rain tree homeもくじ執筆者別もくじ詩人たち最新号もくじ最新号back number vol.1- もくじBackNumberback number15 もくじvol.15ふろくWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など
vol.15
<詩>「確認」18(金井雄二) へ

 金井雄二詩集『動きはじめた小さな窓から』(1993年刊)拾遺集 2

tubu樹を伐る 不安 帰宅 雨後、紫陽花



  
なにかが
うまれる
ときには
いつも
ふくらみ
がふくまれていて
たとえ
めにみえなくとも
まるく
なめらかで
けっしてかどを
だしたりはしない
すっ
としなやかに
はれつする
もうさいけっかんの
のように
ゆっくりと
しずかに
もりあがりながら
わきでてくるのである


        平成元年5月「独合点」1号

tubu<詩>「樹を伐る」(金井雄二)へ<詩>「確認」9(金井雄二) へ






樹を伐る

  
そうしてぼくは笑いながら
手を振って
木を伐りに来た
  
ぼくが見つめている
瞳の中で
森は動いていた
  
樹々の間に
朝霧たちが
領域を拡げ
多くの切り株からは
樹液がしたたり落ちていた
  
枝は地面に向かって生え
天からの
言葉を待っている
  
葉が落ちて土に戻るときでさえ
無風の風が
空へ押しもどす
  
ぼくはもう
何本も樹を伐ってきた
  
そうさ
なんてちっぽけな
大樹なんだろう
  
いつかこの
鬱蒼とした
群れをなす樹々を
全部伐ってしまいたいものだ
  
あとに残った
空間に
ぼくはぼくだけの
肘掛つきの
椅子をひとつ置こう
スポットライトに
照らしだされた
小さなまるいステージのように
  
そうしてぼくは
手をふって
樹を伐りに行く


                            昭和62年未発表
「生」「樹を伐る」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示へ

tubu<詩>不安 へ<詩>「生」(金井雄二) へ






不安

  
芝生に寝ころんで
こう思った
「僕のパリの空なんて
 たやすいものだ」――――――と
ながめていれば
それがパリの空だと
思えたから
  
子供らが
光る砂で
遊んでいる
 (光る砂はどこから持ってきたのだろう)
雲を突き抜けた
空が
眼下にある
 (空は何でできているのだろう)
子供も空も
あまりに純粋なので
僕はしばし
僕をわすれた
  
そして次に
こうも思った
  
僕のお尻には
尻尾が生えている


                   昭和62年2月「へり」5号

tubu<詩>「帰宅」 へ<詩>「樹を伐る」へ






帰 宅

  
おもむろに
ボロのバッグを
ほっぽり投げる
  
そして脱ぎすてる
今日一日の
ぼくに化けていた
シャツを
  
煙草に火をつける
  
煙が空中で
小躍りする
  
横になって
足を伸ばすと
向こうから
鎖につながれた
わが家の飼い犬が
細い眼をして
ウォンと吠えた


                       昭和59年10月「浮遊」4号
「不安」「帰宅」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示へ

tubu<詩>「雨後、紫陽花」へ<詩>「不安」へ






雨後、紫陽花

  
 蒸し暑さの中で俺は眉を上下させていた。同じリズムで足が交互に伸びてい
た。俺の眼球のまわりには、薄い膜がくっついていてどうしてもとれない。か
ろうじて俺は歩いている。線路沿いであるにもかかわらず、異様に静けさが残
っている道なのだ。電車が走り過ぎていく。レールの継ぎ目のスタッカート。
頭の中で俺は、電車の窓にへばりつうている女の顔をを想いうかべる。
 そうだ、朝だ。
  
 <想いだしてきた。俺は幼少の頃、姉とよく遊んだのだ。姉は俺に女を要求
した。俺は女になった。女になることは俺は好きだった。俺は女であるはずの
俺の恥部を見た。そこには俺がいた。>
  
 道の奥は円錐ドーム。両脇に紫陽花が無数に咲く。一枚の花弁が俺を執拗に
見ている。道はゆるやかな登り坂。数メートル行くと左に大きくカーブしてい
る。その先には身障者児童のための学園が建っている。今日も出会うのだろう
か。学生帽をまぶかにかぶり、まっ白なシャツを着、車イスに乗る少年。そし
てうら若い少年の母。少年の眼の中にはいつも怒りがある、母の眼の中には欲
情が映っている。
 俺は実のところ眼がほしいのだ。
  
 <姉は俺にあやとりを教えてくれた。少しずつ紐は指をしめつけながらから
められていった。俺の指はゆっくりと半円形を描きながら動いていった。指は
うねうねと恥じている。姉の指が俺の指を割って入ってくる。その時俺はどこ
までも屈強に近かった。>
  
 水滴がしみついてぬれた紫陽花。視野はいつまでも白い。車イスに乗る少年
とそれを押す母が近づいてくる。眉の律動。足の鼓動。ああ何ということだ。
少年もその母も、眼にまっ白な包帯をしているではないか。
 俺は一瞬立ち止まる。草いきれ。
  
 <探偵ごっこをするときは、いつも俺は悪漢だ。姉は俺を人さらいやギャン
グにしたてあげた。うす汚れたハンカチで、俺は両手を縛られ、二度と悪さを
しないようにと逮捕されたのだ。なぜ俺は、ハンカチを歯でひきちぎり、遠く
へ逃れようとしたのか。縛られたままの方が、どれほど楽であったかしれやし
ないのに。>
  
 目ざめと眠りのくり返しの中で、俺は生活してきた。それは性欲のように際
限がなかった。唾液が薄く糸を引く。脇の下や首すじには冷たい汗がある。ネ
クタイが湿っていて嘘のように重たいのだ。
「坂を登りきれば」
「坂を登りきれば」
  
 脳裏に言葉が付着する。やりきれないやわらかさ。蒸し暑さの中で俺は眉を
上下させていた。水蒸気の中に陽はさしはじめていて、もう、すでに就業時間
まであと五分と迫っていた。


                                  昭和61年11月「浮遊」8号
「雨後、紫陽花」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示へ

tubu<詩>「風の言葉」へ<詩>「帰宅」へ<詩>冬の庭師(関富士子)
rain tree homeもくじ執筆者別もくじ詩人たち最新号もくじ最新号back number vol.1- もくじBackNumberback number15 もくじvol.15ふろくWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など