ことばの遊園地〜詩、MIDI、言葉遊び
Top page  詩の1 詩の2 詩の3 句帳 音楽照葉樹林 アンダン亭から だじゃる丸 いいぞ、ハイドン 映画『道』のこと
リンク集 掲示板

アンダン亭から アンダン亭トップ アンダン亭・過去の記録

6月29日(水) 続・Web 0.02

昨日(28日)の続き  ほかにも幾つか「妙な感じ」はあるものの、これからも当該サイトへのリンクは貼り続けるつもりである  かのお騒がせ堀江氏の言でいちばん印象に残ったのは、お金で買えないモノ発言ではなく、「リンクはネットの命」という発言だ  全くその通りで、比喩ではなく「リンクを辿ったことで救われた命」は、実際にあると思う  それくらい、リンクは大事だ


だが一方で、頑なにリンクを拒む傾向もネット界に出てきている  SNSというコミュニティ・システムである  めくるめくSNS世界へ入るためには、既にそこに入ってる人から招待される必要があるものと、誰でも簡単に入れるものとがあるらしい  前者の場合、初期のメンバーは誰に招待されたのかという疑問が残り、後者の場合「意味ないじゃん」という感慨を抱く


完全な招待制をとるSNSは、「Web2.0」どころか、200年前の鎖国制度すら連想させる  江戸時代の鎖国の方がむしろ健全だったろう  「出るな」「入るな」の両面が一応機能していたからだ  SNSは「部外者は入るな」といいつつ、一方でメンバーはネットを自由に行き来する  SNSが求められる背景はわかるが、健全なあり方とは言えないのではないだろうか

6月28日(水) Web 0.02

ここ数ヶ月、相互リンク依頼のメールをたびたび受けた  以前は殆どなかった^^;  ありがたいありがたいと喜んで応じていたが、2件目、3件目あたりからどうも妙な気がしてきた  いずれも「趣味」を前面に出したサイトで、その限りではおかしな所はないのだが、ページの作りがどれも何となく似ている  何よりも、共通して「掲示板」が存在しない


当サイトも始めは「掲示板」はなかったが、明らかにサイト建設中という未熟・未完成の感じが、サイト全体を覆っていたはずだ(今でもか^^;  しかし上記のサイトはどれも形式が既に完成していて、今後も「掲示板」を設置する気はない感じを受ける  それはそれでひとつの見識かも知れない  しかし、そこの「リンク集」が多方面で精緻を極めている共通項は一体何なのか


リンク集を充実させることがアクセスアップにつながるのはだいたいわかるが、あそこまで充実させておきながら自らのサイトにアクセスカウンターが存在しないのも不思議である  個人サイトでありながら、上記のどこのサイトにもアクセスカウンターがない  なくても不自然ではないけど…  「ちょっと情けないかも知れない」我がアクセス数、近頃は快感でさえある(^○^)

6月26日(月) モーツアルト2

モーツアルト2006 in Japan  …といっても、生誕250年イベントのお先棒を担ごうというわけではない  モーツアルトが今の人なら、きっとこんなだったろうというお話だ
モーツアルト  別名、歌舞伎町の王子さま  飲み屋に入れば女の子が何人も寄ってくる  テーブルに置いた五線紙に時々ペンを走らせては、「ママ〜、薬飲みたいから水割り頂戴っ」


コマ劇前では、若者が好き勝手にバンド演奏だ  ドイツもこいつもシュートを…じゃなくて音をはずしてばかり  中でもいちばん弱そうなFWバンド「いい子Japan」に、モーツアルトは目をつけた  「ボクにやらせろ、ちょっと貸せ」  ギター抱えて歌い出したのはラップである  「♪こんな夜更けに何やってるの、ママがおうちでお待ちかね、おまいらとっとと帰りゃんせ♪」


ビルの一室のベッドに、モーツアルトは横たわってる  甲斐甲斐しく病人の世話をするのは、妻のコンスタンツェだ  「ボク、ダメみたいだね」「そうね」  コンスタンツェの頭の中は、早くも第2の人生設計で一杯だ  だってまだ28だもん、女盛りはこれからよ  「ねえ、コンスタンツェ  ボク、やり残したことがあるんだよ」「なあに」「プリクラさ  1度お前と写りたかったなあ」

