HOME/海外移住情報・安田修の愛犬生活とペットロス


海外移住情報・安田修と愛犬たちの近況報告 <2>
2020.1〜2020.4



2020年1月1日 また今年が始まった…
ベランダで海を見るのが大好きだったフランの写真を抱え、初日の出を拝んだ。2020年はネズミ年。フランは毒ネズミの糞を食べて急性肝炎となった可能性が高いため、初詣はスルーしようと思った。しかし、ナッツの副腎腫瘍の件もあるし、天国のフランの今後もお願いしたいし、お札も返さないと…。なので1月12日のフランの慰霊祭の時に波の上宮に立ち寄ることにした。願うのはナッツとフランのことだけ。

新年の祭壇の花々。フランは喜んでくれているだろうか…。フランが好きそうな花を選ぶのが楽しみになっている。

2020年1月2日 神・宗教・人生、3大要素の考察を元旦にしてみた

■犬と神様

神様の「GOD」を逆に読むとどうなるか、そう、DOG・犬になる。もちろんさまざまな説があるが、犬は太古の昔から人間の良きパートナーとして一緒に暮らしてきたことから、神様から人間への贈り物だったのかもしれない。ちなみに神は超越した存在。人間を作ったのも神ならば、人間を滅ぼすのも神。人は誰しも肉体から抜け出し魂となったときに、はじめて神という存在を感じることになるのだろう。一方、愛をあるがままに受け入れ、まっすぐな愛でこたえる純粋で無垢なワンコたち。神はきっとその魂を天界で手厚く迎えるだろう。亡きフランも神に抱かれて幸せに過ごしているに違いない。
■神は必要、宗教は不要
私は神は信じても宗教は信じない。歴史をみれば宗教の危うさは明白。というのも宗教は人間が作り出したもの。人間の思惑によって腐敗するばかりか、あげくは殺しあいまでする。人間が関わると、なんであろうとろくなことはない。また宗教の模範的な教えを人生に忠実に反映させている人はいるのだろうか。例えば、欲望・野心まるだしのトランプ大統領も教会へ行き、彼を支持している人も教会に行く。彼が行く教会の司祭は彼に意見しないだろう。つまり、なんの役にもたたないのが宗教。その証拠に大昔から現在まで人間の愚かさは相変わらず。宗教が社会を正すことなどあり得ない。
■人生は「魂を磨く」修行の場
はっきりいって私は人間が嫌いだ。人間というものに染まらずに生きたいとも思ってきた。なので人生は、未完成な人間であるがゆえの修行の場、魂を磨く場所、とずっと思うことにしていた。辛い場面があっても、「人生は修行の場」、そう思うことで自分自身を納得させることができた。 そして次の一歩を踏み出すことができた。もちろん誰かに教わったわけでもない。ところで、愛犬フランがこの世を去った。この悲しみを正面から受け止めることが修行と思い、乗り越えようとしている最中だ。また物質的な欲求は退け、質素な生活でも充分に満足しているのは、魂を磨く修行の場と思っているから。ワンコが大好きなのも、人間が持っていないものを持っているからかもしれない。

2020年1月3日 ガンディーの言葉と低すぎる沖縄県の動物愛護意識/その1

「国家の道徳や進歩の度合いは、その国が動物をどのように扱うかで判断できる」これは、インド独立の父「ガンディー」の言葉だが、かつての琉球王国の沖縄はどうだろう。沖縄は数年前まで動物の殺処分ワーストワンを不動のものにしていた。沖縄県もさすがに恥ずかしくなったのだろう。「ペット遺棄は犯罪です」といったTVCMで広く訴えることとなった。結果、多くの動物愛護団体による努力があってようやくワーストワンから脱することになった。県民のひとりとして思うのは、沖縄の精神「命どぅ宝」も観光客向けの宣伝文句みたいなもの。ただただ空しいだけ…。
2020年1月7日 フランの月命日 亡くなってから4か月 ⇒ フランの闘病生活
フランが亡くなってからまだ4ケ月しかたっていない。毎日が長い。月命日、家の祭壇で病気になってからの約1年間を思い起こしてみた。私が転院を考えたことが病気の悪化を招いたことは事実。この世から消えてしまいたい衝動にかられる。
2020年1月12日 今年最初の慰霊祭に行ってきた    ⇒ フランの葬儀と供養
12日の第2日曜日。フランの慰霊祭に行ってきた。今年最初ということもあってか、いつもより多い人たちが訪れ、施設内はごったかえしていた。帰りにはフランの写真をひざにのっけてブランコしてきた。ところで、悲しみが少し癒えるとされる100か日を過ぎても切なさは相変わらず。「フランは天界の楽園で幸せに過ごしている。家にも帰ってきている。ナッツともおしゃべりしている」、と分かっていても、なかなかすっきりしない。私の場合は、「愛犬を亡くした苦しみはなにをもってしても完全に癒すことはできない」というのが正解のようだが、天国で待ってくれていると思うと少しはほっとする。この先、目先を変えて、ペットロスを克服する方法を見つけてみよう、と思うものの、あえてペットロスから逃れようとしないほうがいいのかもしれない。

