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夢のつづきの駅
夢のなかでわたしは電車を待っている。 いつも、寝ぼうしたり時間をまちがえたり して、乗り逃がしてしまうのに、 その夢ではめずらしくまにあって、電車の ドアーのあいだにすべりこんだ。 時刻は夕方。吊り革につかまって揺られて いる、わたしのとなりにいるのは、はるか昔 のともだち。会わなくなってから長い時間が たつのに、ふつうに、笑いながら話をしてい る。 そうしているうち、小学生の時に好きだっ た男の子が、電車に乗ってくる。むこうはわ たしたちに気づいていない。昔とおなじよう にパサパサしたながい前髪で、会社員らしい 紺のスーツを着ている。彼はすぐ次の駅で電 車を降りようとする。私が彼に話しかけたそ うにしていたのに友だちが気づいてくれて、 友だちが「私たちもいっしょに降りる?」と 言ってくれる。 電車の駅は深い地下。私たちは彼を追い、 エスカレーターに乗って地上出口から出る。 あたりを見わたすと彼のすがたはもうない。 が、彼は会社の帰り、というふうだったので、 きっとこの近くに住んでいるにちがいない。 電話をかけて彼の家をきいてみよう。それか ら彼を訪ねてみよう。 友だちといっしょに電話ボックスにはいり、 ぶ厚い電話帳のページをめくってみるけれど、 彼の名前はない。そのとき、友だちが、手帳 に彼の電話番号が書いてあるかもしれない、 と言い出した。彼女は鞄の中身をさぐりはじ める。手のひらのうえで花模様の古いアドレ ス帳を一ページ、一ページとめくっていく… あった! 友だちはなんだかすごくうれしそう。クス クス笑いながら、卒業してからハガキをくれ たから、その時メモしておいたんだった、と 言う。私には、ハガキくれなかったんだけど な。 私が電話して、彼が電話に出る。彼はすん なりじぶんの家がある場所を教えてくれ、家 で待っているから、と言ってくれた。昔とち がって低い声が、なんだかとても意味ありげ だった。 友だちと二人で彼の家に向かうと、彼は、 家の前にある広い公園に立っていた。 彼を見た瞬間、どういうわけか私の脳裏に、 玄関から、洗濯物の入った乾燥機まで、映像 がくっきり浮かんだ。 公園の桜の花は赤い萼だけになって、花び らを地面に散らしている。夜なのに、白い花 びらが、地面に浮きあがってみえた。 結婚したんだ、と、彼が言う。妻が家にい るからきょうはやっぱりだめだ。 野菜と卵と牛乳の入った冷蔵庫。 私が、話そうと思って用意していた言葉は、 もうない。 友だちは、彼はひどい人ね、と囁いた。せ っかく訪ねてきた私たちに、こんなこと言う なんてね。 彼はもういない。 駅までのきつい坂道を私たちは無言でのぼ っていく。暗闇のなかで商店の灯が温かい。 店頭でおそうざいの湯気がたっている。いつ か私たちは、あれがおいしそう、これがおい しそう、なんて話しだしていた。友だちはさ っきまでの出来事をすっかり忘れてしまった みたいに楽しそうに話しかけてくる。 ふたたび二人で深い地下鉄の駅に下りると き、エスカレーターの上で、私は、さっきの 公園のさらに奥のところまで、引きかえして いた。 (彼は小学生のとき、なかなかコンパスがう まく使えなかった私に、放課後ひとりで残っ て、使い方を教えてくれたんだ。) 帰り路、こうしてみると深い洞穴みたい。 もし二人でなかったら、ほんとうにこわかっ たと思う。電車が来て友だちと乗る。友だち とはみっつかよっつ先の駅で別れることにな っている。 (みんなはそとで遊んでて、はしゃぎ声が教 室のなかまで聞こえてきてたのに。彼は私が 上手に丸を描けるまで、ずっとついててくれ たんだった。) プラットホームでベルが鳴りつづけている。 毎日、聞き慣れている音だ。 いままで気がつかなかったけど、なんだか この駅では、とても澄んだ音で聞えてくる。 家に帰っても、きょうはもう洗濯する時間 がないかもしれない。
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ひこうき
