2004.10.23(土)
ダンナが社員旅行で泊まりだ、というので、私とナビはひいばぁのお家に泊まりに行くことにした。
おばあちゃんの家は、よこはま動物園ズーラシアまでバスで1本のところなので、
1年ぶりに行くことにした。
去年のナビは、ほとんど動物に興味がなくて、ぜんぜん見ないで「はやく行こ〜!」とばかり言っていた。
あれから1年経って、もう少し、見てみたい動物の一つや二つ、できたかなぁ、と思って。
行く前は、うさぎとねずみが見てみたい、とか、くじゃくが見たい、とか、言っていたのに。
ぜんぜんダメだった。
うさぎとくじゃくを見るために、最初の「アジアの熱帯林」地帯は、ショートカットして飛ばすことにした。
次の「亜寒帯の森」で、まちがえて近道コースの人口小川のある谷に入ってしまった。
小川を見ると、子供は水を触ってみたくなるものだ。
まぁ、少し遊んでいくか、とひいばぁも私も足を止めた。
それが・・・
「靴の替えはないからね。」といったのもつかの間、ビチャっと靴を濡らしてしまった。
あ〜あ。
1回濡れてしまったら、もうやりたい放題。
バスに乗って、電車に3本も乗って家まで帰るのに。
そんな先のことを子供が考えられるはずもない。
最初は、あ〜あ、まったく〜。くらいに軽く思っていたのが、
だんだん、最初に脱がせなかった自分に、後悔しだした。
ナビはそこが楽しくて、その場を離れる気配がない。
でも、せっかく動物園に来たのに〜。と大人は思ってしまう。
「ねぇ〜、行こうよ〜。」と何度言っても、「ちょっとまって〜。」
たぶん1時間はそこで遊んだ。
1時半を過ぎたから、「ご飯食べに行こう。」と、なかば無理やり歩き始めた私に、
「もっと遊びたかった〜。」とぶーぶー文句を言いながらついて来るナビ。
レストランの前に来ても、大騒ぎ。「もっと水で遊ぶ〜!」「バッタをつかまえるの〜!」
もう、ほんと腹が立って、そこに座り込んで、言い合い。大泣き。
うまいことナビの気持ちを操れない自分にも悔しいし、
ビチョビチョの靴には腹が立つし、
動物園に何しに来たのかわかんないし・・・
せっかくの楽しい場所で喧嘩してるのも、はずかしいし・・・
なんとかレストランに入ることを了解させて10分並んで席につくと、
「ほんとはお腹すいてたんだぁ〜。」
だって。おばあちゃんと顔を見合わせて、「やれやれ。」
食事が終わると、もう3時過ぎ。
ズーラシアは、出口の手前に、魅力的なすべり台とかいろいろついた遊具がある。
そこで引っ掛かるのは、目に見えている。
夕方までに帰るには、もう他のところで引っ掛かってる時間はなさそう。
結局、4つの動物ゾーン、全てをショートカットすることになってしまった。
たまたま通りかかって見えたもの以外、何ひとつ動物を見なかった。
もういいや、と、最後の遊具は気が済むまで遊ばせよう、と、
おばあちゃんとベンチに座ってのんびりしていた。
こっちのシーソーを乗り回し、気が済んで、あっちのすべり台に行き、
何十分も遊んで戻ってきたから、「よし、じゃあ帰ろう!」と思ったら、
「またシーソーに行く!」だって。
プチンっ!!
