
vol.25
<詩>影をさがす(関富士子)へ
目の贈り物
水の中の馬
借りる
目の贈り物
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| | 目が疲れた時に顔を両手で覆うと
| | 暗い網膜にセピア色の舞台がたつ
| | ランニングシャツや
| | フレアスカートの人が白く浮き出て
| | こちらを見ている
| | 犬も坐っている
| | 手をはなすと
| | 充血した目のまえに冬景色が広がっている
| | (ああ 雪だ あんなに激しく降って)
| | 今年はずいぶん早い――
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| | (彼はだれもいない部屋で長い間
| | (痩せた手で顔を覆っていた
| | (涙目に見られていたとわかると痛みを置いてはにかんだ
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| | 顔を覆うと網膜に人が立つ
| | 夏服を着ている
| | 水底の魚のようにゆらめいて
| | 次々と視界から消えていく
| | 遠い季節の反対側にいる人たちだ
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| | 手をはずすと (ああ 雪だ)
| | しんしんと降る
| | 変容 歌い手 すけた内臓 電車よ
| | 雪の路面電車が折り返すように
| | (ああ 雪だ
| | (ああ 夏の人だ
| | といっときに二つの季節を生きてしまった
| | この国にいながら別の国を悲しむように
| | なんていろいろなものを求めてしまうのだろう
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<詩>水の中の馬(山本楡美子)
水の中の馬
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| | ハルニレが
| | 川辺をはずむ
| | 馬のたてがみをなびかせて
| | 素足で振り返りもせず。
| | ケショウヤナギは
| | 風を抱いて
| | 長い声を吐きながら
| | 岸辺へ傾く。
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| | 川がゆく
| | いちめんの陽の屋根ごと
| | 響きを
| | 色や形に表わそうとして。
| | 川水はいちども形になれず
| | 辺りの苔藻に吸われ
| | 自生のイチイや
| | あなたの足元ににじみ出る。
| | あなたが触れたというしるしのように
| | 鉱物がいっぱい溶けた水は冷たい。
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| | コゴメヤナギは西へ歩き
| | せせらぎのなかに脚を入れ
| | 座礁した木船になったり
| | 水の中の馬になって
| | 色が洗われていく。
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| | あした
| | わたしの冬が来る
| | ヤナギやイチイは凍りきって口を閉ざすだろう。
| | それから何百日かして
| | また冬が来る
| | 最後の冬に聞かれたら
| | ヤナギやイチイはどの季節も好きだったと言わないだろうか。
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<詩>借りる(山本楡美子)
<詩>目の贈り物(山本楡美子)
借りる
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| | 床下の小人たちは
| | すべて人間のものを借りて暮らしている。
| | 家、服、くつ、ごはん、化粧品、寝具……
| | 彼らが借りていないのは家族、不安、危険、喜び、痛苦の感情……。
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| | 借り物ということだったらわたしも同じ
| | 第一に矩形の畑は市政に賃貸料を払っているのだから
| | 間違いなく借り物
| | 鋤や鍬も借り物
| | 土や空気だってわたしのものという保証はなにもない。
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| | 精霊とわたしたちの違うところは
| | 彼らは隠れて人間のものを無断拝借し
| | 借り住まいの意識を自他ともに認めていること
| | 暮らしに足りないところはない。
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| | 両親から生まれ
| | 彼らと同じように子供や大人の騒ぎに参加し
| | やがて彼らと同じように
| | いつしかものに対する執着はうすれ
| | それでも小さな庭は自分の所有する宇宙だと思い込み
| | カタツムリやホオジロを招き
| | 大雨でも小雨でもその到来を名づけて喜び
| | 縦横にわたる枝に日々変わっていくあなたの物語を読む。
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| | なんという偶然と
| | 大胆な放浪と死。
| | なんという青と白の歴史的な結末
| | 葉に浮かぶ顔々のなんという表情。
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| | きょう、 わたしは大きなビニール袋三つに木切れや葉っぱを集め
| | 四、五回にわたってひとにぎりずつの糠を加えた。
| | これから腐葉土になるまでの長い時間
| | だがなんという科学的変化
| | いつかかれらは葉や木ぎれではなくなり
| | 精霊と呼ばれるものになる。
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| | 夕暮れを過ぎて暗くなると
| | 精霊たちは両親の時代にもそうしたように
| | 草の髪をなでながら眠る。
| | わたしは彼らに遅れた時間帯で
| | 人間らしくふとんのなかで
| | とりとめのない考えをやめて暗い波間を漂泊する。 |
「床下の小人たち」はメアリー・ノートン著『床下の小人たち』より
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<詩>ヘラクレスの日(山本楡美子詩集『うたつぐみ』より)
<詩>水の中の馬(山本楡美子)へ
<詩>スネーク通りの11月(関富士子)

vol.25