rain tree indexもくじback number20 もくじvol.20back number vol.1- もくじBackNumber最新号もくじ最新号ふろく執筆者別もくじ詩人たちWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など
vol.20

<雨の木の下で>

  『夏ホテル』観想記  2001.5.23 布村 浩一  

2001年5月5日 渋谷パルコ劇場 夜の部
 5月5日、渋谷のパルコ劇場で松本幸四郎率いるシアターナインスの『夏ホテル』を観た。開場までにすこし時間があったので、久しぶりにすぐ近くにある「たばこと塩の博物館」に行ってハガキを買った。ここにしかないハガキで、古い煙草入れやたばこ盆、1950年代のライターなどが鮮明に美しく写真に撮られ印刷されて並んでおり、10枚買った。
 シアターナインスというのは松本幸四郎がみずからが9代目であることにひっかけて命名した劇団のようなもので、演劇企画集団と名付けられている。『夏ホテル』は結成5周年記念公演であり、4回目の公演になる。メンバーは松本幸四郎の家族の集まりであり、今回出演するのは松本幸四郎のほかに松本紀保、松たか子
 開演前の劇場入り口周辺はテレビ局、プロデューサー、俳優などからの松たか子や松本幸四郎へのお祝いの花束であふれ、大変な華やかさだ。「売れている人たち」が今夜の主役なのだ、とあらためて教え、観にきた者たちをうきうきとした気分にさせる。
 作・演出は岩松了。バーデンワイラーという現実に南ドイツにある湯治場町のホテルが舞台だ。夏ホテルというのは実際にあったようで、このホテルには劇作家のチェーホフが泊まっていたことがあり、彼はここで死んでいる。
 岩松了のつくった舞台は正統的で、静かで、チェーホフ劇というのはこういう舞台をいうのだろうかと思った。マジック世界大会に参加するためにやってきたマジシャンのヒデ・ノグチ(松本幸四郎)だが彼はマジックを上演するときにはダミーを使っており、そのダミーはマジシャン、ヒデ・ノグチの分身ともいえる存在なのだ。そのダミーが大会間近になっても現れない。この現れない安藤というダミーをめぐってのそれぞれの思いがこの劇の大きな柱になる。物語としてはそれだけだともいえる。
 この公演の中心になっている松本幸四郎はさすがに熟練した役者だと思った。観客の多くがお目当てだっただろう松たか子は、99年に新国立劇場で『セツアンの善人』に主演したときの輝きはないと思った。ヒデ・ノグチの助手という助演的な役柄もあるだろうが、特別な季節(18−22歳)が過ぎつつあるのだと感じさせる。役者としても出ている岩松了と串田和美がいい感じであり、松本紀保は98年に観た『ヴェリズモ・オペラをどうぞ!』の時よりもずっと上手くなっている。ヒデ・ノグチの自称追っかけファンの老貴婦人役を演じた岩崎加根子の演技は硬い。出てくると舞台が新劇調になってしまう。ミス・キャストじゃないかと思ったが、2幕目からは動きがよくなってくる。変わることを拒絶する身体は演劇には向かない。
 全部で9人の役者が出る。音楽が効果的だ。最後に無理やり感動させられたような気もするが、出来のいい舞台といってよく、終幕近くの松本幸四郎の二役での役者ぶりには驚かされた。やっとやって来たダミーの安藤を幸四郎が演じるのであり、58歳の松本幸四郎が30歳ほど下の若い男の役をやるのだが、声と声の調子を完全に変え、闇夜のホテルの中庭のアーチの下という設定だが違和感を感じさせない。大したものだと思った。
 演劇は消費であり、観にくる者は人生を変えようと思って来ているわけではなく、世界の変わりを体験したくて来ているわけでもない。それはもうどうしょうもないことで、終演後のあまり長くない、おざなりの拍手を聞きながら、あらためてそう思う。しかし悪くない舞台であり、どういう消費であり得るか、どういう楽しさであればよいのか、どういう楽しさであれば観客にはいりこめるのか、というのは松本幸四郎ら舞台を作ろうとする者らが考えつづけなければならないことだろう。松本幸四郎は思想から演劇にはいった人ではなく、反体制的な文化運動として芝居をはじめた人でもない。芝居が娯楽性を持つことやリアルさを持っていることをまず当然として受け入れている人で、このポジションは案外貴重だと思う。『ヴェリズモ・オペラをどうぞ!』の時もそう思ったが、演劇にリアルさを持ち込むためにはどうしたらよいか、演劇におけるリアルさとは何かということに腐心しているように思った。
布村浩一のほかの作品"rain tree"vol.17へ
  tubu<雨の木の下で>ロマンチストとモダニスト(中上哲夫)
<詩を読む>「Zwar」と鳴く鳥(桐田真輔)
vol.20
rain tree indexもくじback number20 もくじvol.20back number vol.1- もくじBackNumber最新号もくじ最新号ふろく執筆者別もくじ詩人たちWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など