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vol.25

関富士子の詩 vol.25
作品一覧・著者紹介(せき ふじこ)
スネーク通りの11月1-6 7-13 14-21 22-27 28-30   影をさがす
 

スネーク通りの11月


  
  
カフェテラスの日だまりに
老婦人とテリアが座っている
一方は椅子に
一方はその足元に
すぐ前を人々が往来する
一方のまぶたは閉じられ
一方は見開かれてまばたきもしない
  
  
  
胸と背中に付いた
黄色いぴかぴかの太いバッテンは
どこででも目立つ
電気工事人は今
アームの先の箱に乗りこみ
電柱のてっぺんに運ばれていく
  
  
  
今年最後の茄子が売られている
無人の販売所の籠の中
ごろごろと膨れた腹に
たくさんの小さなひび割れ
種が弾けそうに詰まっているのだ
  
  
  
暮れたばかりの藍色
空のあちこちから
パンパンと破裂音が響く
高架線路の上に
季節外れの明るい打ち上げ花火
学園祭の最終日
  
  
  
歓声が聞こえる
みんな橋の上に並んで
両腕を上げている
指先を合わせて輪を作ったり
腕を交差したり広げたり
ぴょんぴょん跳ねる子もいる
流れがきらめいて
橋の影をくっきりと映す
その手すりから
いくつもの小さな頭と
腕の長い影
輪になったり伸びたり
ぐにゃぐにゃ揺れたり
  
  
  
「ママ」
見上げると
駅の階段を昇りきったところに
幼い子がひとりで立っている
ママ?
人々が不安な視線をいくつも交わして
階段を昇っていき
手を差し延べようとする長い数秒より早く
あおざめたママが
まっすぐに駆けてきて
その子を抱きしめる



  
  
詩人は
扉を開け放ち
指を青に浸して
擦りガラスに水文字を記した
読者が扉を開くたびに
青が流れこんで
ページを水浸しにした
  
  
  
道に迷った
途方にくれて地図を見た
出発点で右と左を間違えていた
目的地は
現在地と出発点との対角線上にあり
わたしが歩いた道のりは
鏡の世界のように
逆方向へと折れ曲がった
  
  
  
犯人は逃走する
一号館から二号館へ
サッカーグランドから図書館へ
研究室から学生ホールへ
彼は任意の3地点に
証拠を遺留しなければならない
ケースを割ったハンマー
奪われたダイヤモンドの原石
血染めの皮手袋
探偵は追う
キャンパスの隅から隅まで
三つの遺留品を発見しながら
両者とも構内から出てはならない
  
  
10
  
丘の頂きに至るための
たくさんの放射状の道
交わりながら
波紋のように重なる同心円の道
それらは一点に向かって集約して
くねくねしていない
スネーク通りのようには
  
  
11
  
ジャグジープールの片隅で
二人は出会った
ハンサムなおじいさんと
きれいなおばあさんは
ヴィーナス生誕の泡にかこまれて
ただうっとりするばかりだった
  
  
12
  
人々は語る
孤独なヌートリアのことを
故郷の南アメリカの河に茂る
草のことを
ヌートリアは語らない
濡れてごわついた毛皮を振るいながら
長い二本の前歯で
畑のさつまいもを齧っている
  
  
13
  
彼の二の腕から
まるい筋肉が浮きあがる
それらはふだん皮膚の中に隠れているが
彼女の上にかがんで
じぶんの体を支えるときに
小さな鼠のように
現れてさっと動く
彼女はそれを見るのが好きだ



  
14
  
坂のとちゅうから見えた
北の森のぎざぎざがいつのまにか消えて
空に
六本のクレーンが突き立っている
巨人の両腕が
木々をなぎ倒したのだ
そこにはやがて
鉄でできた
千のドアが運ばれてくるだろう
  
  
15
  
大通りを南へ進み
三つめの十字路を西へ曲がり
まっすぐ行けば着きます
でもそれより
スネーク通りをくねくねと
歩いたらどう?
いつのまにか
そこはあなたの目的地です
  
  
17
  
椰子の木のポーズ
背伸びをして骨盤を右ひだりと
交互に動かす
腕を上げて手の指を全部曲げ
空を引っかく
ヤシ ヤシ と叫ぶ
  
  
18
  
ベルタワーの三つの鐘が同時に鳴り響いて
チャペルの扉が開いている
「どなたでもご自由にお入りください」
わたしが誰であっても
拒まれない場所で
神を賛える歌を聞く
  
  
19
  
古ぼけたビルの4階の踊り場から
窓を開けると
夕焼け空に高層マンションが二つ
くっきりと黒くそびえて
それらのあいだに
よく見て
淡い影のようなかすかな丸い隆起
山が
遠く小さく
挟まっている
あの山の名まえを
知りたいんです
  
  
20
  
菊が
おおぜいでだらしなく
雑魚寝の朝の女たちのように
ふざけて笑いながら
咲いていて
小菊や大菊
無造作に棒を立てたような粗い垣根に
しなだれたり倒れたり
花びらがひどく散らかって
香りが惜しげもなく
通りまで漂うので
路地に入るのを
ちょっとためらう
  
  
21
  
明け方
天使と格闘して
何度もきつく抱かれて
わきの下に近い腕の内側の
やわらかいところを
強く吸われた
痛いのをがまんしながら
きっと跡がつく
と思ったが
目覚めると
からだには何も残っていない
シーツをはがすとき
羽がいちまい
落ちただけ



  
22
  
円形花壇に日が暮れると
異国のバイオリン弾きの
真っ白な手が
浮かび上がる
もの悲しい音色が静かに流れる
人々は少しのあいだ立ち止って
聴きいる
心を打ち明けるように
ためらいながら歩みより
バイオリンケースにコインを入れて
立ち去る
  