「はぁ?さっき何十回も乗ったでしょ!!」
「お待たせしてる、とかいう気持ちはないわけ!?」
結局最後も、大泣き息子を引きずって帰ることになった。
たっくさんの親子連れの帰る行列に混ざって。
腹は立つしはずかしいし。
もう、ぜんぜんだめだった。
自分もナビも。
想像力が足りなかったのか。
最初から、動物なんて見なくても、楽しければいい、とか、
でもそれだったら、わざわざこんなところまで来ないし。
だんだん、動物園に来たからって動物を見よう、と思う自分がナンセンスなのか、
そもそも動物園なんてナンセンスなのか、
わけわかんなくなってきた。
生理痛と喘息の薬で、頭がぼ〜っとしているのもあった。
おばあちゃんに申し訳なかった。
楽しいお出かけになるはずだったのに。
2004.10.16(土)
折込の「タウンニュース」とかいう情報誌に、
サーティーワンのアイス、6個パックを買うと、「もう6個プレゼント!」というクーポン件がついていた。
今日はパパは仕事で私たちはな〜んも予定がなかったので、アイスを買いに行ってきた。
そのサーティーワンは、イトーヨーカ堂の中に入っていたので、ナビはまずおもちゃ売り場に。
おもちゃ売り場の向かい側に、スタジオアリスという、写真スタジオがあり、
そこにナビのクラスメイト、みなみちゃん一家がいた。
4歳で七五三の歳ではない。聞くと、「オーロラ姫」になって写真を撮るとの事。
着替え室から出てきたみなみちゃんを見ると、ナビは、腕組みしかめっ面になった。
どうやら照れているらしい。
ふわふわのドレスに、つけ髪をつけて、ネックレスに冠、口紅までしてもらって。かっわい〜。
ナビは、おもちゃよりも気になるようなので、スタジオに入れてもらい、撮影を見学。
4歳にもなると、自分の意思でお姫様になりに来たわけだから、
スタジオの人の指示通りにポーズを決めてじっとしている。
家に帰ってから、「みなみちゃん、かわいかったねぇ〜。」と言ったら、
「目がハートになっちゃうくらいだったよ。」だって。
そんなナビも、かわいいぞ。。
2004.10.13(水)
昨日の朝、家の中に羽蟻がいる、とナビが言った。
窓を見てみたら、隅のほうにざっと百匹以上の羽蟻がウジャっといた。
それも外側でなく、内側に。。
キンチョールと掃除機で、やっつけさせていただいた。
そして実家のプレハブ工房に行くと、なんだかまた羽蟻がいた。
天井にポツポツと。20匹くらいかなぁ。
台風のせいかなぁ。あっちでもこっちでも。
そして今朝も、また羽蟻がいる、とナビが言った。
すると、天井の蛍光灯カバーに、3〜40匹かな、とまっていた。
いや〜。なんなのぉ〜。
ちなみに、夏の初めに出現していたゴキブリは、
ホウ酸ダンゴとバルサンで、すっかり出なくなりました。
虫屋敷ではないので、あしからず。
2004.10.10(日)
台風は、ほんとにすごかったですねぇ。
うちの前の道も、川のように溜まった水が強風で激しく波立っていた。
窓に張り付いて外を見ながら、風で何か看板なんかが飛ばされてきたら、
間違えなくガラスが割れるよね〜、とか、
お風呂沸かしておいて、みんなで外に出てぐちょぐちょになってみようか〜、とか、
なんだか興奮しながら旦那と話しなが、ただ外を見ていた。
雨が止んでも、しばらくの間、消防車の(ウ〜〜)というサイレンが遠くから聞こえていた。
台風一過の青空!!
それが嵐の後のお決まりじゃないの!?
今日は目が覚めてがっかりした。
洗濯に掃除に、扇風機を分解して洗って・・・と張り切って寝たのに。
や〜めた。だらだら〜。
午後から「横浜こども科学館」に遊びに行くことにした。
昨年の雨のお盆休みに行った以来、2度目。
車で出発すると、家から3〜400m先の坂の上で、道が閉鎖され、迂回を指示された。
迂回して振り返って見たら、土砂崩れで、道がふさがっていた。
うわぁ〜、こんな近くで!!
でも、新聞に出ていた「鎌倉市台で民家の裏山が崩れ男性が死亡」という記事の、「台」ではないので、
誰も犠牲にはなっていないんだ、と、ホッとする。
こども科学館は、おもしろいこといっぱい。
ナビにはちょっと難しいことの方が多いから、
昨年と同様、大きなロボットの形をしたすべり台を登って滑って、が一番のヒット。
「知恵の輪」とか、頭脳系おもちゃで自由に遊べるコーナーでは、
父、母、おじいちゃんが、真剣に遊んでいる姿が、とっても微笑ましい。
またやっぱり、雨の連休に行ってしまった。
普段はすいてるだろうけど。
年々ナビにできることが少しずつ増えるのは、嬉しいね。
夜は、旦那の実家に行き、
お父さん、お姉さん、もう1人のお姉さんと旦那さんと
賑やかに近くの焼肉屋の食べ放題。。
おっいすぃ〜〜〜
毎回思うけど、焼肉屋だと、胃袋の容量がいつもの倍くらいになる気がする。
あ〜、しわわせ〜。また太る〜。
2004.10.9(土)
めちゃめちゃ鼻が詰まっております。
鼓膜もどうにかなってしまっている。
今週は耳鼻科に行く時間を惜しんで、展示会の準備をしておりました。
台風上陸の今日は、搬入の日。
今回の「ギャラリー遊」さん、というのは、
4月の港南台BIRDSのグループ展の時に見に来てくださった「岩竹さん」とおっしゃるマダムから、
「うちでお休みの時だけギャラリーとして使っているスペースがあるから、
今度展示してみませんか。」というお誘いを頂いた。
頂いた住所のところは、大船駅からバスで15分、どんなところだろう?と思っていたのだが、
下見に行ったりもしないうちに、当日がきてしまった。
台風が夕方来る、ということなので、搬入だけして帰って来ることにした。
そこは、まさに「閑静な住宅地」といった立地で、商店などは周りにない。
普通の素敵なおうちの、素敵なリビングルームだった。
招待された方しか入らないスペースだった。
マダムは、たった1度BIRDSでお会いしただけだったので、どんな方か、ぜんぜん知らなかった。
お友達が見に来る、ということなのだけど、どのくらいお友達がいて、
どのくらい、その方たちが足を運んでくださるのか?
