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vol.3

あなたが語るわたしの物語

関 富士子


散りかかる落ち葉に埋もれて

あたたかく発酵していくベッドで

わたしの髪をなでながら

あなたは物語った



きみはいつか

千里を走る虎だった

金毛を波打たせて山をくだり

村を見下ろす岩盤のテーブルで

新月の夜に人を食っていた

ある日男がやってきた

その矢に片目を射抜かれて

きみは女神川に転落した



きみは女神川の岩魚になったが

腹が婚姻色に染まるころ

男が川面にあらわれて

きみを釣り上げた

針が深く喉に刺さって

きみは歌えない小鳥になった



きみってだれ

わたしのこと?



きみは歌えない小鳥になって

小手神森の赤樫の枝で

男が語りかけるのを

首をかしげて聞いていた



きみは海を隔てた半島の王国で

ある一族の末娘に生まれたが

赤ん坊のとき男にさらわれた

きみのからだには

一族の財宝のありかを示す

青い入れ墨が彫られていた

男はきみをいつくしんだ

やがて柔らかな陰毛が

その入れ墨を覆うまで



男ってだれ

あなたのこと?



きみは男の夢にあらわれて

男がきみを抱きしめないのを

さめざめと嘆くのだ

きみは広場に住みつく

売春婦になった

男は夜ごときみを買い

固いヒールで明け方まで踊らせた



ある朝きみが

広場のベンチで眠っていると

男が揺り起こして

きみをお母さんと呼び

毛布とパンをくれた

きみは毛布を捨て

栗鼠になって

パンを木のうろの巣に運んだ

男は巣穴に腕を突っ込んで

三匹の子栗鼠を握り殺した



あなたがわたしの物語を語るベッドで

わたしは初めてほんとうに生きたように思った



きみは男の妻になって

九人の子供を産んだ

三人は栗鼠の子供



きみはいつか

千貫森のてっぺんから

時の軌道をめぐる光速船に乗り

永遠と名づけられた航海に出発する

ロボットの少女まりりんだった

男はその両の眼窩に

涙を象った最後の部品をはめこんだ



ある時きみは老いぼれた犬だった

排水溝にたまった残飯をあさって

濡れそぼったまま眠ると

夢に男があらわれて

喉を優しく撫でながら語った



あなたが語る物語のなかで

男はわたしからすべてのものを奪う

わたしは男をくりかえし憎む



きみはいつか

冬枯れの庭を望む病室で

不可思議な暗号を読み解いていた

かすむ目を凝らして

五万通りの組み合わせの順に

キーをたどっていくと

三万七千五十二番目に

きみの物語があらわれた

それはすでに語られていたのだが



ある時きみと男は

すべての人類に先立たれて

ひどい奇形のまま幸福に老いる

最後の恋人たちだった

二人がキスを交わしながら

崩れた街を行くのを

きみは風になって見ていた



きみは風になって

あらゆる場所を吹きすぎたが

男はあらわれなかった



あなたは沈黙する

わたしたちのあたたかなベッドが

発酵する落ち葉のなかで朽ちるころ

わたしはあなたの物語を語り始める



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vol.3

EARTH PENGUIN

関 富士子


文房具屋の店先でぼくは見つけた

スーパー直定規

地球を背負ったペンギンマーク

呼び寸法十八センチ

ぼくは呼ぶのか地球の寸法を

南極の地衣類十八センチ

とける氷山十八センチ

一角くじらのスクリュー十八センチ

それらのモザイクに

まだ何かが生きているだろうか

ぼくはプラスチックをすかして見る

二次元はとうめいですこしゆがんでいる

たくさんの木が弧をえがいて倒れている

ぼくのからだは影をかたどったように平たい

ぼくは呼ぶ

ペンギンマークスーパー直定規十八センチ

数字を母と子にきっぱりと二分する

円の中心を通る無数の道を発見する

愛しあいながら平行な二本の線を引く

飢えた犬と残飯の夢をむすんでやる

地表をさまよう水を海へみちびく

ぼくは木々の上を平たく滑りながら

どこまでも進んでいく

きっとあるはずの起伏を求めて

いつかペンギンのように直立するのだ





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