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vol.16
「とよだとしひろ」執筆者紹介

豊田俊博遺稿詩集『彗星』より 4

新しい始まりの予感



火山が爆発したので帳簿をつけている場合ではなくなった。
僕の勤める銀行は由緒あるアールデコの神田淡路町の同和病院に似た辛気臭い
 建物で、爆発の音波がステンドグラスの窓を粉々に砕いた。
Oh myGod と叫ぶなり女秘書は僕の手を引いて螺旋階段をかけ上がる。
タイトスカートなので、お尻のかたちが浮き出ている。
いつかゴジラの映画で見たような作り物めいた、すり鉢状の火山を見やると
幾条もの棒の溶岩が流れ出していて、赤黒い髪の毛のように見える。
その太い一本の先端がすでに、目の前に近付いている。
歩くほどの速さだが確実に、まっすぐ延びてくる。
女秘書は再び、Oh my God と叫び僕の手を引いて螺旋階段をかけ降りる。
鼻先にかすかに髪の匂いが漂う。
先ほど破れた窓を満たして溶岩はすでに入り込んでいた。
僕は慌てて帳簿を持ち出そうとしたが無駄であった。
溶岩は机や椅子を呑み込み、ハンドルのついた分厚い鉄の大金庫をもゆっくり
 と貫いていった。
「これで努力も現金も灰になったというわけだ」
僕はむなしさと同時に身軽さを感じネクタイをほどき捨てると女秘書の手を引
 いて表へ出た。
すでにどこかへ非難したらしく街には誰もいない。
石英が輝いている白い街路をいつしか僕と女秘書は溶岩の行方を追っていた。
樹齢千年は越えるだろう柊の大木も溶岩に横腹を貫かれたが不思議と燃えなか
 った。
やがては海へと行きつくことは知っている。
コロンブスという靴磨き工場の横の路地を曲がると銭湯の煙突が見え
「富士の湯」という暖簾が掛かっている袋小路だ。
溶岩は銭湯へと入っていった。
タイル張りの洗い場の、壁いっぱいに描かれた富士山の下の浴槽で溶岩は果て
 た。
無人の番台に湯銭を払い僕と女秘書は服を脱ぎ二人並んで湯から首を出した。
彼女は僕の愛人でもあると言い張るのだが……
Yさん、確かに僕はあなたを知っている。だが、今あらためて見るあなたには
見覚えがないのだ。
浴槽は海のように深く、塩辛かった。
1991.7

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