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vol.16

ダイアン・ディ・プリマ「1955年、感謝祭のための買い物リスト」を読む

(中上哲夫/関富士子)

   先日、中上哲夫さんにHPの日記で毎日のおかずを載せていることを話したら、とても面白い詩があるといって、ファックスでこんなのを送ってくれた。買い物メモはよく書くが、詩になるとは思わなかった。うーむ、こ、これはどう読めばいいのかな。リストとあるように本当にただのメモみたいで、詩らしい言葉も使われず、そのまんま、という感じである。



     ロ  ワ  ブ  茸  ヘ  塵  大  パ  肉  蛤        一  
       イ  ラ     ア  取  蒜  セ              九  
     ス  ン  ン     ピ  り     リ              五  
     ト     デ     ン                       五  
     用     ィ                             年  
     鍋     ?                              ` 
                                         感  
                                         謝  
                                      ダ  祭  
                                      イ  の  
                                      ア  た  
                                      ン  め  
                                      ・  の  
                                      デ  買  
                                      ィ  い  
                                      ・  物  
                                      プ  リ  
                                      リ  ス  
                                      マ  ト  


(詩集『ディナーと悪夢』より 中上哲夫訳 訳詩集は未出版


というわけで、途方に暮れているわたしに、中上哲夫さんが次のように話してくれた。


 最初に「蛤」があるよね。貝類はアメリカではあまり食べないんだ。貝料理といったらもう決まっている。「クラムチャウダー」さ。彼女は、感謝祭のための料理に、まず「クラムチャウダー」を作ろうと決めたんだ。パセリや大蒜もその材料だってわかるね。「茸」もそうかな。

 「蛤」の次に「肉」が来ている。クラムチャウダーと肉料理がメインだね。そのあとが「塵取り」だよ。掃除をしようと思ったんだね。ふだんはちらかっているんだけど、感謝祭のお客が来るから、ちょっと部屋をきれいにしなくちゃと考えたわけさ。それから「ヘアピン」。髪を止めるピンだろ。ふだんぼさぼさ頭で身の回りをかまわないんじゃないかな。でもちょっと身ぎれいにしようと思ったんだろう。それで「ヘアピン」なんだよ。

 順序も大事だよ。まず料理のことを考えて、それから部屋が気になって、そのあとに自分のことだね。「ブランディ」と「ワイン」が並んでいる。「ブランディ」には「?」が付いているから、買おうかどうしようか迷っているね。ブランディは高いし、ワインもあるしね。贅沢だから、ほんとうはいらないんだ。でも、買いたいんだよ。

 最後に「ロースト用鍋」がある。今までロースト用鍋は持ってなかったんだ。他の鍋で代用していたんだよ。ローストビーフなんてめったに作らないしね。だけど結局思い切って買うことに決めたんだ。

 たったこれだけの詩なのに、とても切実感があるよね。この詩人は白人でイタリア系らしいけど、肌の色が違う子どもが6、7人いるんだ。1955年ごろは30代ぐらいだろうか。こんなスタイルの詩はこれだけだけど、料理のことを書いた詩はほかにもあるようだよ。

 中上さんの読み解きを聞きながら、わたしはこの詩をつくづくと眺めた。なるほど、なるほど。シンプルな単語の羅列が作品として提示されているのだ。ぶっきらぼうななんでもない買い物リストから、実にさまざまなことが読み取れる。ほんとうのリストをそのまま詩にしたのかもしれないし、あるいは、行を構成する単語をひとつひとつ吟味したかもしれない。でも作為的なところは感じられない。

 タイトルを眺める。感謝祭は毎年あるけれど、それは1955年のメニューだった。彼女にとって、1955年の感謝祭にはどんな意味があるのだろう。歴史的な背景はこの詩だけではわからないが、ともかく個人的に、あるいは家族にとって、特別な日であることがわかる。「ロースト用鍋」を買うのだから、思い切り奮発したパーティなのだ。でも生活はつつましく、貧乏といってもいいくらい。豊かなアメリカでは下層の生活だろう。

