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vol.15
<詩>「フォルクスワーゲン」(金井雄二) へ

 金井雄二詩集『動きはじめた小さな窓から』(1993年刊)拾遺集 3

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確認 1

  
どしゃぶりの雨のなか、わたしは歩いている。団地の四階をめざしているのだ。
もうずいぶんと歩いているため、体は芯から濡れていて冷たい。わたしは空腹
感におそわれている。おもわず、手を口の中にもっていってしまう。そして、
腹の中をまさぐってみたくなるのだ。胃は薄い粘膜質に覆われているだけでや
けに軽い感じがする。わたしの手はその胃袋を一握りにつかみ、ぐいっと力ま
かせに引っ張っている。なかば昔を思いだされるような孤独感が顔の筋肉をこ
わばらせ、少年の悩ましさがよみがえってくる。コンクリートは強いアセチレ
ンのような臭いを発している。傘ににじむ雨はねばりつく精液のようだ。雨は
あいかわらずふり続いていて、わたしは口からみすぼらしい胃袋をぶら下げな
がら歩いている。妻はもうとっくに寝ているはずでたぶん夕食はないだろう。
わたしはいつまでたっても家にたどりつけないでいる。


平成元年6月「独合点」2号

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確認 2

  
虹のような夕暮れだった。彼は彼の部屋の中へ、わたしを誘った。わたしは理
由もなく、罪悪感を背中にあびながらついていってしまった。時計の針がほん
の少し動くのがわかった。彼はしなやかな指で、わたしの人差し指に触れた。
触れたのか、触れてしまったのか、判断できない触れ方だった。ごめんね、と
彼は言った。わたしはそれに答えられなかった。人差し指をみつからないよう
に親指でこすった。澱んだ空気に息がながれた。息は二つとも男の息だった。
暑いはずはなかったが、暑いと感じた。うなされているとも思った。
だが、わたしは見つめられていた。彼の瞳の中に恥じらいと当惑があった。ま
もなくそれが消えると今度は情熱が支配しはじめた。バラはつぼみのままであ
ったが、一気にその花を咲かせようと動きだしたのだ。
わたしは行き場を失った。


平成元年6月「独合点」2号

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確認 3

  
ひとりでに、いつのまにか、幼い息子が死んでいるところを想像している。そ
れも毎日のように。頭だけが紙ふうせんのようにフワリと浮きあがったり、腕
が突如ナタのようなもので切られ、飛び散ったりする。当然、血なんかもボク
ボク出てて息子自身、泣き叫ぶことさえできない。そう、車にはね飛ばされて
いるところも目撃する。鈍い音がして、即死だ。バッタよりも簡単。そしてわ
たしは、大型トレーラーの下敷きになっている息子を見ている。顔が瓜のよう
に割れ、もう笑うこともない。そして、ああ、泣くのだ。大声をはりあげて、
わたしが泣くのだ。わたしが父親として泣いているのだ。無残に飛び散った、
血糊のついた小さい息子の顔に、わたしは口づけながら。トレーラーの運転手
には、俺の息子を返せ!返せ!と泣きながら迫っている。ウッ、それは考える
だけでもスリリング!
  
わたしは、わたしの横でかすかな寝息をたてている、息子の首に両手をかけて
みた。生あたたかく、かすかに脈がピクとした。まだ、生きている。


        平成元年8月「独合点」4号
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確認 4

  
真四角の歪んだ窓から外を見ていると、真四角の歪んだ窓が見える。窓から見
えるものは、窓だけであって、人の姿ではない。人の姿は窓の中だけに見える
のである。窓の中だけに写った人は、上半身、裸のままで、首からタオルをぶ
らさげている。タオルは人の一部分ではないが、せわしなく言ったり来たりし
ながら、だんだんと人の手になっていく。人の手は奇妙に、ウネウネと動きま
わり、テレビに触れ、カーテンに触れ、フスマに触れ、フトンに触れ、ニョウ
ボウに触れる。
  
真四角の歪んだ窓の中の出来事は、この団地の中では同じように、真四角の歪
んだ窓から、いつものぞかれているのである。


平成元年9月「独合点」5号

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確認 5

  
音を聞く。真夜中。身のまわりにある、発せられるモノ。サイレン。レールの
きしみ。エキゾースト・ノイズ。寝息。風。空気。水洗便所の音。ドアがガシ
ャーンと閉まる。満ちていると感じられる音たちは、つねに動いている。動い
ているからこそ耳に到着するのだ。日頃、迫りきっていた音の渦に巻き込まれ
ていると、きっと大切な人の声が聞こえなくなる。たった一つの呼びかけが聞
こえないばかりに、わたしの眼は閉じたままになってしまうことさえある。真
夜中、ゆっくりと体を起こして、わたしは聞くのだ。わたし自身の冷たいつぶ
やきと、寝入っている妻と子の、かすかな言葉の群を。空を覗けば、ゆっくり
と月がしゃべっていた。


