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豊田俊博遺稿詩集『彗星』より 9 |
1992.9引 力
小学校の赤土の校庭を横切る 飛行機の影が僕を覆った ジュラルミンの機体が左右に傾きながら 木造校舎の二階を越えて行く プロペラを止め音もなく余力で滑空している 機内には老いた両親が乗り合わせている シートベルトを固く締め長い歳月を 互いに背きながら飛んで来たのだ 運搬用の重い自転車にまたがり 石鹸工場の板塀が続く坂を下る 吊しの背広を売る生家のトタン屋根が見えてくる 蕎麦屋も左官も町中の人が飛行機を追い掛けている 背後で警官の吹く笛が鋭く鳴り 振向くと荷台に小谷地さんが乗っている 彼女は初恋の人だブルマをはいて 競馬の騎手のように僕の脇腹を蹴る いつだって恋は僕を急き立てるのだ 息が上がってくる 石油臭い倉庫が並ぶ港の埠頭の突端で 飛行機は紙ヒコーキのように失速して 尻から率直に海に突き立った 銀色の主翼が両腕を広げて輝く 俄かの十字架に人々は引き寄せられ 自転車もろとも僕は熱い海へなだれ込んで行った
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