6月23日(金) ベートーベン2

「少しはベートーベンのミミにもなってみろ」と、彼の耳疾が乗り移ったかの如き1週間だった
楽聖ベートーベンを暴れん坊と書いた翌日から、急に耳が痛くなった^^;  原因がよくわからぬ上に痛みはいや増すばかり  月曜から3日続けて近くの病院に通ったが「何だか治りが遅過ぎる」と不気味なことを言われ、紹介状を持って専門病院へ回される事態となった


結局、長く「お抱え病やまい」になってる外耳炎がややひどくなった程度らしく、一息ついている
私の耳は、高校生の頃に下手な医者に掻き回されて以来、ずっと「戦場」であった  いわゆる「医原性」疾患である  当時、何ヶ月通っても治らないその医者に通い続けたのは、綺麗で可愛い看護婦さんがいたからだった  高校生のいちばん弱いとこである(爆)


前回は書き落としたが、ベートーベンが最も暴れん坊ぶりを発揮しているのは、後期の弦楽四重奏曲群ではないだろうか  そう何度も聴いたわけではないが、何度聴いてもわからない(爆)  音楽の作り方が全く自在で、これほど型にはまらない作品はほかにないだろう  何かで読んだのだが、水墨画に近似している面があるみたいだ

6月16日(金) ベートーベン

暴れん坊ベートーベン  音楽作法の常識やマナーをものともせずに、ベートーベンはひた走る  交響曲第7番第2楽章は驚くべき旋律で始まる  以前私が読んだ、音大生向け旋律学の本には、「同音を続けるのは3つが限度で、それ以上は退屈になる」と書いてあった  しかしこの楽章の主要旋律は、何と12個の連続同音から成り、最後は変容して連続16個にもなる


太鼓の4連打で始まるバイオリン協奏曲、緩徐楽章で始まる「月光ソナタ」、ピアノのフライングで始まるピアノ協奏曲第4番、声楽付き交響曲第9番、どれもこれも当時の音楽批評家たちの神経を逆なでするものだったに違いない  第九初演時の一般聴衆の喝采はよく知られているが、批評家たちの中には、今聴いた音楽で何が起こったか、よくわからない者もいたはずだ


若い頃のベートーベンは、自分の作る音楽に何かが足りないという自覚があった  25歳を過ぎてなお、対位法を学び直すために個人授業を受けている  既に即興ピアニストとして不動の名声を得ていた時期だ  1度社会に出たけど、スキル・アップのため駅前留学^^;する今の若者と同じである  この悪戦苦闘が、後に12個の連続同音として結実することになるのだ

6月15日(木) モーツアルト

おしゃべりモーツアルト  喋るように音楽を書いたとされるモーツアルトにとって、協奏曲は最も愉快に作曲できたジャンルだろう  実際、モーツアルトの作品群中、協奏曲はひときわ優れている  オーケストラとソロ楽器とのやりとりが、おしゃべり体質によく合っているのだ  ああ言えばこう言う、掛け合い漫才みたいなものだ  しかも編成が簡素で、聴きやすい


「夜明けのモーツアルト」という言葉があるように、モーツアルトは朝聴くのがいちばんいい  ピアノ協奏曲なら尚更いい  27番なんか、天上で静かに鳴り響く夜明けの空気のささやきだ  ピアノ協奏曲としては最後となった27番  本当にこれが、お金のやりくりで悩み続けたモーツアルトの作品かと思うほど、穏やかで澄みきっている  それを目覚まし代わりに聴くのだ


眠っても取れない疲労感は、軽やかなピアノ・ソロとともに半減、その日の午前11時ぐらいまでは、世の中への適合感を保てる  お金がらみの情報やあの人がこの人がといった噂話に、身も心もベトベトになるお昼どき  携帯プレーヤーに仕込んでおいたクラリネット協奏曲を聴けば、ひれかつ定食でいくつもりが、素うどんで十分という気になる  モーツアルトはいい

