vol.17
「布村浩一」執筆者紹介
雨の街
ミッドナイトエクスプレス
コーヒー・ルンバ
雨 の 街
やせた男が足の形 |
に曲がったズボンをはいている |
身ぶり手ぶりで |
洗濯用のまっすぐな竿を |
売りつけようとしている |
あの男は「夏の雨」に似ている |
「明るい木」に似ている |
「空の原っぱ」に似ていて |
「だいだいの海」に似ている |
|
そしてぼくは雨のあがった街の |
曇った空の下に立っていて |
桜がないのに生き生きとしている |
桜の木をみている |
|
地下鉄の冷んやりとした駅を降りて |
西の出口をでる |
目じるしがない |
信号機と歩道 |
人がいなくて |
(どこにも) |
建物があたらしい |
おれは |
足の形に曲がったズボンをはいている |
25・5EEの靴をはいて |
黒い薄いレインコートを着て |
暗くなるまでに古い倉庫に行こうとしている |
ガランドウの建物のあいだをぬけて |
信号機を渡る |
|
スーパーマーケットの店員の |
チリチリヘアーの女が |
彼女の細い足首の靴の |
赤い色の |
線に |
晴れない |
顔がうつっている |
この街にいても ぼくたちは |
歩道の上のエスカレーターに乗ったように |
「始まり」の繰り返しに向かって進む |
|
生み出そうとしているような |
昼の湿気の多い 遠い街 |
視線がぬけてしまう |
|
半蔵門線の水天宮前という駅は |
ポツンポツンと人が歩く 大きな新しい駅 |
その地の底の くぐってきた |
細い長いホームを |
抜けて |
1aという出口にでた |
紙版
no.17に掲載 2000.8.25発行
<詩>ミッドナイト・エクスプレス(布村浩一)
<詩>雨季(関富士子)
ミッドナイト・エクスプレス
布村 浩一
国立の駅から 三〇〇メートルのところにある |
喫茶店の二階 |
むし暑いのに 曇っている |
桜の葉のあいだにある空 |
|
不幸でも |
幸せでもないことに |
ホッとして |
窓の外の |
通りを行く車をみつめている |
こんな日が欲しかった |
動く車を通りの最後まで追った |
窓の外のどんよりとした空と一本の道 |
|
ミッドナイト・エクスプレスという映画では |
主人公がどこまでも続く列車の流れの中の |
座席に身を横たえて |
「勝てるだろうか」と |
呟くところで終わっている |
列車は夜の闇のなかを |
明るい灯りでつづいていくのだ |
|
この窓の外のあたたかい汚れを手紙にも |
コインを入れるピンクの電話からも |
伝えることはできないが |
ぼくはようやく |
通りすぎる |
一人の通行人になったのだ |
だからあなたに |
もう直接手のひらをあてて |
説明しなくてもいいのだろう |
|
桜の葉のあいだの光は |
明るくも強くもない |
雨も降らないだろう |
人たちが少しずつ汗をにじませている |
午後四時 |
出かけることにしよう |
ぼくにも |
約束がある |
<詩>コーヒー・ルンバ(布村浩一)
<詩>雨の街(布村浩一)
コーヒー・ルンバ
布村 浩一
桜の葉が枯れはじめる |
ひかりがはいってくる桜の葉のあいだに |
枯れた葉がみえる |
ぼくの夏休みは4日間 |
きのうは古い友人たちと夜の二時まで話をした |
帰る時通りには誰もいない |
一時間も歩いて |
自分のアパートに帰った |
坂道と信号と閉まった店 |
広い舖石の道 |
|
部屋に着いてから |
テレビをつけて |
なんとなく起きていた |
なんとなく起きつづけた |
|
黒い服の女が |
ぼくの昔吸っていた煙草を吸っている |
一本切りで |
席を立った |
まるいテーブルの上に |
一冊のパンフレットを四つに折って置く |
みつめているのか |
ながめているのか |
放心しているのか |
分からない |
女が |
ビルの屋上で |
街の方をみている映画のパンフレット |
|
40ページまで読んだ本 |
30度の上がりつづける気温 |
ストローを曲げる |
シロップを入れる |
スプーンで色が変わるまで混ぜる |
泡の浮いたアイスコーヒーで |
(この街でずっと暮らすのだろうか) |
椅子 |
エアコン |
蛍光灯 |
排気口 |
(向こうからやってくるものはもうないんだ) |
突き抜けた青い空 |
目をつぶれよ |
終わりだから |
「布村浩一」執筆者紹介
<詩>夜のはじまる街(布村浩一)
<詩>ミッドナイト・エクスプレス(布村浩一)
<詩>雨季(関富士子)