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rain tree vol.2

(関富士子の詩)

ピクニック

関 富士子


雲が行くほうへ行く

南から北へ

わたしたちの歩みは

導かれる

影の濃い林のほうへ

枝はそれぞれの実をつけて

あなたとわたしへ

親しく垂れる

向こうの木々の間の草むらに

そこだけ光があたっている

雀たちが次々に降りていく

明るい草むらの中へ

無数の雀がきりなく吸い込まれる

飛び立つものはいない

わたしたちは

そこへ

近づくことができない

林を抜けて

明るい広場に出る

ボールを打ち合う

大勢の人々

寝そべる犬と子供たち

ラケットやゴム風船のまるい影が

歓声とともに

たえまなく動いている

わたしたちの広げた敷物は

シエラザードの贈り物

古いワインと新しいチーズを置いて

かんぱい

このつかのまにも

広場は

欠ける満月のように

かたむいていく



あなたはいつか

さびれた町の木賃宿の夜更け

置き捨てられたペーパーバックの

汚れたページに

世にも高貴な物語がつづられているのを

むさぼり読んでいたでしょう

物語に登場する

美しい少年に恋い焦がれて

夜ごと彼に縊られる夢を見ては

目覚めてふるえていたのね

そのころきみは

ぐつぐつ煮え立つ大釜の管理人で

蚕のさなぎが浮かんでは沈むのを

すくい取りながら

黄ばんだ繭をかきまわしていたね

錘で指を傷つけながら

ようやくつむいだ生糸はなま臭くて

織りあげた絹は

きみのあかむけの肌より

薄かったんだ

わたしたちは何百年生きたのか

わたしたちの生きなかった生は

だれのもの



遠くから

かすかな擦り打ちの音が

聞こえる

小太鼓を首からさげた男が

近づいてくる

うつむいて

ひと打ちふた打ち

おずおずと音を探りながら

たたいている

子供たちは踊りながら続く

丘をのぼり

やがて見えなくなる

すべてを何かの暗示のように

思ってはいけない

ワインを飲み干すと

大粒の雨がひとつぶふたつぶ

落ちてきて

青い空の奥のほうから

小太鼓の音が

今度は連続で弾むように

響く

芝生の上のいくつもの影が

一瞬止まる

人々は空のひとところを見上げる

風向きが変わって

気圧が激しく下がり

林の上に雲がわきあがる

広場は

大きな影におおわれる

シエラザードの敷物をたたみ

雨に打たれてびしょぬれで

このかたむいた広場から

わたしたちはもうすぐ

立ち去るのだ

*シエラザード アラビアン・ナイトに登場する語り部



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