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vol.15

冬の庭師

            関 富士子
  
野草百花苑の木戸には太い鎖がかかって
庭はさっぱりがらんとしている
薮も木々の枝も短く刈られ落ち葉も残っていない
午後の光がぜんたいを照らすので
すみずみまで見わたせる
小道はすっかり掃き清められた
枝にはたくさん冬芽がついて日なたの水仙はもう蕾があるが
庭師はいない
木戸のこちらから目でたどって
いくつもの何もない花壇をめぐり
あんがいに狭い行き止まりからすぐに
小道を戻ってしまう
森のようにどこまでも深いと思っていたのに
  
春から秋のあいだ木戸は夜も昼も開いていた
草木は茂るまま花は咲くままでいつも
植物の伸びる気配があって
入り組んだ小道の奥をどこまでも行くと
ひとりの庭師がいた
一本の木に立ったまま寄りかかっていつも眠っていた
金色の樹液で胸をごわつかせ
肩に苦い桜桃が散らばるときもあった
ほかの人間には一度も出会わなかったが
訪れる者のばらばらな痕跡を
いたるところに見つけた
ちぢれた葉には虫食いの跡のように
たどたどしい文字がつづられていた
花のない季節に会いましょう
植物たちが眠っているあいだに
  
庭師をおどろかせないように
そっと歩いたのだったが
彼はいつのまに目覚めたのか
このあいだまで枝には
だれかの瀕死の感情がぶら下がっていたのに
おもむろにその枝を下ろし
すがれた葉を引っかき巻きついた蔓を切り
空っぽに開いたままの莢やかすかに色の残った花殻を
すべて集めて大きな麻袋に詰めたのだ
へんに軽い死骸のようにいくつも運び出しただろう
それから木戸に鎖をかけて
それが庭師の最後の仕事だ
冬の河原で反古を燃やすために
行ってしまった


     
「gui」no.59 April 2000.4.1掲載
「せき ふじこ」執筆者紹介
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リボン・カール

  
あかるい磨りガラスの向こう
朝のバスルームから歌が聞こえる
練ミルクの甘い香り
幸せだけどなんとなく不幸なんて
言いまわしはきいたふうで
生きた心地もないまま育つ子供たちの歌
本当に望むものはなにかを知らずに
乳いろの湯気のなかで話している
天井の明かり窓に水が溜まるでしょ
しずくがもしも一つしたたるとき
ヒトが生まれて死ぬのだとしたら?
びしょぬれの髪をつまみあっては
辛子いろの小さなリボンをきつく巻く
でもまだだれも死んではいないの
床のタイルは乾いたままよ
もちろんあなたたちは生きている
タブのふちに手首をのせて
ふたつの頭についているたくさんのリボン
羽根の生え際で背中を合わせて
窓の水滴が生きては死ぬのを
ただ待っているのだ
たいせつなヒトはまだ生まれてさえいない
だれかの命がしたたるのを見届けて
小さな揺り籠から
すはだかで立ちあがる


     
no.15 2000.2.25掲載
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GEORGEの胸ポケット

  
わたしたちが出会ったとき
あなたは緑がかったカーキ色の上着を着ていた
アメ横で買ったという米軍払い下げの軍隊服
胸ポケットの折り返しの裏に
マジックインキでへたくそに
GEORGE
と書いてあった
こいつは今ごろベトナムで死んでるさ
これを着て何人殺したかはわからない
あなたが生まれる二年前に太平洋戦争は終わり
わたしが生まれた年に朝鮮戦争が始まった
七〇年アンポのあとのキャンパスで
わたしたちは恋をして
ベトナム戦争が終わった年に娘が生まれた
というわけ
ある日わたしたちはピクニックに出かけた
幼い娘が真っ赤に熟れた木の実を
あなたの上着の胸ポケットに入れた
娘を抱いて歩くうち木の実がつぶれて
上着の胸を真っ赤に染めた
心臓を貫かれたGEORGEのように
あなたが苦しげにうめいて
倒れなかったのが不思議なくらい
いくら洗っても落ちなくて
腹を立ててロッカーの奥にしまいこんだまま
ずっと忘れていたのについこのあいだ
娘が成田を発った日に
ほこりだらけで出てきた
兵士GEORGEの軍隊服の
胸ポケットが鮮やかに染まっていた

           Booby Trap No. 23 19997.4.25
「せき ふじこ」執筆者紹介
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tubu<詩>山を降りる(金井雄二)<詩>リボン・カール(関富士子)
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