平成元年9月「独合点」5号

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確認 6

  
朝、眼をあけたかと思うとすぐに立ちあがる。一才十ヵ月の頭脳は、まってま
したとばかりそこから果てしなく動きはじめる。彼は今、自分と他者との存在
を、やっと確認し得た喜びのところにあるようだ。彼の心の中は、きっと他者
のことでいっぱいだ。それも、犬や猫のことでいっぱいだ。そして彼はひたす
ら自己を主張しはじめ、他者の確認をいそぐ。犬をみればワンワンと鳴くもの
だと。猫をみればニャンニャンと鳴くのだと。わたしたちがいくらうなずいて
も止めない。大声を出して何度も何度も確かめている。彼の主張はどんなに間
違っていても自信をもって発せられている。静かな夜更け。眼をしっかりと閉
じていた一才十ヵ月の頭脳は、いきなり起き上がったかと思うと、ワンワン!
と一声を発してバタリと寝入った。彼の確認は次の朝をまたずに、寝ていても
続けられているようである。


      平成元年10月「独合点」6号
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確認 7

  
わたしの足の指の爪は丸まっている。伸びたままにしておくと、足の指に食い
込んでくるような爪だ。奇妙で不恰好でマヌケな不純物だ。切るのもけっこう
むずかしい。いっそのこと、全部はがしてしまおうかとも思う。爪のない指は、
どんなにかすっきりすることだろう。わたしは爪切りのパチンパチンという音
をさせながら、少しずつ深く爪を切っていく。爪の下には、淡い薄桃の肉が、
花びらのようにのっかっている。触れてみると、その部分だけ一瞬、サッと白
くはじけとぶ。
わたしはこんな足の爪をしていることを誇らしげに思う。奇妙な自分の足の指
をこよなく愛している。妻や息子なんかよりずっと愛している。
今度は自分の足の指も切ってやる。


平成2年2月「独合点」 10号

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確認 8

  
帽子がある。ツバのある野球帽。どこから見てもなだらかな半円を描いていて、
空中をスルスルと回転しながら落下してくる。色は青。それも紫がかった青。あ
ざやかな色だ。トレード・マークはミッキー・マウス。青の中にくっきりといす
わっている。生地は厚いフェルト。縫い目もかたい。彼のごきげんの帽子。彼の
意思の帽子。彼の怒る帽子。彼の泣く帽子。彼の笑う帽子。彼の両親たちに対す
る帽子。彼は帽子のかぶりかたを心得ている。少し斜めに、ひさしをかたむけ、
目をおおう。そして外出中、めったにそれを取ろうとしない。彼は家に帰るとま
ず帽子を脱ぐ。手をそのツバにすばやくひっかけて投げ飛ばすのだ。次の外出の
時間まで、完全に忘れられるはめになるのである。


平成3年2月「独合点」14号

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確認 9

  
真夜中、寝ている妻のかたわらに腰をおろす。話をしようと思っているのだ。体
をゆすって起こそうとしたが、ためらう。話すには、この方が都合がよいかもし
れない。わたしは妻の寝ているあいだ、毎晩、少しづつ、本当の話をすることに
したのだ。
わたしは小声で遠慮気味に話しだす。二十歳のときの、ささいな失敗を。それは
たぶん誰が聞いても、つまらない出来事なのである。それからわたしは、その後
の自分を語りだすことにした。その話にはときどき、わたしの思想や夢が語られ
る。かなりまわりくどい話になっているはずだ。しかし、話している本人は夢中
になる。妻はかたわらで寝返りをうつ。まるで、わたしの声をはっきりと聞こう
とするように。そしてつぎの朝、妻は深い眠りから覚め、夢を見たと言う。それ
は、わたしが泣いている夢だったという。
妻はあのとき起きていたのかもしれない、とわたしは思った。


平成3年2月「独合点」14号
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確認 10

  
朝、わたしの目の前で遮断機がゆっくりとおり、電車が一瞬の壁となる。かたわ
らで、鉄のかたまりの速度におされるように、一片の紙きれがまいあがる。紙は
車輪の機械音にあわせながら、上に、上にとスキップする。そのゆるやかな流れ
は、紙というしなやかな化け物をわたしに連想させ、これからの紙の運命にまで
たどりつく。紙の思想は柔軟だ。紙はわれわれの源になりつつある。紙の声にわ
れわれは服従さえする。紙はわれわれが望みさえすれば、すべてのことを示唆し
てくれる。現にその朝の紙ときたら、風の韻律にのってどこまでも柔らかく、空
にのぼっていったではないか。夜、わたしは買ってきたばかりの詩集を開く。真
新しいそのページをめくった瞬間、スッと指先に血がにじんだ。今、紙はかたく
なに、その場所にいる。不吉な香り。