未知数な仕事だなぁ。
雨の中、午前中に早速一人目のお客さんがいらした。
並べてさっさと帰らずに、お客さまと岩竹さんの会話を聞いていたことで、
岩竹さんを好きになった。
私が、いい方だなぁ、って思えたことで、
岩竹さんを慕って、彼女が見つけた作家さんの作品を見に来るのもいいなぁ、
と思って来てくれる方が、きっといるんだなぁ、と安心した。
どんな作品展になるか想像がつかなかったから、5日間朝から夜まで家を空ける覚悟をして、
旦那とナビだけで連休を過ごしてもらうことになっていたのだけど、
どうやら行かなくてよさそう。
なんだか時間があいて嬉しい。
そして、搬入を終えると、ホッとするね。
そうだ、今日は3時に起きたんだった。
ナビとお昼寝するかなぁ。
夕方6時から、新しく始まる「ガンダムSEED DESTINY」が、楽しみ。。
2004.10.7(木)
今日、ナビとお風呂に入るときに、
「ママのおっぱい、いつもと違う・・・。」とナビが言うので、
(は?)と思ったけれど、
「そうだよ。今日のママはいつもと違うのさ。
今日のママは、ニセモノなのさ。
本物のママは、押入れに隠してある。あっはっはっは!!」
と、軽く冗談を言ったつもりが、
ナビの顔がこわばり、大泣きしてしまった。
私はハッとして、「冗談だよぉ〜。本物のママだよぉ〜。」
と、おろおろして、裸のナビの背中をよしよししながら、
本物だっていう証拠をどうやったら見せられるか、頭を回転させてしまった。
ぜんぜん、いつもと同じペースの会話のつもりだったのに、
ナビの頭の中に、一瞬にして、押入れに閉じ込められた本物のママの図が浮かんで、
世にも恐ろしいことに思えたんだよね。
あ〜、ごめん。
こうして意図せずにして、ナビの中にひとつのトラウマを作ってしまった。
あ〜、もう大人のようなことばかり言うナビだから、忘れてしまうのよね。
ナビが、ピュアでかわいい4歳児だってことを。
昨日なんて、一緒にTVアニメの「SDガンダムフォース」を見ていて、初めて見るキャラクターを見て、
「あっ、プロフェッサー・ガーベラだ!」と、私の聞いたことのない固有名詞を口にしたから、
驚いて、「なんで知ってるの?!」と聞くと、
パパが2〜3日前に買ってきていた、「月刊ガンダムエース・11月号」をペラペラめくって、
「ほら!」と指差した。
確かに小さい字で「プロフェッサー・ガーベラ」と書いてあった。
チェック済みかよ。
ちょっときついジョークだったなぁ。反省。
2004.10.1(金)
多摩美の同級生で、そのまま大学院に2年通い、アメリカの Rhode Island School of
Design (RISD)
という大学の大学院で3年学んできた ユン・ボヒョン が、多摩美でスライドレクチャーをする、
というので、今日はナビと多摩美に行ってきた。
「おかえり。RISDはどうだった?」なんて聞くより、このスライドショーを見るほうが、
何倍もユンの3年間をイメージできて楽しそうだ、と思ったからだ。
「レクチャー棟」という建物が新しくできていて、想像より厳かで、学生もいっぱい見にきていて、
偉い教授もいて、「ユン・ボヒョン氏」は、「特別講師」だった。
ナビは、保育園に行くには、朝が早かったから、連れて行くことになった。
「静かにしててね。」と約束したものの、本当に静かにしていられるか、ドキドキした。
「飲食禁止」の講義室だったけど、1時間以上何も食べずに静かにしているのは難しいので、
チョコとメロンパンを食べさせてしまった。
なんとか、だいたい静かにできた。
ユンは、韓国語と日本語だけでもすごいのに、今度は英語で3年間過ごしてきたんだ。
