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vol.21
関富士子の詩 vol.21

水門を閉める男<女友達4>バスに揺られて<女友達5>耳に舌を 絵暦さくら印の日に


水門を閉める男

  
川の水かさが増していた
遊歩道で雨にあって
親水公園の橋の下に駆けこんだ
アーチのかげは広い石段で
水辺まで降りていく
ゆうべの花火の燃えさしや煙草の吸殻
辺りにはだれもいない
石段の三段目まで冠水している
髪を拭いているうちに四段目へ
少しずつ水位が上がる
雨はいよいよ強くなる
速い流れが川底をえぐり
淵はみるまにふくらんで盛り上がり
静かな舌のような先端が
石段を水浸しにする
見とれているうちに足元まで来る
一段ずつあとじさる
  
向こう岸の土手を歩いている男
黒い重そうな合羽を着ている
雨の日の川辺でときどき見かける
今は下流へ向かっている
蛇行の終わった早瀬の辺りに
青いペンキを塗った水門が二つ
川の両側に突き出ている
すぐ下流にはオレンジ色の水門
左岸と右岸にかすんで見える
水門に番人がいるのか知らない
でもきっとあの男だと思う
落とし口が閉まっているのを見たことがないが
男は今
草で滑る土手を忙しく往復し
水門に刻まれる水位を見張っているのか
どこまで上がったら閉めるのだろう
六段目に立つわたしの
胸か喉のあたり
  
水が住宅地の排水路に逆流する前に
扉は閉ざされねばならない
青い水門のうえに青い大きなハンドルが付いている
男が決心して両手をかけると
豪雨が帽子のつばを激しく叩くだろう
ゴム引きの合羽がぬらぬらと光る
男は顔をゆがませてハンドルを回すだろう
鋼鉄のバネがきしみながら扉を降ろしていく
その響きが橋の下まで聞こえる
落とし口が閉ざされた
濁流が行き場を失い渦を巻く
それが終わったらオレンジ色の水門へ
上流から順に進んで
小さな橋を渡って左岸から右岸へ
青い水門の青いハンドル
オレンジ色の水門のオレンジ色のハンドル
右岸から左岸へ
何度も橋を往復しながら
もっと下流へ
水門はいくつあるのだろう
つぎつぎに出口を閉ざされて
水はやがて堤防いっぱいに満ち
橋を越え
氾濫するのだ


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tubu<詩><女友達4>バスに揺られて(関富士子)<ことばのあやとり><あいさつ返詩>夏やすみ(関富士子)へ


 

  <女友達4>

バスに揺られて

  
毎朝の一時間
わたしたちはおしゃべりに熱中した
二人頭を寄せて
地学の宿題の天気図がうまくかけないことや
夕べ見た夢のこと
げっぷがとまらない教師の充血した目のこと
窓の外も見ず
寝坊をして髪はぼさぼさのまま
バスに飛び乗り最後列の席に陣取り
男子生徒の視線は黙殺し
イタドリの花が木綿レースのように揺れても
近視を隠して眼鏡をかけないから
ネムノキが薄紅に染まっても
鳥がポットカカカケカケタと鳴いても
峰にその冬初めての雪が積もっても
見ようとしないで
汚れた固い座席に挟まれて
がたがたと揺れながら
玉座で居眠りしながら晩年を迎えた女王のように
なにもかもうんざりなくせに
どんなに揺れても舌を噛みもせず
わたしたちは何を話したのだったか
体操着を忘れたことや
せんべいのクズをこぼす友達のこと
図書館で借りた本のヘンな落書きのこと
そんなことしか思い出せない
崖の潅木をおおうクズの広葉のかげに
紫の房が垂れるのも
道路に横たわるヘビの死骸も
ダムの堰堤に虹がかかっているのも見ず
なにかほかのことに夢中だった
それでもいい
今こうして夢から覚めて
バスに揺られて
あのころ見なかったものを
見ることができるなら


「Booby Trap」 29 2001・12掲載
<詩><女友達4>「バスに揺られて」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示
tubu<詩><女友達5>耳に舌を(関富士子)<詩>水門を閉める男(関富士子)


 

<女友達5>


耳に舌を

夏の夕方の空気はとろとろで
濁ったプールの底を歩いているみたい
教室でわたしたちは一日じゅう汗ばんでいた
西の空はガラスの塵で傷ついている
  カレシができたんだって?
彼女がのぞきこんでくるので
  あんたに関係ない
彼女はふふんと笑った
信じらんないというふうで
  そいつはあんたにキスでもしたの
爪の付け根のささくれに
黄色い血が滲んでいる
  うん、耳にね
すると鼻にしわを寄せて
  耳ならあたしのほうが
と舌を出してみせる
  ばかね、髭がいいのよ
笑うかと思ったら
彼女は悔しそうにうつむく
みるみる瞳が潤んでくる
  耳だけなの?
  ふん、まさか
  
いい気味だ
これでわかった
自転車が猛スピードで通りすぎる
わたしたちは寄りそう
彼女の舌がどんなに熱いかを知っている
わたしの耳元でいつもささやくから
  クーピークレヨン折れちゃった
  早くしてよ、のろま
  艱難汝を玉にす
きれいな舌をひらひらさせ
目を細めて見張っている
今ならわたしはできる
彼女の前に立ちはだかって
うつむいた目を上げさせ
その耳を
なめることも


<詩><女友達5>「耳に舌を」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>絵暦さくら印の日に(関富士子)<詩><女友達4>バスに揺られて(関富士子)

 

絵暦さくら印の日に


  
麗ら春分のこの墓地へ
ま後ろに淡い影を連れて
檪の疎林をぬけて来る人々
声が音速で先に着く
清音のひびきが波形に伝わり
くぼんだ瞼をふるわせる
膝着いて祈る人のそばで
あたらしい黒土をなめている
幼ない人の喜びの声だ
いつか死すべき者の印を
その健やかな身体にしるせよ
高曇りの奥から一瞬のイナズマが
朗らかな小さい額をつらぬいて
鋭く感光するのを見たか
のこりの命日が今刻まれた
額に触れてはならない
あれは枯葉の影が映っただけ
囚われた身体から喃語がひびき
沢の濁音とともに歌っている
ママヨ マアマヨ マムマア マムマアヨ
空耳の伝播するところまで
立つ夏は雲印 分け秋は月印 至る冬は星印
賑やかな死者たちの絵暦の
祭日さくら印をめくると
人々の額にあおぐろく顕れる
かれらは死すべき者として
春の疎林をぬけて帰って行く
<詩>「絵暦さくら印の日に」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>(「ひこうき」連作)ひこうき(奥野雅子)
<詩><女友達5>耳に舌を(関富士子)
<詩>水門を閉める男(関富士子)
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