平成3年4月「鰐組」71号 

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確認 11

  
彼は石を拾う。どれでもよい、というわけではないらしく、必ず選んでいる。彼
が、石をどのように選んでいるのかは、わたしにはわからない。拾われた石を眺
めてみても、何の脈絡もないし、特徴もない。しかし、彼は石を見つけ、拾う。
そして、自分の気にいらないものは捨てるのだ。彼は、特にお気に入りの石をひ
とつだけ握る。彼はその石を離さない。いつまでも握り続けている。石は、彼の
手のひらの中で、暖かく眠る。やがて暖められた石は、彼の成長する卵となる。
石はその存在だけで、物を言う。彼の手のひらの中で目覚め、言葉を覚えるから
だ。石は、石をこえ、意志を持つ石になる。彼は今、石が自分と同じ世界に在る、
ということを認めており、わたしはそれを忘れていた。
彼は三歳と二ヶ月。わたしは三十二歳。


平成3年5月「鰐組」72号 

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確認 12

  
涙をためている。鼻をウッ、ウッ、とつまらせる。さざなみのように、女房が泣
く。わたしはポカンとしている。そうして女房の話を聞くしかない。わたしの父
親は背が低かった。しかし、気取り屋だった。伊達メガネをかけていて、本当に
近眼になった。人の悪口を平気で言った。自分の悪口は人に言わなかった。権力
に弱かった。だが、家族には強かった。金に執着しなかった。つまり、稼いだ金
は全部自分で使った。酒は飲まなかったが、いつも飲んだような人だった。
わたしに向かって「やさしい」と言うな! わたしはその言葉が大嫌いだ。だれ
だって、包丁を持って、オフクロを追いかけまわすオヤジを見て育ったら、ああ
なりたくないと思うだけ。
親父が死んだあと、涙を流して話をするだろうか? 女房の前で。


平成3年6月「鰐組」73号
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確認 13

  
たぶん、わたしの尻には、短い尻尾が生えだしてきて、最近どうしてもそれが気
になる。わたしは毎日、自転車で通勤しているが、自転車に乗るにも都合が悪く
なってきたようなのだ。尻尾がサドルにあたってなんとなく痛い。触ってみると、
たいしたものでもなさそうで、鏡にさらしてもよく判断できないのだが。わたし
は今日も一日の仕事を終え、家路に向かう。だが、どうしても自転車に乗るのが
苦痛になってきた。しかたなく自転車をひきながら、わたしは歩きはじめる。そ
して、こう考える。ある日、突然、そう、ある日突然、ということがあるんだと。
それはいつ、どこで、だれにだってあり得ることなんだ。だが、人の体に尻尾が
生えたというのは聞いたことがないな、と。わたしの尻尾は、ますます大きくな
っていくような気がする。今日も、自転車をひいて歩いていると、うしろにいた
女性がわたしを見て笑っていた。きっと尻尾のせいだ!なんとかせねば!


                       平成3年8月「鰐組」75号

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確認 14

  
アクセルを踏む。スピードメーターの針があがる。わたしは恐怖を感じない。視
点が、遠景前方に絞られていくのがわかる。確かに速い。道路の凹凸によって、
車が上にフッと浮き上がる。飛ぶかもしれない。右側には中央分離帯。わたしは
アクセルを踏みながら、そこに突っ込む自分を見ている。それは一瞬の出来事に
違いない。わたしはたぶんワッ! とかなんとか、声をだして、激突する。フロ
ントガラスが眼に突き刺さる。ハンドルが腹に食い込む。つぶされた、ラジエー
ターが、わたしの足元にまでくる。たぶん痛い。いや、たぶん痛くはないだろう。
なにしろ一瞬の出来事なのだから。そう考えると、死ぬなんてことは意外に簡単
かもしれない。たった今このハンドルをちょっと右に回せばいいだけの話だ。車
は走る。いろんな人の顔がわたしの頭の中に飛び込んでくる。アクセルを少し戻
す。スピードメーターの針がさがる。