6月13日(火) 居並ぶ人々

サッカーW杯中継が始まった  W杯よりもその中継自体に注目したい  なぜなら、それはゲストの季節が到来したことを意味するからである  7月にはプロ野球オールスター戦も開催されるが、ゲストのために開催されていることは、一般によく知られている  今年は、オールスター戦を待たずに、既にゲストとして試合に出ている新庄選手のような変種も出現した


シーズン開始間もなくに今年度限りでの引退を表明し、そしてなお且つそれなりの活躍をしているのだから前代未聞だ  何と言っても、ゲストの時代なのだ  風向きを掴むのに敏感な新庄は、その辺りを見越して、生涯一ゲストとして可能な限りのベースボール表現(野球表現ではない)を果たそうと目論んでいるに違いない  新庄は既にゲスト・プレーヤーである


「徹子の部屋」を嚆矢とする対面トーク番組では、ゲストは不可欠だ  黒柳徹子のことだから、ゲストなんかいなくてもひとりで延々と喋り続けるとは思うが…  TV局は、あらゆるジャンルの番組を、ゲストがいなければ成り立たないように育て上げてきた  スポーツ中継にゲストがいなかったら…  ネズミやゴキブリが突然町から消えたみたいで、かえって不気味だ

6月10日(月) 食パンカップなのだ

食パンにバターやジャムなどの類いを塗るとしよう  持ち手が右か左かは問わないが、多くの人は食パンの山(だった部分)を向こう側にして、塗り始めるのではないか  塗り具合や手の大きさによっては、食パンを少し傾けたり手前に回したりはするが、おおむね元・山を向こう側にして塗り始める  元・底を向こう側にして塗り始めることを怖れてでもいるように…


また、食パンをかたまりから6枚なり8枚なりに切るとき、山部分から下へ向かって切るしか方法がないのだろうか  水平に切るパン職人さんは世界中探してもいないのだろうか  世界中だから、1人や2人はいそうな気もする  いてもたいして意味はないが…  斜め切りはどうか  無理の多い切り方には違いない  こう見ると、食パンとはなんと単純な食べ物であることか


同じ白仲間の豆腐や大根にだって切り方は数多いではないか  もしかしたら私が知らないだけかも知れない  「パンはいかがいたしますか」「あ、水平切りで」銀座あたりの超高級フランス料理店では、普通に交わされる問答かも知れない  超高級だから殆ど誰も知らないわけだ
「パンはいかがいたしますか」「さざ波切りで」パン職人の腕の見せ所である

6月5日(月) ワールドカップなのだ

今でも、サッカーのW杯という活字を目にすると「ダブルはい」と読んでしまう^^;  この場合、問題は「W」を「ダブル」と読む古さであろう  アルファベットの「W」は、現在は「ダブリュー」と読む訓練を受けるが、昔はそんな読み方をする人は稀れで、ほぼ「ダブル」であった  V2つで double'u' と読む語源からすれば、見当外れの間違いというわけでもない


しかし中には、W杯を「ダブルカップ」と読む人もいないわけではない  たまたまデパートのエレベーター嬢の傍に立った男が、連れの男にこう言ったのだ  「ダブルカップ、すげぇ盛り上がってるぜ」  狭いエレベーターであった  エレベーター嬢はもちろん、居合わせた女性は皆逃げ場を失ったという話である  私はこれを聞いて、ダブルカップなるものを想像してみた


巨大だ  何といってもダブルカップである  第一、聞いたことがない  AやB、さらにはFやGは目にするが、KもQも越えたWカップだ  ダブダブではないか  着用した姿を想像したいが、人知の限界を越えている  ところが、酪農家は普段からダブルカップと言ってるそうだ  WカップのWとは、COW のWであり、カップとは搾乳カップのことである(ホントか?!)