教室の窓から、葉の落ちたポプラを 観察する ノートのうえに描きとめる こまかく 枝のわかれる部分の樹皮のはがれまで こまかく、細部まで 眼の疲れがとれたら、 机の下で 編物のつづきをやる 「いまどこを読んでいたかわかりますか? 気がつくと 私のそばに立っている先生がいて 「いまの文章をくりかえして読みなさい 困った顔をして 耳許で 声を高めて英文を朗読する 私は なるべく正確に アルファベットを発音しようと努力する 私のよそ見を忘れて 先生、 授業に集中してほしい 私は 淡いピンクのモヘアに どんな色をたそうかと 考えなくてはいられないのですが 放課後の時間になったら 音楽室に行かなければならない 今度は メトロノームの速度にあわせて練習する いつからか 好きで入った部活動が そういうふうに決められている このまま帰ったら 明日の朝 先輩に楽器庫まで呼び出される なにも考えずに 規則ただしく 生活できない 楽器庫に呼び出されているあいだに 私は あいた換気窓の隙間から、 校舎の裏に 授業でいらなくなったプリントで 紙ひこうきつくって とばした 急速度つけてすすんで ちょっとためらってから 芝生のうえに吸いこまれていく そのかっこうが楽しくて いくつもいくつも ひこうきをつくって とばした ぐうぜん楽器をとりにきた友人が ノッてきて 紙吹雪をつくった 裏庭にたくさんのひこうきが 芝生に着陸 白い機首をそろえて ならんでいる そのあいまに 紙吹雪は 目まぐるしく 舞いおちる こんなことでだけ 私たちは ゆるされている 風が吹いて あせた緑色の芝生が揺れ 紙吹雪がもういちど舞いあがる 捨てられた空き缶が 不規則にぶつかりながらころがっていく 私たち呼び出されるだろうか また明日も ひこうきが機体をゆらす だれが決めたことでもなく 私たちがやりたかった遊び こんな裏庭からでも きっとこれから 私たち ちいさな離陸をはじめる
屋上
下のほうが灰色に濁っている 都心の空の底で 私たちの 帰り道は 河川と 道路にそって黒く蛇行する どこにも行きつかないようでいて 夜には 部屋のベッドで眠っている 家に帰るまでの途中 学校の屋上は空がすこしだけひろく 街をよこぎっていく川を 見下ろせる 学校の屋上 いつまででもいられて 誰にも見つけられない場所 ぽっかりとした空を 仰向いて 無意味に見上げれば 空の底の薄暗い教室で 先輩に言われるままに 練習していた毎日は 誰のもの 重たい楽器に引きずられて となりの中学校まで通っても おたがいのレベルを合わせましょうなんて つらくて 楽器の音がかすれてくる 外はこんなに 雲ひとつなく晴れているというのに 部活やめます と言ったら 部活をつづけていても 希望の学校に受かっている先輩もいるのよ ちがうんです と言いたかのにった はい と答えてしまったから 窓のむこうで消えてゆく ひこうき雲のはやさであっけなく からっぽの心だけが落下してゆく 見たことのない真剣さで 芯のふるえる ひとりの女性の声で 先生はひたむきに問いかけて くれている いっしょに 退部願を出した友だちは 泣いている なんとか説明してあげたい と思いながら どうして 私 私たち ふたりで やめるのか それすらも 説明できない 屋上では夕方の冷たい風が吹いている コンクリートの床に鞄を投げ出す 私たちのほかにも 何人か男子学生がいて 私たちと顔をあわせないように 水道タンクの陰にすわって グランドを見下ろして笑っている 楽器の練習をするかわりに ぼんやりしていると ロングトーンの音が 耳の奥に聞こえてくる 夕陽のあいまいな色が 目のまえに せまって くらくらする 無数の楽器の音が 膨らんで沁みる 天に向かって捧げる コラール 響き合って てのひらに汗が滲んでくる 地上より すこしだけひろい空が 私たちのうえで くれてゆく <先生、 ちがうんです> 屋上の気温は急速にさがってゆく 私たちの体温だけでは コンクリートは 温まらない 屋上のはし 鉄柵の上に 金星が光り 昼間は忘れられていた 月と 星々が 深い闇をたたえた 宇宙の形に ひろがっていこうとするのを 黙って ただ ながめながら 私たち いつまでこうしていたら 帰る時間になるかなあ
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