                  平成3年10月「独合点」18号

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確認 15

  
道のまん中で死んでいた。口から血を流していた。トロッとした、黒い血だった。
体が白かったので、よけいに血が黒く見えた。眼はうつろに開いていた。開いて
いるくせにどこも見ていなかった。腹も破れていた。どこがどのように破れてい
るのか、わからないような破れかただった。臓物が飛び出していて、「これが私
です」と叫びながら腹をふさいでいた。その量が意外に多かったのにはおどろい
た。足はそれぞれ、体と逆方向に向いていて、その不自然さのおかげで、本当に
死んでいるのだな、と思った。たぶん犯人は、車で被害者をはねとばし、そのま
ま逃走したのに違いない。もし、そいつが、若僧だったら許さない。光る刃物の
ようにみがかれた車にのっていたのなら、なおさらだ。そうわたしは許さない。
―――瀕死の猫を見た、気分の悪い朝。


 平成3年10月「独合点」18号
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確認 16

  
こいつはマヌケな男だ。
言われたことをすぐに忘れる。そして何度も同じ失敗をくりかえす。始末に悪い
のは、弱い奴をいじめたがること。力の弱い奴ならいつでも勝てるから。自分が
立派にみえるから。言い訳をするのも絶対忘れちゃいけない。自分は悪いはずは
なく、ほかの誰かが悪いのだ。媚びを売るのはマヌケ男の最高の手。あっちに行
っては、笑顔をふりまき、こっちにきては泣きもみせるのだ。それで常に何かを
せしめている。ときには痛い目にもあうけれど、それさえすぐに忘れる。ただマ
ヌケ男が救いなのは、自分で罪の意識を感じていないこと。そして叱ってくれる
人間が、まだこの世に数人いてくれること。マヌケ男の有力な味方であるお婆ち
ゃんは、マヌケ男を見ると一瞬顔がひきつる。それもそのはずで、マヌケ男は、
お婆ちゃんの息子の幼い顔に、そっくりだからだ。マヌケ男は、父親が出かける
となると一目散に下駄箱から靴を出し、トントンとつま先を蹴りながら履く。そ
んなとき必ず靴の左右が逆なのである。


平成3年12月「鰐組」79号

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確認 17

  
いっちょび(ちょっぴり)、テベリ(テレビ)、神奈中ちゃん号(かなちゃん号
=神奈川中央交通の絵柄付きバスの愛称)、おららだ(小田原)、ワープロ(お
父さんのワープロ)、ワープロ(電卓)、話を聞いてよ(話をしてよ)、チュウ
(キス)、トントン(押入れの中にいる妖怪)、やこうでんしゃ(夜行列車)、
チュウチュウ(ねずみ)
ねえオトーサン、いっちょびテベリみようよ。もうー、じゃ、どっか行こう! 
神奈中ちゃん号でおららだ行こうよ。えーっ、またワープロやるの? ぼくもワ
ープロやろう。ねえねえ、今日泣かなかったから、絵本の話を聞いてよ。そのま
えに、だーい好きっていいながらチュウしよう。で、早く寝るんだもんね。早く
寝ないとトントン来るもんね。ねえねえ、オトーサンやこうでんしゃにチュウチ
ュウいるかな? ねえオトーサン、ねったらねえ!オトーサン!
うるさい! グチャグチャ言ってないで早く寝なさい!


平成3年12月「独合点」19号
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「確認」14-15縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示へ
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確認 18

  
突然、テレビの画面にカメレオンが写しだされたとき、彼はそれをじっと見据え
た。ゼンマイ仕掛けの怪獣の、足さえも止まってしまった。彼の頭の中は、生ま
れて初めて見る、この世の異様な動物に支配されて、身動きさえ禁じられてしま
ったかのようだ。カメレオンはテレビの中でジロリと足を動かす。ゆっくりと。
自分は偽るのが得意なのだ、といわんばかりにゆっくりと。テレビの中で、カメ
レオンの目が一八〇度回ったとき、彼の思考も一八〇度動いたようだ。たぶん、
彼の頭の中では、牛や馬や豚、犬や猫や鳥、パンダや象やキリン、などとは一緒
くたにできない新しいものが生まれていたのだろう。それらイメージの世界は複
雑に交錯し、からみ合い、炸裂したのだろうと思われた。わたしは、彼がその生
き物の名前を尋ねてくるに違いないと思った。さあ、一人の人間の言葉の生成に
参加するのだ、といううような気がした。しかし、それはわたしの錯覚。彼はわ
たしに平然と言うのだ。「ね、お父さん、見て!カイジュウだよ!」


                 平成3年12月「独合点」19号 tubu<詩>「生」「樹を伐る」(金井雄二)へ<詩>「確認」17へ<詩>冬の庭師(関富士子)へ
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