6月3日(土) かけ合い天気漫談

天気予報が当たらないとされているのは、よく知られた事実である  一方、天気予報がわからないで私が苦しんでいるのは、全然知られていないが、これもまた事実である  天気予報がわからないと言っても、その中身は人によっていろいろ違いがあると思う  例えば「言ってる用語がわからない」人もいるだろうし、「天気図記号がわからない」人もいるはずだ


私の場合は、「聞いてるうちにわからなくなる」のである  気象予報士なる専門家が喋るそばから、ニュースキャスターがぺちゃくちゃ合いの手を入れるものだから、焦点が定まらず聞き疲れてしまい、明日の天気を把握しようという意欲をなくすのである  「明日は朝から雨でしょう」と言えば、すかさず「もう渋谷あたりではパラパラと降ってるみたいですね」


NHKに限らず民放もひどい事態に陥っている  でもTVはまだいい  天気図やマークで勝手に判断できるから…  ラジオの予報はもはや井戸端会議同然だ  キャスターやDJの先導で話題があっちへ飛びこっちへ飛び、予報士さえも迷惑そうな口調になることがある  端正な予報を心から必要とし、待っている人が存在することを、TVもラジオも忘れているのではないか

5月30日(火) 社保庁事件と顔問題

年金違法免除事件が、わからない  問題の根源は制度にあるのだが、それはひとまず置いておく  私がわからないのは、「被害者はどんな顔をすればいいのか」という点である  払いたくても払えない人の多くは、既に免除申請しているだろうから、今回申請したことにされちゃった人は、初めから払う気のない人が結構多いはずだ  ここに、「顔問題」の深刻さがある


玄関のチャイムが鳴ったので出てみると、役所の人が済まなそうに立っている  「この度はご迷惑を云々」と、不始末の口上を並べるわけだが、その時、当の保険料未納者は、どう反応したらいいのか  「許せません!」と詰問するだろうか  それはあんまりだろう  なにしろ、払っていないのだ  払ってる人よりは明らかに分が悪い  未納者はどんな顔をしたらいいのか


もう少し柔らかい口調で、「2度とこんなことがないようにして下さいよ」などと言うのだろうか  それもあり得ない  万が一にも「わかりました、肝に銘じます」と言って役所の人が帰るような事態が生じたら、状況が尚更ねじれてしまう  いったいその役所の人は何をしに来たのだ  相手が今後も払う気のないことを承認しに来ただけになってしまうではないか

5月29日(月)これを書かずに死ねない4

十二泊すべてで民家に泊めてもらったと書いたが、一泊だけ記憶違いがあった  最後の夜である  1台のトラックで福島・栃木・埼玉を過ぎ、東京に入ったのは深夜11時前後  3県を1台で通過できた幸運の後に、当時は決して賑やかではなかった東京・千住近辺で降りることになってしまった  その夜、電話ボックスの中で丸くなって休んでたのは私ですm(_ _)m


これで旅の運も使い果たしたかと思われたその翌日、自宅からそう遠くない、しかし顔見知りでもない靴専門店の車が通りかかり、私を乗せてくれたのだ  いくら通りかかっても、「何だろう、あの少年は… 気になるな… 話だけでも聞いてみるか」という気持ちが運転手に湧いてこなければ、通り過ぎていく  止まってくれるだけでも本当にありがたいことなのだ


思えば、最初の日の最初の車から、いい運転手に巡り会い続けた  最初に乗ったのは、町工場へ出勤途中の経営者の車であった  工場の近くまでなら、という当然の条件付きで乗せてもらった  ところがその工場のある近辺を過ぎても、次の町、次の橋を過ぎても、止まらない  結局「ここを真っ直ぐ歩いていけば、岩手へ着くよ」という地点まで連れていってくれたのだった

5月28日(日)これを書かずに死ねない3

真夏である  「傷むといけないから梅干しか入れてないけど」と言って、その日の昼食用におにぎりを持たせてくれるお宅もあった  その家を出た後、日盛りの中を延々と歩く1日が待っているのだ  私が歩き続けたのは、往きも帰りもおもに国道4号線である  運が良ければ、そこを通るトラックや乗用車に乗せてもらうこともあるわけだが…


その夏、東北は燃えていた  目的地である岩手県を折り返した旅の後半から、町々のざわつきが、往きとは違う感じがした  それは、青森の三沢高校が太田幸司投手の力投のもと、甲子園で快進撃を続けているためとわかった  宮城でも福島でも、たまたま入った食堂の雰囲気などがざわざわしていた(それは後から形造られた合成記憶かも知れないが)


