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| しゃがんでいました | 
| 空に鉄塔がそびえて列をなす | 
| 送電線が唸り草が揺れているところ | 
| 線路と田圃と野原と川と二本の用水路を横切って遠くまで | 
| 耳がきんきんして光と風をよけられない | 
| わたしは影をさがしました | 
| 川の向こう | 
| 大きく枝を張ってよく茂った一本の木が立っている | 
| 土手にくっきりした影がある | 
| しゃがんだまま上体を横にかがめ膝のあたりで首をねじって | 
| その木を見ていた | 
| 後ろからクラクションが鳴って車が道幅いっぱいに迫り | 
| わたしを見下ろす人がいる | 
| ――通り抜けられますか。 | 
| うなずいて行ってしまうのを待っていると | 
| 川の方ではなく道のわきのぜんたいが荒れて乾いた風景に | 
| 先が三角の黄色い房が重く傾いでいる | 
| その奥に板張りの通路が見える | 
| マコモやアシやカルカヤが覆いかぶさるほどに生えて | 
| 影がある | 
| 木道は丸太に支えられた人の幅ほどの高床で分岐しながら続く | 
| そこは干上がりかけた湿地で | 
| わたしはどんどん奥へ進みました | 
| 風はやんで光が重く草の影は濃く伸びたり縮んだり | 
| もう車も人も来ない蜂の羽音しか聞こえない | 
| 立ち止まるとぐらぐら揺れてそのまま尻と手をついた | 
| 板はあたたかく灰色に乾いている | 
| 茂った草の上にさっきの木のこんもりした先が見える | 
| その上に青空と鉄塔が見える | 
| 急に眠くなって目を開けていられません | 
| 草の影の中に寝そべって足を投げ出す | 
| 光が漏れてまぶたの上でちらちらする | 
| 腹が温まり顎が反って喉が無防備に伸びると | 
| 錘のついた腸のくびれがほどける形になるのがわかる | 
| 蜂の羽音と思ったが | 
| 聞こえるのは低くたどたどしい声のようだ | 
| あなたは さかな | 
| やわらかな はだか | 
| はらわたが あまやか | 
| だから まだ なかま | 
| あたま はな かた はら また あな | 
| なまあざ あからさま | 
| さかさまな からだ | 
| ただ あなたは かな… | 
| 眠るわたしのそばを泳ぐ人がすりぬけていく | 
| 歌いながら長く伸びた喉 みずかきを広げ耳を閉じて | 
| 足くびをつかまれないように絶え間なく揺らして | 
| つぎつぎに波のように通り過ぎ | 
| あ音だけの歌が聞こえる | 
| さかさまな からだ | 
| ただ あなたは かな… | 
| 湿地にはいつのまにか水がたたえられて | 
| 草が水の底に沈んでたくさんの気泡が上がってくる | 
| 泳ぎたい泳ごうとしてもがいた手足が動かない | 
| 腹の中で熱い金属の液体が揺れるばかりで | 
| 船に酔ったように板から身をのりだして両腕を垂らして | 
| 湿地の泥に吐こうとしたようだ | 
| 苦しまぎれにここを先途と | 
| 叫んだ | 
| ただ あなたは かなしい | 
| 擦るような乾いた音しか出ない喉がからから | 
| それからあきらめてほんとうに眠った | 
| 軽いいびきをかいたようだ | 
| 目を開くとわたしは影を失って光の中に | 
| 横たわっていました |