rain tree homeもくじ執筆者別もくじ詩人たち最新号もくじ最新号back number vol.1- もくじBackNumberback number6 もくじvol.6ふろくWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など
vol.6

(関富士子の詩)


桟敷にて

                 関 富士子



刑場跡の原っぱに半月が重たく下がる

真ん中に立つうすい書割りを照らしている

三々五々集まってひとしきりざわめいては

垂れた暗幕を分けて入っていく人々

男に強い目でうながされ汗ばんだ手を引かれる

桟敷にわずかな空きを見つけて

男の背の陰にひざをかかえる

――みんな出番を待つ人たちだ

欲望がたかまると男の声はかすれる

――靴を脱いで

すぐに子どもたちの歌声がきこえてくる

男女のあらそう声

子守り歌と思えば軍歌

男の古い友人たちもいるようだ

扇動者 反乱軍 逃亡者

あまりに遠い蜂起の呼び声

ダンサー 占い師 詩人

連帯の歌 弔辞 悲歌

人々はつぎつぎに出演していって

桟敷にはもう誰もいない

わたしたちの番はまだ?

かたわらの女をいぶかしげに見て

男はものもいわず冷えたつまさきをつかんでくる

声をおさえ息をひそめるのを

そしらぬ顔で足首をいよいよしめつける

心中者が互いの足を鎖でつながれて

三日三晩晒されながら

悪罵のなかで夢見た<かくめい>

打ち首の寸前

ト書きにはこうある

  女(よろこびの声をあげる)

わたしは男にしがみついて声をかぎりに叫ぼうとする

そのとき歌声がやむ

かしいだ書割りの支えがはずれ音をたてて倒れる

原っぱには月が沈んで真の闇が来ている








gui20周年フェスタで、「一滴たりともこぼすことなく」を朗読しました。









一滴たりともこぼすことなく


                 関 富士子



水を運ぶこと

桃を食べること

井戸を掘ること

シーツを干すこと

皮を剥ぐこと

を思いながら

ある秋の夕方校庭のニセアカシアによりそって

わたしの影がながく濃くのびて東側のプールの金網にとどきそうなのを

見ていると

不意に

棒切れのようにかぼそい両足の間からながながとおしっこが

こぼれてズックのまわりに親密にはねて

いつか

剛力少年や首長少女や腰曲げ女や金食い男や筋張り老人

だったわたしが

薄暗い洗い場でごわごわのリネンを日に百枚叩き

大陸の草原に群れる犬を追ってはきゅうともいわせずに皮を剥ぎ

砂漠に湧くという聖なる油を探してさまよい

夜ごと襲われ食い散らされるテーブルを清め

売春宿で目覚めるたびに水蜜桃をすすって

いたことを思いだして

一滴たりとも

甘い汁やひりひりする洗濯水や古い針葉樹の体液や垢じみた汗や臭い獣の血やスープの煮こごりや

あたたかいおしっこがわたしからきりもなく

こぼれて足もとの地面をぬらすのを

止めることはできない

ことがわかる

わたしのびしょぬれのからだがすっかり干上がらないかぎり

秋の夕方のながいながい影のずっと先のおさげ髪あたりに

小さな竜巻が起こってじぐざぐにこちらに向かってくる

のを見ているうちに

地面に吸われて

湿った黒いかたちが

足もとに

残るので

詩誌「現代詩手帖」1997年5月号より




gui20周年フェスタ 関富士子 のページへ戻る
<詩>「墓地へ」(関富士子)へ
<詩>甘沼橋/花の好意/愛すなわち憧憬(有働薫)へ
これなあに?1・2(関富士子・桐田真輔)へ
rain tree homeもくじ執筆者別もくじ詩人たち最新号もくじ最新号back number vol.1- もくじBackNumberback number6 もくじvol.6ふろくWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など