水門を閉める男
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| | 川の水かさが増していた
| | 遊歩道で雨にあって
| | 親水公園の橋の下に駆けこんだ
| | アーチのかげは広い石段で
| | 水辺まで降りていく
| | ゆうべの花火の燃えさしや煙草の吸殻
| | 辺りにはだれもいない
| | 石段の三段目まで冠水している
| | 髪を拭いているうちに四段目へ
| | 少しずつ水位が上がる
| | 雨はいよいよ強くなる
| | 速い流れが川底をえぐり
| | 淵はみるまにふくらんで盛り上がり
| | 静かな舌のような先端が
| | 石段を水浸しにする
| | 見とれているうちに足元まで来る
| | 一段ずつあとじさる
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| | 向こう岸の土手を歩いている男
| | 黒い重そうな合羽を着ている
| | 雨の日の川辺でときどき見かける
| | 今は下流へ向かっている
| | 蛇行の終わった早瀬の辺りに
| | 青いペンキを塗った水門が二つ
| | 川の両側に突き出ている
| | すぐ下流にはオレンジ色の水門
| | 左岸と右岸にかすんで見える
| | 水門に番人がいるのか知らない
| | でもきっとあの男だと思う
| | 落とし口が閉まっているのを見たことがないが
| | 男は今
| | 草で滑る土手を忙しく往復し
| | 水門に刻まれる水位を見張っているのか
| | どこまで上がったら閉めるのだろう
| | 六段目に立つわたしの
| | 胸か喉のあたり
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| | 水が住宅地の排水路に逆流する前に
| | 扉は閉ざされねばならない
| | 青い水門のうえに青い大きなハンドルが付いている
| | 男が決心して両手をかけると
| | 豪雨が帽子のつばを激しく叩くだろう
| | ゴム引きの合羽がぬらぬらと光る
| | 男は顔をゆがませてハンドルを回すだろう
| | 鋼鉄のバネがきしみながら扉を降ろしていく
| | その響きが橋の下まで聞こえる
| | 落とし口が閉ざされた
| | 濁流が行き場を失い渦を巻く
| | それが終わったらオレンジ色の水門へ
| | 上流から順に進んで
| | 小さな橋を渡って左岸から右岸へ
| | 青い水門の青いハンドル
| | オレンジ色の水門のオレンジ色のハンドル
| | 右岸から左岸へ
| | 何度も橋を往復しながら
| | もっと下流へ
| | 水門はいくつあるのだろう
| | つぎつぎに出口を閉ざされて
| | 水はやがて堤防いっぱいに満ち
| | 橋を越え
| | 氾濫するのだ |
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