2020年1月13日 フランがやってきた
12日の夜10時すぎ、ナッツがベランダに出たいと鳴いた。ドアを開けると、一瞬だが小さな光の玉が横切り、ナッツがそれを目で追い、その後、しばらく祭壇近くを離れようとしなかった。フラン、おかえり。待っていたよ ! !

2020年1月14日 「犬の精神世界」のまとめを作成  ⇒ 犬の精神世界と死後の行方
書籍11冊を読破してページ作成したが、より分かりやすくするために、連休の間に「まとめ」を作成して追加した。おかげでフランが天界で幸せに過ごしていることを再認識して、心なしか平安なときを過ごした気がする。
2020年1月19日 ガンディーの言葉と低すぎる沖縄県の動物愛護意識/その2
「国家の道徳や進歩の度合いは、その国が動物をどのように扱うかで判断できる」
これは、インド独立の父「ガンディー」の言葉だが、かつての琉球王国の沖縄はどうだろう。沖縄市の港湾地区にある公園。ある日散歩に訪れると、公園管理の職員が「犬はダメ !!」と怒鳴り、「ペット立ち入り禁止」と書かれた看板を指さした。理由を求めても、子供が遊びに来るからとか、訳の分からない理由と横柄な態度が頭にきて、沖縄県の担当部局に連絡。東京では、同様の件で裁判となり自治体側が敗訴している。その旨伝えると、県側は平身低頭、現場の非正規職員のせいにした。しばらくして再度公園を訪れると、職員はいなかったが看板はそのまま。なんの反省もない感じ…。
2020年1月21日 クロサギ集団来沖
最近、クロサギ集団が家の前にある泡瀬干潟にやってくる。沖縄は例年よりも暖かく、暖冬が影響しているのかもしれない。鳥に興味津々だったフランがいたら、すぐ近くまで一緒に見に行っただろう。ナッツは鳥たちに興味ゼロの様子…。
クロサギ集団。浅瀬で魚をとりながらひと休み。家の祭壇に青森フェアで買ったリンゴをお供え。フラン、大好きだったよね。

2020年1月30日 高血圧で献血不可
沖縄に来てから年3回の献血を欠かしたことはないが、昨日、献血バスでの血圧が190を越え、献血を断念。高血圧で献血不可となったのは2回目。前回はショックだったものの、今回はフランに会える日も近いかも、と思うとうれしくなってくる。
2020年2月7日 フランの月命日 亡くなってから5か月
月命日。葬儀施設でお祈りしたきた。雨だったので公園のブランコには立ち寄れなかった。尚、今月から慰霊祭は隔月参加にした。毎月慰霊祭に行くのも執着しすぎるかな…と思ってのこと。ところで、人間の死後の理想とは、転生せずに、楽園のような天界にとどまること、といわれている。つまり現世への転生は暗黒社会での苦行のようなもので、魂にとってけっして幸せとはいえない。なので亡き愛犬フランの魂も、楽園のような天界にいるということは、現世での暮らしよりもはるかに幸せ。寂しいけれど、そう思うようにしている…。
2020年2月13日 めまい・ふらつき
たぶん高血圧が原因。10日頃から常態化しためまい・ふらつきに悩まされていたが、13日に少し軽減してきたような…?
2020年2月26日 社会批評をやめた理由
2020年からは、海外移住情報で書いていたような社会批評も書いていこうと思っていたが、無意味な気がしてやめにした。というのも、私が「日本が終わった」と思ったのは1990年前後のバブル景気時代。当時は政治も企業も人もデタラメの世界。これが日本の正体なのかと真剣に憂いた。あれから30年。失われた後遺症の20年を経て、再度「日本が終わった」と思うようになったからだ。令和新時代の日本は気象変動・コロナウイルス・その他の諸問題などで揺れている。この国はどこを向いているのか、いったい誰のための国なのか。政治家や官僚、公務員たちの行動基準は、「国民のためではなく、自分たちのため」としか思えない。保身に終始しないで、「不利益となっても自らを示すといった美学」や「幼稚園で習うような道徳」さえ守っていれば良い社会になるだろう。しかし「社会はそんなに単純ではない」、「それは正論にすぎない」、と言い訳するかっこ悪い大人たちが相変わらず蔓延し、何十年たとうが同じこと。とくに、自らが住む地球さえも壊しかねない言動には、もうお手上げ…。なので、精神衛生上、フランとナッツ、そしてワンコたちのことだけを考えることにしよう。
2020年2月27日 再度、高血圧で献血不可
午前中、献血に再度挑戦。約1ケ月を空けたが、結果は高血圧(120-180)で献血不可…。

