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vol.16

豊田俊博遺稿詩集『彗星』より 5

 

訪 問



箱のような木造の家の中二階、低すぎる天井を見上げながら僕はその人と畳に
 正座して向かい合った。
尋ねたいことがあったはずなのだが、どうしても思い出せない。
折り畳んだ新聞紙に血痰を吐いている自分と同年くらいのその人は、蒸発した
 父かもしれなかった。
そう思ったのは、この家が僕の生家に酷似していることに気づいたときだ。
(母は父の持ち物、写真のすべてを捨て去り、記憶の中の父を抹殺していた)
外を確かめようと立ち上がり窓を開けると、すぐ下を大きな川が流れている
これは事実と違う。やはり父ではないのだろうか。振り向くとその人はにこに
 こしながら押入れから釣竿を出して僕に握らせた。
疑餌鉤を付けた糸を垂れた竿先がしなって引き上げると、目の無いふやけた蛇
 のような深海魚が釣れた。畳の上でくねっている。
「これはフウセンウナギだ」 初めてその人は声を発した。
二人で何匹も釣り上げた。食べるわけでもなく、その夜は魚の上に薄い布団を
 敷いて眠った。魚はいつまでもくねっていた。
朝 駅へ向かう僕をその人は見送ってくれた。キャベツ畑を過ぎると一面の菜
 の花で、子供のころそのままの風景だ。道が二股に分かれる所で思い切って
  おとうさん と呼びかけたが、その人はすでにいなかった。
菜の花の向こうに高架線が見えてくる。城のような石垣の上のプラットホーム
 で人間がひしめいている。だがどこにも階段が無い。からによく見ると入口
 も出口も無いのだ。
あの人たちはこの石垣に爪を立ててよじ登ったのだろうか。登れずに落ちたら
 しい人が何人も石垣の下で倒れている。立ち上がり、再び石にしがみつく人
 もいる。
危険を覚悟で僕は石垣をよじ登った。足裏で揺れ動く、誰かの腹も踏みつけた。
 電車の轟音に包まれ、気がついたときには僕はひどく疲れて吊革をきしませ
 ていた。
いつしか乗客は僕一人だった。
左側の窓の外はどこまでもまっすぐな海岸、右側は山肌が切り立った絶壁。



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