RISDのカリキュラムは、ただでさえハードだという話なのに、それと平行して英語の習得にも
励んでいたんだと思うと、ちょっと気が遠くなる。
作品の写真やビデオは、もちろんすごくおもしろかった。
工芸科の主任・中村錦平教授も、ガラスコースの主任・伊藤まこと教授も、
ユンの作品にも姿勢にも方向性にも、大絶賛だった。
レクチャーの後、ユンと教授と助手と、一緒に行った朝子と食事に行ったのだけど、
その食事は、なんだかへこんだ。
伊藤先生は、私の作品や考え方に共感してくれたことは、あまりないし、
私も先生の作品や考え方にあまり共感していなかったため、
主任である伊藤先生には、あまりいい評価をされていなかったと思う。
でも、私が新島でディル・チフーリと知り合い、ディルのスタジオの研修に招かれ、
卒業後に自分のスタジオに来ないか、と誘われた、ということを報告してから、
自分の自慢の生徒のように、来客者に紹介したりした。
「多摩美の生徒がディルのスタジオで働くのは初めてだ!」と。
だから、私が妊娠して、アメリカ行きがなくなったことには、
彼は大いにがっかりし、私の妊娠を、馬鹿な過ちとして、私に対して失望したのだと思う。
彼は挨拶以外、私には話し掛けない。
ナビが近くではしゃいでいても、絶対に話題になどしない。
大学の講義にガキなんか連れてきて、と訝っているのかもしれない。
確かに今の私は、生活のためにアクセサリーを作っている。
そもそも「生活のため」という考え方を彼は、すごく軽蔑していることは知っている。
学生の頃に探求していた、それぞれのアート性を、卒業後に発展させていかないことに対して、
しょっちゅう批判する。
だから、4年になっても、就職を斡旋するどころか、就職することが、なんだかタブーなように感じさせるほどだ。
その空気に乗ってしまい、就職のことは全く真剣に考えずに卒業してしまった私は、
今になって、いろんな後悔をしていることは、否めない。
アートを追求するなんて、最初のうちはぜんぜんお金にならないのは事実じゃないか。
ユンだって、2カ国での留学生活、2つの大学院に通うなんて、親はどれだけの先行投資をしているのか、
親にお金と忍耐力がないと、無理だ。
「生活のため」以外に何があるというのだ。
みんな、大学を出たところで「自立」しなければいけないことに気付き、
生活のために、自分のできる仕事に就いて、
やりたいことの資本金を自力でコツコツ捻出している最中なだけなのに。
全精力と全ての時間を注ぎ込んだ卒業制作に勝る物を、
卒業生がなかなか作ってくれない、と嘆く。
妊娠という大きなハプニングがあったにしても、必ずまた復活する、と誓っている私だけど、
実際、アートの探求に怠惰になっているのは、 私の努力不足だ、という後ろめたさもある。
私がのらりくらり「家事と育児に追われて」なんて甘ったれてる間に、
ユンはどれほど莫大な知識を得て、どれほど膨大な作品を作って、
どれだけの人とコミュニケーションを取ったのだろう。
5年前は対等にお互い尊敬しあっていた仲間に、久しぶりに会い、
たくさん語り合いたかったのだけど、
なんだか計り知れない距離を感じて、背伸びせずにはいられなかった。
ユンに見せるために持っていったカタログと、新作のアクセサリーたちを、
とうとう見せられずに帰ってきてしまった。
涙が出る。
帰りの電車で、卒業制作の後にやりたかった大掛かりなインスタレーションを
思い出し、また考えてみた。
だからといって、明日からアートに目覚めるわけにもいかない。
現実に、旦那の収入だけでは、生活ができないのだから。
私は今は、多くの人が気軽に手にしてくれるアクセサリーを、
心を込めてたくさん作ることに決めたんだ。
もう寝よう。