フランそっくりの分骨容器を入手。分骨を入れてPC横におき、フランと話しながらPC作業。祭壇には満開のツツジを追加。

2020年3月1日 癒されるとき
最近、癒されるときが3つある。ひとつは近所で飼われているコーギーの数が増えてきて、中にはナッツのことが気になってしょうがない子やフランそっくりの子もいること。ふたつめは、フランしかしない仕草をナッツがするときが多くなり、フランがお家に帰ってきていることを感じることが増えたこと。最後は、このHPが検索に反映されるようになってから、同じ想いを抱いている方々からの便りが届くこと。皆さんの愛犬・愛猫たちへの愛情の深さに癒され、メールを読んでいて涙が止まらなくなることも。このHPを作成して本当に良かった…便りをいただいた方々に感謝。
2020年3月5日 フランの声で目覚め
最近フランの夢を見なかったが、今朝、フランの「ワン !」という声で目覚めた。これはフラン亡き後、2回目の経験。最高! !
2020年3月7日 フランの月命日 亡くなってから半年
月命日。亡くなってから半年経過。明日、慰霊祭に行く予定なので、早朝、焼き芋などをお供えし家でフランの幸せを祈った。私が転院を考えたことで病気を悪化させたこと。口の中が真っ白になるほどの貧血状態。腹水で重たくなったお腹。血便などを思い出すたびに、自責の念が支配してフランの写真さえ見れなくなってしまう。
2020年3月8日 慰霊祭
月に一度の慰霊祭に行ってきた。フランの供養棚にお供えしているフランのおやつを新しいものと入れ替え。コロナウィルスによって参加者限定だったため、落ち着いてお祈りできた。また、途中、公園でフランの写真を膝にのせてブランコしてきた。
2020年3月9日 フランの夢
昨夜、フランの夢を見た。遠くからすごいスピードで走ってきて、私の胸に飛び込んできた。フランの重さも体温も、両手にしっかりと伝わってきた。息づかいも感じた。すぐに目がさめたが、ひとときの幸せ感に包まれた。
2020年3月10日 救われた日
「悲しい、寂しい、苦しい」…これは愛犬を病気で亡くされた方から届いたメールのなかの言葉。もちろん私も同じ想い。悲しくて、寂しくて、苦しくて、どうすればいいのかもわからない…。そして昨日、この方からうれしいメールが届いた。「愛犬Aちゃんとフランちゃんが、一緒に嬉しそうに走りまわっている夢を見た」というもの。メールを読んだ瞬間、目の前が急に明るくなり、苦しみが和らぎ、救われたような気がした。「フラン、お友達ができてよかったね」、Aちゃんに感謝。
2020年3月12日 教訓
上記・愛犬Aちゃんを病気で亡くされた方からの、「あの子が病気と一生懸命戦ったように、私たちも頑張ります」、という言葉に、ハッとした。私も一生懸命に病の苦しみと向き合ったフランに負けないようにしないと…そしてフランを悲しませないようにしないと。フランは空からいつも「とびきりの笑顔」で見守ってくれているのだから。また昨日は東日本大震災から9年目。「震災で亡くなった人たちを忘れろ、というのは無理な話。亡くなった人たちと共に、どう生きていくかが重要」、という被災地の想いを聞いたとき、フランと重ね合わさった。

