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vol.21

  奥野雅子の詩 2
学生街の雨  1・2・3

学生街の雨 1学生街の雨 2学生街の雨 3

学生街の雨1 撮影 北爪満喜
「学生街の雨」1 撮影 北爪満喜
MAKI'S Modern Poem Page
 
 

学生街の雨 1

            奥野 雅子

  
  
花みずきの林や一戸建ての家に混じって
空へと突き上げるビル
建物の屋根が雲にちかくなっていくと
車両のなかの人の数が いつのまにか多くなっている
この感じ
胸が高鳴っていく感じ
スーツの襟元に指をあてて
高層ビルのなかに
電車がすべりこむ音をきき
確かめたい
ゆっくりとした動作で 押しながされないように
山手線に乗り換える
  
  
改札をぬけると
  
雨が ハンバーガー・ショップや
ハングルや中国語の看板 を濡らしていた
  
毎日のように踏みしめていた
アスファルトに雨が降っている
  
私の記憶の中では
雨が降らなくても灰色の街だ
  
(これが なにかを確かめたい)
  
  
タクシーが泥水をはねて
改札から流れだす人々を乗せていく
  
もうすぐ彼女がやってくる
  
彼女に会ったら はじめに
なんて言ったらいいだろう
  
         (合宿所のグランドで ユニフォームを着て
          私に 白いボールを投げてくれた
          夏の灼けつく太陽 地べたを蹴り上げて走る私
          みんなの喚声がきこえた
          日に焼けた額に汗をながして 彼女は私に
          何か叫んでいた)
  
あの時 私はなんて 答えたのだろう
今日は発音をまちがえないよう
練習しなくては
  
雨が滴って舗道にいくつも
水溜まりができていて
タバコの吸殻が 雨水のなかに
茶色い中身を晒している
私は なんども言葉をつかまえようとして
それをかき消すように
つよく 雨粒が 地面をうつ
  
(スーツを着ている
 私の体はひどく痩せてしまっていて
 ガード下から流れてくる車の
 雨水を撥ねあげる音に
 私は 彼女の姿をさがしている
 眼のまえで 赤信号が 点滅する)

<詩>「学生街の雨」1縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>学生街の雨2(奥野雅子)
<詩>(「ひこうき」連作)屋上(奥野雅子)
<詩>水門を閉める男(関富士子)


「学生街の雨」2 撮影 北爪満喜MAKI'S Modern Poem Page
学生街の雨2a 撮影 北爪満喜学生街の雨2b 撮影 北爪満喜

 

学生街の雨 2

          奥野 雅子

    
    
カップを洗う音がする お皿をかさねる音が
     とぎれなく つづいている
  私たちの言葉は
とぎれがちに         つづいている
本当に話したいことは   何ひとつ
    言葉にできないような
  
 ‥   ‥     ‥    ‥
  
あれからどうしてた?
  
変わってないね
  
雨音から閉ざされた店内でする会話
  
<変わってないね>
そんなことあるはずがない もっと
  
彼女のあいた襟元の 胸のふくらみとか
すれちがって 席についたとき ふわりと漂ってくる香水とか
いろいろ変わったよね ほんとうは
  
話したいことは たくさん
たくさん
  
コーヒー・カップを持ちあげて
私は ふうっと コーヒーの黒い表面に息をふきかけ
彼女の口紅を塗ったくちびるは笑って サンドウィッチを運びこむ
  
勤めはつづいているの?
あの人とはどう?
  
食器にふれる お互いの薬指の指輪をたしかめあう
  
あの彼とはつづいているの?
  