何台ものトラックや乗用車が過ぎていく  今度ダメだったらもういいから、歩こう  ヤケを起こしながら手を挙げて合図を送る  あぁ、びゅんびゅん過ぎていく…  と、トラックの後ろを走っていたオートバイが、速度を落として寄ってきた  後ろを指して「乗れ」と…  こうして、親切なあんちゃんオートバイの尻にまたがったこともある  映画「ローマの休日」男版であったよ

5月25日(木)これを書かずに死ねない2

夜7時か8時の団欒どき、玄関でチャイムが鳴った  出てみると、薄汚れた身なりの暗い顔をした少年が立っているではないか  困惑し怪しみ追い払うのが妥当であろう  仮に、今玄関のチャイムが鳴ったら、私は、あなたは、その少年を迎え入れるだろうか  十二泊すべての夜、私は温かい普通の家に迎え入れられたのである  これを奇跡と呼ばずにいられようか


ヒッチハイクをするからには、野宿野糞(失礼^^;はある程度覚悟の上であった  しかし薄汚れた身なりの暗い顔をした少年は、一生かかっても返せない多くの親切を頂いて帰ることができた  帰宅後、それぞれのお宅に礼状を出したが、無論そんなことでは収まり切らない大恩を、私はずっと感じてきた  ホントに、単なる奇跡、幸運、偶然だったのだろうか


夜9時を回っていた  今夜こそ野宿だなと、人気(ひとけ)のない境内でしゃがみ込んでいたら、5、6人の若者が現れてそのまま何処かへ消えた  1時間ほど経って再び彼らが現れた時、暗闇の中にまだ私が居るのに気づいたひとりが、声をかけてくれたのだ
今では何処の町かも思い出せないが、あの人たちの大恩に報いる生き方を、私はしてきたか

5月24日(水)これを書かずに死ねない

いつかまとめて書きたいと思いながら、かなりの長文になりそうで機会を見つけられないままに過ぎていたこと  今日はその一端だけでも書いておきたい
若い旅行者を偶然に世話した友人のことを書いた、今朝の朝日新聞投書欄の一文に、私は昔の自分を思い出し、あわや落涙であった  高校生の頃、私も旅先で多くの親切を体験した


当時ヒッチハイクがブームだったとはいえ、ホントにやった人は多分少ないだろう  無鉄砲な私は、十二泊ほどのヒッチハイクにひとりで出たのであった  その時に親切にしてくれた何人もの運転手さんがいるから、今でも「私、運転手の味方です」  そして、見ず知らずの私を泊めてくれた何軒ものお宅  今も「よく泊めて下さったものだ…」と、思い出すたびに胸が熱くなる


どう迷い込んだか、とある新興住宅地ですっかり暗くなった時のことだ  そういう地域はガードが固く、知らない人を泊めるなんて殆どあり得ないことだ  当然、断られ続けた  ところがある家で、困惑する奥さんの後方から、ご主人らしき人の「泊めてあげなさい」という声が聞こえてきたのだ  今思えば三十代そこそこの夫婦、ごく普通のサラリーマン家庭であった…

5月21日(日) 博士に聞きたい数式

九九表を眺めていて、いくつかおもしろいことに気がついた
・各位の数字の和…九の段→9、18=9、27=9、…81=9のように、9になる
            五の段と二の段→1〜9まで揃う(出てくる順序には規則がある)
            三の段→3、6、9を繰り返す


各段の総和の各位の和…すべて9
 (各段の総和…九の段405、八の段360、七の段315、…三の段135、二の段90、…)
・8×1=8の8と、9×2=18の18を足すと、26  9×3=27の27へつながる
 7×1=7の7と、8×2=16の16を足すと、23  8×3=24の24へつながる


・八の段…各位の数字の和が、8、7、6、5、4、12、11、10、9となる  12→1+2=3、11→1+1=2、10→1+0=1とすれば、1〜9まで揃う  また、そこまで無理しなくても、4〜12が揃っている  似たことは、四・六・七の段にも生じる(六の段は6、3、9の繰り返し)
なぜそうなるかよりも、そうなってることを楽しもう(^0^)←説明できないときは人生訓として活かす