2020年3月14日 フランの誕生日 
⇒ 亡きフランとアニマルコミュニケーター
フランが生きていれば7歳の誕生日…早すぎる死に心の痛みが止まない。また誕生日当日に、「フランへの感謝の言葉」をアニマルコミュニケーターさんからフランに伝えてもらった。そして、そのときの詳しい様子がメールで届いた。詳細は上記ページを。
フランの誕生日はホワイトデー。大好きだった花々と好物のフルーツを各種お供え。ケーキも作った。

2020年3月17日 アニマルコミュニケーション

「フランは天国で幸せにゆったりと暮らしている」、と分かっていても、自らを責めてしまい、苦しみは残ったまま。どうすればいいのか…。フラン亡き後、心が休まったのは、「フランの夢を見たとき」、「フランが家に帰ってきていると感じるとき」など、形は違ってもフランと触れ合えたとき。そこで私は家にある「アニマルコミュニケーション」のハウツー本をもう一度読んで実践してみることにした。前回は「無理」とあきらめてしまっていたので、今回は毎日少しずつ、ゆっくりと。結果、フランと話ができなくてもそれはそれでいい。フランとの距離が縮み、気がまぎれるから。
2020年3月24日 保護犬 〜奇跡の顛末記〜
◆3月21日・土曜日 AM9:00。ライカムという交差点近くで車道を渡ろうとしている犬を発見。ひかれるのは必至と思い、近くに駐車して見に行くと、そこには首輪をしていないオスのヨークシャテリア。おまけに1週間以上は放浪していた容姿、全身の毛は固着。傍にいるナッツに尻尾を振ってご機嫌さんだったこともあり、保護。家で2度シャンプーをしたが固着はとれず、はさみで9割ほど取り除いた。併せてノミ・ダニ対策のスプレー。ナッツにも施した。そして土曜日は県の動物愛護センターが休みのため、沖縄で一番大きな動物保護団体に連絡。首輪も買いに行った。
フランが亡くなり、命というものに過敏になっているため、安易に見過ごせるような精神状態ではなかった。
◆3月22日・日曜日 AM10:00。一夜を家で過ごした後、朝一番で保護団体運営の付属病院へ。フィラリア検査・便検査・ワクチン注射を行い、有料の預託保護をお願いした。費用は月6000円(体重6キロ料金)+医療実費。ちなみに保健所だとお金は無料だが1週間の猶予期間後は殺処分される。もちろん家での保護も考えたが、去勢なしのためナッツにマウントしたり、室内でマーキング。なので簡単には飼育できない。つまりは苦渋の判断。ワンコは保護団体のレスキュー施設に移動、譲渡会などで里親さんを探してもらうこととなった。かわいいから数ケ月内で見つかる、とはいうものの…。
保健所で収容されている犬の内、保護団体が引き取るのはほんの一部。8-9割は殺処分されているのが現実。
◆3月23日・週明けの月曜日。今日は朝から届け出。保護した沖縄市の環境課に届け出後、県の動物愛護管理センターでワンコの写真と保護内容を登録。数時間後にはweb公開された。最後は警察署で届け出。お昼に帰宅、ぐったりしていると、一本の電話。県の愛護センターのwebを見て、飼い主さん(20代前半の女性)が連絡をしてきた。あまりにも出来すぎた話にパニックとなったが、30分後に飼い主さんを車に乗せてレスキュー施設に急行。間違いなく飼い犬の「空・ソラちゃん」だった。ちなみに手続き上「来夢・ライム」という名をつけていた。話を聞くと、実家の父母が世話。逃亡しても探さなかったらしい。通勤上、離れた町に住んでいるため、たまたま実家に帰った際に逃亡の事実を知り、県のwebで愛犬を見つけた。掲載開始から1時間後のことだった。
「こんな奇跡的な話、本当にあるんだ」、という驚き。フランの写真に向かって、「保護犬ライムを見守ってね」と土曜日から頼んでいたのを、フランがなんとかしてくれたに違いない。こんな偶然、あり得ないのだから…。
保護団体に支払った費用は私の負担とし、謝礼も断った。理由は、ペット可のアパートを探して、父母に預けないでワンコと一緒に暮らす、ということを聞いたから。また迷子札付き首輪を用意することを約束してもらい、そうした費用に充ててもらいたいと思ったから。私が飼うという最終手段に至らず、数日で一件落着したことも理由のひとつ…。年齢は医師の見立てで推定8歳。実際は10歳。ナッツと同じ年齢。


