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vol.16
「すながのりこ」執筆者紹介

〈詩を読む〉


体験を内実化するということ  渡辺洋『白日』(書肆山田)を読む


mail須永紀子

 1996年に発行された詩集。連作によって構成されている。内省的な作品がほろ苦いノスタルジーをたたえていて、久々に感じる詩集に出会ったような気がする。
 
 二十年ほど前、学生の間で「体験の思想化」ということばがよく使われていた。そのことを思い出した。何に限らず、「体験」をそのままで終わらせることなく内実化していくこと。それが敗北の体験であっても、マイナスと考えるのではなく、負のプラスとしてこれからの日々に組み込んでいくこと。そんなふうにして、悩み多い学生時代を過ごしたことを懐かしく思い出した。

  
  この街の歌のかたちが
  素っ裸の彼女を空に打ちあげる頃
  水のひかりをあつめてうかびあがる
  きみの歌を私は受けとろう
     ○
  工場たちがひとつの歌しか歌わなくなるなら
  きれいな女の子が乗ってくる朝の電車で
  本当に話したかったひとをさがしに行きたい
  窓の外に歌の思い出を捨てて
  青空のように打ちのめされに行きたい
     ○
  両腕をいっぱいにひろげると
  別れたくなかった女がこわれていった
  私は誰も救わないんだ
  そう思うと
  愉快な気持ちで椅子のように歌いはじめることができた
  
  (渡辺洋詩集『白日』「#54」全行)
              

 42編のほとんどが見開きにおさまる長さになっている。
 「工場」「椅子」「空」はかなり頻度の高いことばで、これを手がかりに渡辺洋の詩を読むことができるかもしれない。たとえば、工場は労働、青空は希望、椅子は位置(自分の場所)をあらわすと考えることも可能だろう。

  「私」は誰のことも救うことはできないのだという無力感からの脱却が語られている。最終行の突き抜けかたが未来を暗示していると思う。何があろうと前へ進まなければならない。何かが終われば必ず別のものがはじまる。自分の意志ではじめるのだ。

  
  思い出せるだけのきみを思い出してしまったから
  今日は歌って生きることにしよう
  土手の上の廃工場から
  腕を空にかざすように
  ゆっくりと私が降りてくる
  白く塗り直された町へ消えるように
  架け直された橋を渡っていく
  「愛がなければ時間は存在しない」
  そうすでに書いてある空の下で
  川岸にたたずむ男は今日も振り向かない
  きみの前に姿をあらわすための時間が
  彼の肩で止まっている
  「時間はささやかなものへの
  夢への、欲望への、愛だ」
  窓から水平に身を乗り出す仕事に従事する
  私は空だったという
  写された思い出のように
  寝返りをうつ
  
  (「#10」全行)
                    

   淡い喪失感が全体を満たしている。「きみ」に会うのをためらう「私」。それを見るもう一人の「私」がいて、「私」は非生産的な仕事をしているらしい。
 「廃工場」、「架け直された橋」。「私」は過去へ向かっている。冒頭からどこか哀愁を帯びて、「私」の思い出が苦いものであることを想像させる。

 この詩には強く同時代を感じたのだけれど、渡辺洋のホームページ「f451」をのぞいて、1955年生まれであること、わたしと同じ町(渋谷区本町)の出身であることがわかった。東京は64年の東京オリンピックを境に変貌していくのだが、それ以前の渋谷は静かでのどかなところだった。原っぱもドブ川もあった。小さな町だから、きっと同じようなところで遊んだはず。1歳違いであることも、渡辺の作品に親しさを感じる理由だろう。

 「きみ」と会えない日、「私」は考える。今こうしていることについて、これまでとこれからのこと。渡辺洋の詩は、思考の記録であるといっていいと思う。失われた関係や存在、時間について彼は考え続ける。出会いと別れが何度も語られ、検証される。それらは思考するスピードをあらわすように少しずつ変化していく。

 体験を内実化していくなかで詩は生み出され、記憶の断片であるかのように記される。白日のもとに。

詩集『白日』のご注文は、tubu書肆山田 「白日」 のページか、渡辺洋さんのHPtubuf45lへどうぞ。

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