5月18日(木) 幼児ぶつかり記

大混雑するターミナル駅の階段を降りていたときのことだ  私の前の母子連れの歩みが周りに比べてかなり遅い  見れば母親は、左手で幼児の手を引きながら、右手のケータイに夢中だ  降りていく方を見ずに、垂直に立てたケータイを睨んでいる  私は、幼児の脇を通って追い抜こうとしたが上手くいかず、幼児のズックを後ろから踏んづけてしまった  階段である


幸い幼児も私も事無きを得たが、「あぶないじゃないか」と母親に言うと、母親が幼児に向かって「ダメじゃないのぉ」と叱りつけたから驚いた  「ダメなのはあんただろう」とひとこと言いたかったが、上方から押し寄せる人波には勝てない  単なる捨てぜりふになりそうで、言うのは諦めた  その数分後、私は駅デパのエレベータの前にいた  数基ある台は、どれも長蛇の列


早く上階の蕎麦屋に行きたい一心で^^; 動き回ったのが災いした  ある1台が満員となり後ずさりしたら、後ろにいた幼児と激突してしまった  階段児とは別幼児で、お婆さんに手を引かれていた  ぶつかった時、その子は「あぁれ〜?」と言った(笑)  私の不注意が原因だ  「ごめんな、痛かったろ?」と謝り、お婆さんにも謝った  日に2回幼児にぶつかる珍道中

5月16日(火) 重い教科書問題

新聞やTVなどで教科書論議をする人の多くは、現場で何が起きているかを知らないのではないか  教科書会社間の競争が激しくなり、大判多色刷りに加えて必要以上に立派な紙質  子どもが持つにはあまりにも重い  多い日には1日5、6冊とノート、副教材も入れたカバンの重さは、スーパーで大根じゃがいも玉ねぎキャベツ味噌醤油牛乳を買った時の比ではない^^;


私自身、厚く重い教科書を解体し、その日の分だけ持っていった経験がある  でもそれは高校生の頃の話  ところが現在は、中学生小学生にまで重い教科書問題が広がっているのだ  登下校時の行動の自由も制約され危険である  教科書を学校に置いて帰ることを、条件付で黙認している学校もある  これでは教科書で学んだ内容に愛着を持てないのも仕方がない


愛着のないものには郷愁も湧かない  前回(13日)、社会よりも国語を問題にしてほしいと書いたが、その理由は「郷愁」である  「ひらがな」から始まり文章の一字一句を何度もおさらいする国語  時間をかけて教えれば、「国を愛する心」など、言わずとも国語を通して身に備わっていく  誰でも、心をこめて学んだ「国の言葉」を、ないがしろにはできないはずだから

5月13日(土) 教育論議の歪み

教育基本法改正論議のヘンなとこ  戦後教育が基本法に沿ってちゃんと為されてきたかのような立場でモノ言う人が多い  基本法など殆ど関係なくやってきたのではないのか  例えば、第1条にある「個人の価値をたっとび」「勤労と責任を重んじ」が、どれほどないがしろにされてきたか、あるいはやり方を間違えてきたかは、現状を見ればわかる


教科書問題でも似たことがある  検定のたびに「文言の一字一句」が問題になるが、それほどのモノなのかよ、教科書は…  文言を問題視する人たちのどれだけの人が、教科書で熱心に勉強したというのだ(爆)  私の考えでは、教科書でいちばん問題なのは、普通の本屋で手に入らないことなのだよ  ってゆうかァ、社会よりも国語を問題にしてほしいって感じィ


教科書は絶対ではないし、教育は万能ではない  小学校中学校で行われる基礎教育というものは、実に「いい加減」な面の多いアバウトな作業なのだ  やってることがホントに効果があるのかすら、まるでわからない仕事である  そのことをまず認め合わないといけない  全然ダメだったってことはよくある(泣)  建前なんかもうたくさんだ


Top page  詩の1 詩の2 詩の3 句帳 音楽照葉樹林 アンダン亭から だじゃる丸 いいぞ、ハイドン 映画『道』のこと
リンク集 掲示板