わが故郷(ふるさと)は |
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わが故郷は神田西神田、そう水道橋のほとり |
すばしっこく動き回るはずの、生きものたちの時は地底に埋められ凍りついている |
飼いならされた二足獣たちの眼を、細いエンピツビルの先端が 強迫する |
ネズミの干物のようなアスファルトの地面を踏みしめて、若い学生のゾンビらがぞろりんこんと |
喰い物屋へ入り、こまぎれの腐肉を喰らう |
舞い上がるチリ、ホコリが望みを傷つけ、夢を殺す |
靴底に響くクルマの悲鳴が臓腑をつらぬき、淡い嘔吐をいざなう |
ここは神田西神田、そう神保町のとなり |
何年か前、灰青色のしまのスーツを着た地上げ屋が来た、土地を売ってくれと、積み上げられた |
札束のあいだからフッシーちゃんがせせら笑い、手招きする、歓びは天国にはなく、地獄にあるか |
らと言って。 |
とっくに神の田は消滅、代わりに学びの田が肩をいからせ、青いロボットたちを植え込み、豊饒 |
の実りを虚につないでいる |
先生、許して下さい、もうカンニングしませんし、女の子も絶対いじめませんし、英語の不規則 |
動詞の変化も暗記しますから |
鞭が風を呼び、空を切る |
情念と理念がからまり、ぶつかり、ビルとビルのあいだの狭間を抜け、あかんべをしてにらみつ |
けてくる |
悪意と善意の鬼が、色を替える信号灯のように交互に現われ、交差点をよぎってわが脳の中へと |
押し入り、金棒を打ちつけてくる |
ここはわが故郷、神田西神田 |
人が変わり、建物が変わり、店が変わる |
この幻影の街がゆがんで、そして縮まり、一本の筋と化し、わたしとともに宇宙へと飛び立つ時 |
がくればいいと、いくどか想ったことか・・・
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この想いには悲しみも、歓びも、空しさもない、なぜなら本当の生きものの姿が見えない街だか |
ら・・・ |