
vol.16
原っぱ
継ぎの当たったズボンをはいて |
バッタを追いかけていると |
トランクを提げた小父さんがやってきて |
店を開いた |
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飛行機売りだ |
人さらいみたいなハンチングを被っている |
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頭の上で腕を回すと |
指先の紐が翼に結ばれていて |
青空の下 |
飛行機は旋回を始める |
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「ハラッパからヨーロッパ」 |
売り声をかけながら |
小父さんは腕を回し続ける |
友達に混ざって見ていたが |
誰も買わない |
みんなは飽きて別の遊び場へ行ってしまった |
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僕ひとり草に座り |
小父さんは何時までも腕を回し |
飛行機は同じ空を飛ぶしかなかった |
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小父さんの足下に |
赤まんまの花穂がたわんでいた |
家族
満開の桜の下に僕を立たせ |
父は買ったばかりのカメラのレンズを向けた |
一緒に写ろうとして近寄る母を |
僕は両手で押しのけた |
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シャッターは切られ |
半ズボンをはいた僕が |
睨むような目つきをしている |
写真の端には |
離れそこねた母の |
片足だけが写っていた |
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今でも写真を見ることがある |
母の靴底がひどく磨り減っている |
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小学校へ入学した日だった |
明るすぎる陽射しを浴びて |
父と母と僕が天体のように |
離れながら引かれ合っている |
あの写真の中にしか |
家族はないのだ |
「原っぱ」1993.3 「家族」1993.4
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<詩>訪問(豊田俊博)へ
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