2020年4月1日 アニマルコミュニケーション

ハウツー本を実践しているが、今日から次のステップに移行予定。昨日までは動物たちを呼ぶ練習を続けていたが、先入観もあってか、子熊、馬、カメ、小鹿、キリン、ゴリラ、チンパンジー、犬が現れた。難しいけれど、フランと話したいから、まだ投げ出さずにいる。
2020年4月7日 フランの月命日 亡くなってから7か月
月命日。亡くなってから7か月となる今日、葬儀施設でお祈りしてきた。そして帰りには、小雨の中、フランの写真を膝にのせて公園でブランコ。平安な日々もあれば、突如、心の痛みや苦しみが蘇ってくるという不安定さは相変わらず。ちなみに今日は緊急事態宣言・発令。沖縄では1日のコロナ感染者が12人と、はじめて2ケタになった。
2020年4月12日 犬たちの死後を描いた本・1冊追加  ⇒ 犬の精神世界と死後の行方
犬の死後を描いた本「永遠の贈り物/ローレンマッコール」を追加。関連本があるとつい気になり買ってしまう。

2020年4月13日 ナッツと一緒に生まれてきた兄弟犬
「我が家の愛犬Kちゃんと兄弟犬では…」とのメールが届いた。犬種(コーギー&ポメラニアン)、誕生日、ブリーダーさんが同じ。容姿もナッツとうりふたつで、兄弟犬に間違いなし。さらには副腎腫瘍もほぼ同時期に見つかった。副腎腫瘍の原因はたぶん遺伝的なものだろう。Kちゃんもナッツと同じく経過観察中とのこと。なにからなにまで同じだが、異なるのは、メスのナッツに対して、兄弟犬のKちゃんはオスであること。ところで、「ナッツと一緒に生まれてきたワンちゃんが北陸で暮らしている」、ということを知り、希望と喜び、大きな励みと活力を得た。「フランがナッツのために繋いでくれた」、としか思えない出来事。まさに奇跡の出会い…。
知らせていただいたKちゃんのお母さんに、ひたすら感謝。温かいお言葉の数々、本当にありがとうございました。
左はKちゃん、右はナッツ。どこから見てもそっくり。いつか、Kちゃんに会いに行こうね、ナッツ。

2020年4月15日 ナッツと一緒に生まれてきた兄弟犬/その2

兄弟犬・Kちゃんのお母さんから赤ちゃん時代の写真を追加でいただいた。かわいすぎるので、おもわず掲載。






左はKちゃん、右はナッツ。赤ちゃん時の写真もそっくり。写真を見比べていると心は平穏、顔はほころんでくる。

2020年4月18日 62歳
今年、既に62歳になった。フランが亡くなってから自分の健康面には興味が消失、どうでもよくなった。なので、後頭部に血管のこぶが2ケ所あるが、検査に行く気もなくなった。ただ、高血圧で献血不可になっているが、献血には行きたい。コロナ関連で血液不足となっていたり、献血回数が節目の30回に近づいているため。「60を超えると悪いところの一つや二つ、あってあたりまえ」、自然体で時の流れにまかせるだけ。フランに早く会いたいけれど、ナッツの長生きを見とどけなければ。フラン、だいぶ先になっても待っていてくれるかな…。
2020年4月23日 オンボロ車
毎月1000km以上走っているオンボロの軽自動車が10年・10万キロを超えた。更には海の真ん前に住んでいるために塩害がすごくてサビサビ。通常であれば買い替えの時期ではあるものの、フランとの思い出が詰まっているので、そう簡単には手放せない。壊れて乗れなくなるまであと5年は乗りたいのだけれど…無理かな。「フラン、いつも乗っている乗りなれた車がなくなってしまうと、困ってしまうよね。楽しそうにいつも窓から外を眺めていたしね…」
2020年4月29日 フランの声で目覚め
今朝4時前、フランの「ワン !」という声で目覚めた。前回は3月5日、今回で3度目。フラン、ありがとう。うれしかったよ!


海外移住情報・安田修と愛犬たちの近況報告 <3> 2020.5〜2020.8