 いつもの質素で倹約した暮らしでは、できることは限られている。掃除ぐらいしなきゃ、と思って取っ手の壊れていた塵取りを思い出したのかもしれない。髪を整えるのにヘアピンなのだから、ちりちりの癖っ毛が伸び放題に広がった、大柄のアメリカ女を思い浮かべる。作者のダイアンは、中上さんの説明によると、子沢山の肝っ玉母さんらしい。でもほんとうは若くて女盛りなのだ。このころまだ電気掃除機はなかったのだろうか。お金がなくて買えないのかもしれない。狭いキッチンの中、真新しいロースト用の鍋で肉がゆっくり焼けている。クラムチャウダーの鍋の大蒜の匂いとぼってりしたミルク色も見える。

 こんな詩が詩集のなかにさりげなく入っていると、いろいろな想像を刺激される。なるほど詩人はこのようにして詩を発見するのだ。詩を書くとは、生活のあらゆることをとりこぼさず、ていねいにすくいあげて、シンプルに切り取る一連の作業なのだ。いったいどこをどう切り取るか。それは詩人の直感や生活者としての経験に左右される。日常がその批評性によってシャープに浮き上がってくる。毎晩のおかずをメモすればよいというわけではなかろう。ダイアンという一人の女性が、どんな言葉で生活を詩にしていったかを、もっと知りたくなる。こうして読者は詩人に出会っていく。

 それにしても読むということはおもしろい作業である。中上さんの導きがなければ、わたしは買い物リストをこんなふうに読むことができなかっただろう。それから、ダイアンの詩をまったく知らないわたしにとっては、彼女が肌の色の違う5、6人の子どものママというのは、重要な情報だった。アメリカの現代詩集ということから、わたしには詩を読む前から、さっそうと活躍するアメリカの代表的女性詩人のイメージを作っていたからである。

 かくして、中上哲夫さんがみつくろってくれた、あっさりしてピリッと引き締まった一品を、読者として味わうことができた。1篇の詩をどのように読んだかを語ることは、とても大事なことではないだろうか。詩は読者ひとりひとりに寄り添っているのだ。語り合うことで新しい発見があり、味わいが深まっていく。こんな詩の楽しみかたって、途方もない贅沢かもしれないね。日記を書くのが面倒で、毎晩の献立を書いてごまかしているつもりだったが、いやはや。どこかの読み巧者が、まったく個人的なわたしの家の献立リストから、書き手も思い及ばない、あっと驚くような想像を巡らせているかもしれない。私的なメモがある普遍にたどりつくことをわたしも期待しよう。  



今日、(2000.5.9)中上哲夫さんから、次のような補足のおはがきをいただきました。


 阿蘇豊がGWに永池川へ行って水もないのに鮒を81匹つったという話です。一人で行ったそうです。

 それはさて、ディ・プリマについて調べてみたら、1934年ニューヨーク生まれとあって、ビートでは断然若い。そして、「買い物リスト」が収められた詩集『ディナーと悪夢』は62年の発行で、そのときかの女は27歳ということになる。つまり、55年は21歳で、そのときかの女は結婚していたのかどうか、子どもいたのかどうか不明です。現在は6人の子持ちだけど。

 で、『買い物リスト」の詩の話にもどると、品物の順は重要さの順だと思う。そして、もっとたくさんあった品物を削除したこともじゅうぶん考えられる。どんなものが考えられるかというと、さしあたってテーブルクロスや蝋燭、それに果物(リンゴやオレンジ、グレープフルーツなど)。アメリカ人は驚くほどリンゴが好きで、カフェテリアにいくと、リンゴが丸ごと出てくる。あと、デザートも考えられるだろう。

−そんなふうにいろいろ考えると、詩を読む楽しみも増すと思うんです。お元気で。 2000.5.8 中上哲夫


ということであった。若い独身の女とすると、リストはそのわりに生活感がにじみ出ている。たくさんあった品物を削除したと考えると、当然作品化を意図したのだろう。もしかしたら黒い肌の子どもがひとりぐらいいたかもしれない。第二次世界大戦が終わって数年後、ビートな女たちはあの自由な国で、どのように生きようとしていたのだろう。中上さんが想像するように、きれいなクロスや蝋燭やリンゴがある、楽しいパーティもいいな。ちょっとリストのシンプルな切実感がなくなるかもしれないが、お祭り好きのアメリカ人らしいともいえる。

 さて、5月の永池川の川辺には、これから野ばらとスイカズラが咲き乱れるはず。ちょっと散歩に行ってこようかな。

この文章はtubu改稿して紙版no.16に掲載しました。
vol.17tubu「1955年の感謝祭」ダイアン・ディ・プリマ

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