  
23
  
冷たい風が吹く
バイオリンを弾く細い指は
かじかんでいないだろうか
曲が終わって頭を下げる
握手を求める人
彼はほほえんで
弓をわきに挟み
その手を温めてもらう
  
  
24
  
両腕を耳につけてまっすぐ
うつぶせの蹴伸びから
一方の腕を伸ばしたまま
片方は水をかいてわき腹に沿わせ
からだ全体を静かに横に向ける
そっと力を抜いて
右の目が隣のコースの泳ぐ人を見る
左は水中で蹴る足を見る
耳の中でがさがさ音がする
なぜだろう
口は大きく開いているのに
空気が入ってこない
水がどっとなだれこむ
  
  
25
  
花が終わりかけたら
刈り取って窓辺に三日置く
しんなりしたら
枕カバーの中に入れる
草は甘く香り続ける
胸苦しい寝返りのたびに
乾いていく
七つの夜のあいだに
ぺちゃんこになる
取り出して
冬越しの鉢の根元に敷く
  
  
26
  
丸く切りそろえられて
円筒形に並んだ垣根に
誰が結んだのか
ピンクや白のリボンがいっぱいついて
木枯らしに揺れる
結びめが固くて
いつまでも散らない
  
  
27
  
崩壊したまぶた
瞳が半分隠れている
のぞきこもうとすると
彼は恥ずかしそうに
白目を剥いた
ブラインドはすっかり降りた



  
28
  
川から羽虫がきりもなくわいて
群れになって顔にぶつかる
わたしがヨタカだったらおなかがいっぱいだが
帽子をかぶって
大きなサングラスをかけて
口をしっかり閉じて
虫の群れの中を歩く
  
  
29
  
松葉杖をついた人は
すっかり裸だった
彼女の片脚は
付け根からなかった
濡れたタイルの上を
まっすぐな姿勢で
音もたてずに歩いた
傷は滑らかに治癒していた
腰の骨がわずかに上下して
露わな性器を
陰毛が柔らかく包んでいた
その向こうに長い一本の脚が伸びて
鍛えられた太ももとふくらはぎの筋肉が
ゆるやかに連動して動いた
彼女はそのように
わたしの前を進んでいった
  
  
30
  
市民霊園の崖の下は
昼なお暗く
流れ落ちる水で
いちめん水びたしだ
土手を滑りながら
フェンスにすがると
看板がある
「立ち入らないでください」
霊園の住人が警告している
今は立ち入らない




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tubu<詩>影をさがす(関富士子)


影をさがす


しゃがんでいました
空に鉄塔がそびえて列をなす
送電線が唸り草が揺れているところ
線路と田圃と野原と川と二本の用水路を横切って遠くまで
耳がきんきんして光と風をよけられない
わたしは影をさがしました
川の向こう
大きく枝を張ってよく茂った一本の木が立っている
土手にくっきりした影がある
しゃがんだまま上体を横にかがめ膝のあたりで首をねじって
その木を見ていた
後ろからクラクションが鳴って車が道幅いっぱいに迫り
わたしを見下ろす人がいる
――通り抜けられますか。
うなずいて行ってしまうのを待っていると
川の方ではなく道のわきのぜんたいが荒れて乾いた風景に
先が三角の黄色い房が重く傾いでいる
その奥に板張りの通路が見える
マコモやアシやカルカヤが覆いかぶさるほどに生えて
影がある
木道は丸太に支えられた人の幅ほどの高床で分岐しながら続く
そこは干上がりかけた湿地で
わたしはどんどん奥へ進みました
風はやんで光が重く草の影は濃く伸びたり縮んだり
もう車も人も来ない蜂の羽音しか聞こえない
立ち止まるとぐらぐら揺れてそのまま尻と手をついた
板はあたたかく灰色に乾いている
茂った草の上にさっきの木のこんもりした先が見える
その上に青空と鉄塔が見える
急に眠くなって目を開けていられません
草の影の中に寝そべって足を投げ出す
光が漏れてまぶたの上でちらちらする
腹が温まり顎が反って喉が無防備に伸びると
錘のついた腸のくびれがほどける形になるのがわかる
蜂の羽音と思ったが
聞こえるのは低くたどたどしい声のようだ
  あなたは さかな 
  やわらかな はだか 
  はらわたが あまやか  
  だから まだ なかま
  あたま はな かた はら また あな  
  なまあざ あからさま 
  さかさまな からだ 
  ただ あなたは かな…
眠るわたしのそばを泳ぐ人がすりぬけていく
歌いながら長く伸びた喉 みずかきを広げ耳を閉じて
足くびをつかまれないように絶え間なく揺らして
つぎつぎに波のように通り過ぎ
あ音だけの歌が聞こえる
  さかさまな からだ 
  ただ あなたは かな…
湿地にはいつのまにか水がたたえられて
草が水の底に沈んでたくさんの気泡が上がってくる
泳ぎたい泳ごうとしてもがいた手足が動かない
腹の中で熱い金属の液体が揺れるばかりで
船に酔ったように板から身をのりだして両腕を垂らして
湿地の泥に吐こうとしたようだ
苦しまぎれにここを先途と
叫んだ
  ただ あなたは かなしい
擦るような乾いた音しか出ない喉がからから
それからあきらめてほんとうに眠った
軽いいびきをかいたようだ
目を開くとわたしは影を失って光の中に
横たわっていました

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tubu<詩>目の贈り物(山本楡美子)
<詩>スネーク通りの11月(関富士子)
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