そのことについては とくに 話すことなんてないから
と私が言う
  
雨の滴りおちるウィンドウのそばの席で
こぎれいなウェイターが注文をとっている はしゃぐ家族づれ
  
彼女は
そうだ夢
夢の話にしよう
と言う
  
  彼女の目はきゅうに大きく見ひらかれる
  
いちばん最近ね、みた夢なの
姉の昔の恋人に、私がぐうぜん出会って
明るい道のまん中でね、オニイサン、
と私が呼ぶの
  
  私は コーヒーを忙しく口にはこぶ
  彼女の指は サンドウィッチのそばで止まったまま
  
前を歩いていたオニイサンは ふりむいて
私を見つけて うれしそうに笑っているの 
  
  ウィンドウのそばで 子供がウェイターのあとについていこうとするのを
  母親が怒鳴っている
  
オニイサン、私好きな人ができたの
でもね、その人は女の人なの
オニイサンはびっくりした顔をして私を見たわ
  
私好きな人ができたの でもその人は女の人なの
オニイサンは困った表情をして私を見つめる
黙って、とても悲しそうな顔をしているの
  
彼女の大きな瞳から
ぽろぽろ涙がこぼれ落ちる
  
         (私はユニフォームを着て
             わきたつ喚声  汗まみれ
           綺麗な瞳で私をみているのは彼女  日に焼けた額
             ひときわ高くとおる声
                   彼女は私に何か叫んでいた)
  
  
  
  
     そうだ、あの時
     私は何も答えられなかったのだ


― 3につづく ― 
*原文では、タイトルの1はローマ数字です。 
詩誌「Intrigue」 vol.7 1999年12月発行より 
<詩>「学生街の雨」2縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>学生街の雨3(奥野雅子)
<詩>学生街の雨1(奥野雅子)



 

学生街の雨 3

          奥野雅子

  
  
肩の上に 透明な時間が溜まっていく
雨が 大きなウィンドウを 流れ落ちていく
  
私は椅子を後ろにひいて
行こう と言った
  
乾いた音をたてて開閉する 自動ドアーを通りぬけて
雨にぬれた舗道に降りたち
  
交差点をわたっていくとき 彼女は 私の肩に手をおいて
さよなら と言った 
駅前のアスファルトに私をのこして
  
雨の滴が私のスーツの袖に したたって落ちる
  
   (ユニフォームを着た彼女の上半身 
    すり抜ける 汗の匂い
  
そういう挨拶のしかた するヒトじゃなかった
  
    彼女の足に 蹴りあげられて 
    土埃があがる)
  
もう二度と会わないと思う
  
後ろ姿をおぼえておきたい
街角ですれちがったら きっと彼女を
振りかえりたい
  
信号の色が青から赤に変わり
また青に変わっても
脚がうごかない
信号の色が目に滲む
雨のせいだ
  
車のタイヤ
通りすぎる人々が 泥水を跳ねあげていく
  
こんどすれちがうことがあったら 
  
   (光が差しこみ 私の眼球に
    汗がながれ落ちて   
        
    遠くに うごめく
       いくつもの影
  
信号の色が変わっていく
みんな雨に濡れた私を振りかえらない
彼女も振りかえらない
  
こんどすれちがうことがあったら
  
彼女のさした青い傘が 遠くで まわっている
  
ちがう
そうじゃない 
  
   (高いところから まっ直ぐに 
    ミットに向かって吸い込まれていく ボール  
  
    眼球に みんなの姿がうつっていた
  
いま追いかけなかったら 
彼女にはもう二度と会えない
  
    ききとれない言葉が 
    ひびきあっていた)                 
  
なにを言ったらいいかは 追いついてから考えればいい
傘のしたで 
話したいことが ほんとうはたくさんある
  
信号が変わる 
  
彼女の傘が
視界ににじんで くるくる まわっている
膝に はね上がる 雨の滴 
私の記憶の中で 街の色が 灰色から青に 変わっていく


学生街の雨3a 撮影 北爪満喜

学生街の雨3b 撮影 北爪満喜

「学生街の雨」3 撮影 北爪満喜
MAKI'S Modern Poem Page

「学生街の雨」3 「Intrigue 」vol.8 2000年7月発行 
「学生街の雨」完結 *原文では<>は( )、タイトルの3はローマ数字です。
<詩>「学生街の雨」3縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>A Room with the Tide Reaches(奥野雅子)へ(横組みのみ)
<詩>学生街の雨2(奥野雅子)
<詩>水門を閉める男(関富士子)
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