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vol.12

本流へ

              関 富士子
  
流れに沿って道を下り本流に交わるところ
広い河原に草木が生い茂って
空しか見えない
蜘蛛の巣でかすんだ茂み
ほこりのつもった葛の広葉が
両側に壁をつくっている
空を強い風がしきりに吹いて
鳥だけが横切る
低い潅木や草が頭のすぐ上を
はげしくなびいているが
ここは静かだ
守られているのか
本流は近いのにまだ見えない
もう野いばらは終わった
虫食いだらけの花びらがあちこちに
残っているばかりだ
枯れたように赤いスイバ
ほかは誰もいない
流れはその草むらのすぐ向こうにあって
せせらぎの音も聞こえる
  
その夜なにものかに呼ばれて
天井から従容と両足を垂れた人*
彼が見ていた光景を
もういちどわたしが見ている
なぜあんなに空は騒がしいのか
風の響きと時おりの鳥の声と
鉄橋を渡る電車の轟音が
空にぶつかっては落ちてくる
本流は近いのにまだ着かない
つぶれた乗用車が捨てられている
屋根がへこんでガラスが崩れタイヤはない
あのドアは開くだろうか
中に住んでいる人がいるのではないか
そっと通り過ぎる
誰もいないどこかへ行ってしまった
もう帰ってこない
決然と?
すぐ先を歩いているかもしれない
4駆の轍の跡が地面を深くえぐっている
道が二手に分かれていて
どちらの道も曲がっていて先は見えない
ピンク色の紙がたくさん落ちている
なにかのちらしのような
 新装開店 大放出
紙は左へ行く道へ散らばって続いている
そちらへ
散らばった方へは行きたくない
何もない道はしんとしているが
流れから離れてしまう
ピンクのちらしを踏みつけていく
  
道はしだいに湿ってくろずんで
流れが緩やかによどんだ水辺に
男がいた
竿を投げてはするすると手元まで
糸を巻き寄せる
浮きが水面を滑るように走って
従順に男に手繰り寄せられる
いるよ、いるよとつぶやいている
いるのか そこにはいる?
生きているものがいるのか
男の手元を見つめるうち
細かい光の揺れに眼をやられて
まぶたを閉じると辺りは真っ暗である
釣れてる? という声がする
狭い水ぎわを靴をぬらして歩いてくる二人の少年
ほんとにいるの
いるさ、きっといるよ
男は確信ありげに答えている
少年たちはそのまま水辺にしゃがんで
静かに釣り竿を伸ばす
そこからはほんの数歩で本流である
流れが大きく曲がって洲になるところ
先端の葦に隠れている
たっぷり水をたたえた河が
あらわれる

       *数日前、詩友豊田俊博の死を知らされる(99.6.23) (紙版「rain tree」no.12 1999.7.25掲載)

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                 関 富士子
  
曇り空から聞こえてくる
くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅじゅくじゅくじゅく
見上げるとくらくらする
雲のすぐ下あたりに浮かんでいる
小さな黒いなにか
あれは誰のたましいでもない
生きているヒバリだ
息もつかずにに鳴いている
ひいひいひいひいひいちっちちっちちっちぢぢぢぢぢぢぢぢぢ
(ヒバリの歌はけっこう複雑でながい小節があり、
 口説かれているような気がするときもあります)
道のかたわらはハス池で
葉のあいだからウテナが何本も伸びて
わずかな風にも揺れている
まるで天国みたいな景色だけど
(啓示かなんかにうたれたいです)
ここは繁殖期の地上だ
どこかに巣がある
わたしの帽子と卵までの距離がヒバリにはわかる
ハスの葉形にひろがった縄張りの中で
わたしは警告されている
なにごとかを聞き分けようと耳を澄ます
真上の空の一点でホバリングして
恩寵のような声を降らせるもの
ここから出て行け
と言っているようなのだが
一歩も動けない

「Booby Trap」 no.27 1999.8掲載)
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