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vol.16

豊田俊博遺稿詩集『彗星』より 9

 

引 力



小学校の赤土の校庭を横切る
飛行機の影が僕を覆った
ジュラルミンの機体が左右に傾きながら
木造校舎の二階を越えて行く
プロペラを止め音もなく余力で滑空している
機内には老いた両親が乗り合わせている
シートベルトを固く締め長い歳月を
互いに背きながら飛んで来たのだ
運搬用の重い自転車にまたがり
石鹸工場の板塀が続く坂を下る
吊しの背広を売る生家のトタン屋根が見えてくる
蕎麦屋も左官も町中の人が飛行機を追い掛けている
背後で警官の吹く笛が鋭く鳴り
振向くと荷台に小谷地さんが乗っている
彼女は初恋の人だブルマをはいて
競馬の騎手のように僕の脇腹を蹴る
いつだって恋は僕を急き立てるのだ
息が上がってくる
石油臭い倉庫が並ぶ港の埠頭の突端で
飛行機は紙ヒコーキのように失速して
尻から率直に海に突き立った
銀色の主翼が両腕を広げて輝く
俄かの十字架に人々は引き寄せられ
自転車もろとも僕は熱い海へなだれ込んで行った


1992.9
tubu<詩>約束(豊田俊博遺稿詩集『彗星』より)
<詩>「欠点」「旅」(豊田俊博遺稿詩集『彗星』より)
<詩>モクセイの木(関富士子)
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