知らせください。
tubu<雨の木の下で>ポエケットで遊びましたかあ?(ヤリタミサコ/まつおかずひろ)へ
<雨の木の下で>もっと詩を! 第1回ポエケット(関富士子)
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