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vol.9



 藤 富 保 男 の エ ッ セ イ 

藤富保男のエッセイの連載はこれでひとまず終わります。いつかまたお会いしましょう。



 no.10 宿題 机の上にあるもの

結局、いくつ

 待ち合わせとか、記録上の仕事などを除いて、平均して一日に何回時間を意識するか。何回時計を見るのか。別に数えてみた人はいないだろう。生活のリズムが一定のパターンで動いているときは、時計を見るタイミングもほぼ同じ時刻ごろのようである。朝の駅に着いたときとか、退社の前ごろとか、TVをつける頃合いなどが、その<時>だろう。時間の経過というのは音がするわけでなく、空気と同じである。

 このように書き出した理由は何か。ある日机に受かって何気なく置き時計を眺め、同時に腕時計を見て、一分の誤差があるのに気付いたとき、ふと変な動揺のような思惑を感じたことである。

 それでは、と思って引出しの中に放置してあるデジタルの腕時計を手にとる。二分進んでいる。ついでに机上の小さいラジオに付帯する時刻を見る。これが本当らしい。もう一つ思い出してペン立てのシャープペンスル――これは特殊で頭の部分に時間表示があるのだが――何とこれは止まったままで電池がなくなっている。さて、時計がいくつわが机のまわりで蠢動しているのかと、改めておどろいた。

 一人の人間が別に時間にふりまわされているのではない。時計はいつも見捨てられたように、見つめられたときだけ、数字に告知の輝きを放つように、こちらに合図をしているのにすぎない。しかし、なぜこんなに時計があるのだろう。僕が常時必要としている時計はこのうちどれだろうか。

 机を離れて別室をのぞきに行く。――時計が一つ、二つ、三つ、あそこにもう一つ、ヴィデオのデッキにはもちろん、何と電話器にも。

 今に皿にも、バターナイフにも時間表示が付くようになるのでは。殊によると、時計の形をした便器が出現したら、どうなるのだろうかと、真面目に尻のあたりを押えるのだ。






 no.9 宿題 涙

涙五つ

芭蕉が奥の細道の出立で詠んだ<行く春や鳥啼き魚の目は涙>は、その解釈でよく話題にのぼる。欧州への前途三千里の長旅を思い、離別の悲しみを魚鳥に託した句とされている。芭蕉は中国の詩に素養深く、古楽府(こがふ)の「魚河ヲ過ギテ泣ク、……」などが思い出されるが、芭蕉を見送る人々もただただ涙涙であったことは察してあまりある。魚に涙を想像したのは詩聖ならではのこと。今の千住でのことである。

千住といえば、南千住駅をおり山谷通りをしばらく行くと泪橋(なみだばし)という交差点に出る。昔は罪人はここで知己と涙の別れ。そして南千住駅のすぐ下の小塚原の刑場で処刑された。現在でもここはサンズイに目のナミダを使っている。この不況の最中そのすぐ先は山谷の労務者たちが昼間から、酒を涙とともにあふってたむろしている一帯である。

室町後期の僧で画家の雪舟は岡山の人。幼少の頃、修行中和尚に叱られ柱にくくりつけられ、足の親指を使い泣きながらこぼした涙でねずみを描いた、という逸話がある。あまりリアルに描いたので和尚は雪舟に画家になるようにすすめた。この話は小学校三年の読本で習ったことがある。雪舟の涙にはねずみ色の塗料がまじっていたのとちがうか。

イザナギのミコトがみそぎで、洗顔をすると左目から天照大神、右目から月読命が出現した、という話は古事記の上巻である。ポロッとコンタクト・レンズのように涙がこぼれた話。この超現実的な秘話を後世に伝え、今では本になっているからびっくりである。まあいい。荒唐無稽でナンセンスなのが神話のいいところである。

雀の涙。これは常套句であるが、誰がこの比喩を言い出したのか。雀の涎とか、雀の咳なんてしなかったのは何とも可愛い。
 蝶の涙というオハナシを御存じ? ナニ、知らないと! ぼくの童話の題だが、まだ書いてはいませんよ。






 no.8 宿題 一本

ひだり前

 ゴルフのクラブ、鋏付きの枝切り用の長い竿、野球のバットなど、少々長い棒を持つとき、ぼくの癖で左手が上で右手が下になる。てっとり早く言えば左利きの手の位置になるのである。幼時に左利きであった名残りで、これは棒類の持ち方に限ったことではない。

 他の例をあげると、自転車の場合、坂道で自転車を押してのぼるときも、右側に位置して押すし、当然乗るときも右からまたぐのである。
 ベルトをしめるときはベルトの尾(先端)を右の腰の方へ引っぱる。換言すると、左のパワーが強いからすべてそういう現象になるのがぼくの習性である。

 と言って、長い定規で線を引くとき、左利きの人に特有なやり方、すなわち右手に定規を持ち、鉛筆を左手に持ちかえて線を引くという、あの流儀はやらない。右利きであるからボールは右手で投げる。文字も右を使うのはもちろんである。

 ところで、われわれが中学生時代、体育の授業と別に剣道が必修であった。竹刀を持つという至って単純な所作でも、前述の通り僕は正当な右手が前で、左手がうしろになる握りがやりにくいし、第一打ちにくい。教官はひげのそそり立つ剣士。皆が掛け声とともに打ち合いをしている間じゅう、ひげは休むひまもなく、われわれの間を歩きまわって指南する。いや、怒鳴って怒り散らすのである。彼が背を向け彼方へ行くや、ぼくは左手が使えるように自己流に竹刀を持ちかえる。こうなるとチャンバラも手のもの、案外強かったのである。

 しかし、いよいよひげの範士の前での一対一の試合。これは剣道の時間の採点である。正規な握りをせねばならない。仕方なくギコチないが、右手に力を抜いて構えて……、次に目である。剣術は目で決まると宮本武蔵も言っている。次に足をずり寄せ打とう……とした瞬間、相手の一発はぼくの面を捕えた。範士の太い声、「一本!」。偽武蔵の剣道の評価は今の成績の表現でいえば、1であった。






 no.7 宿題 雪

雪に唄えば

 雪という文字はその昔は「 」(ウインドウズの単漢字検索に漢字がありません。ごめんなさい。「ヨ」の真ん中の横棒が突き出た形です。関)であった。戦後、文字簡略化が行われて、ヨになった。たった一ミリをけずってしまった。この字のもとは、あめかんむりの下に彗という字があったので、ヨではおかしいわけである。

 こんなことにイチイチ文句をつけていたら、キリがない。それより、あめかんむりの字で、雲・雷・霜・霧・露などは呼吸しているが、雹(ひょう)、霙(みぞれ)、霰(あられ)、霞(かすみ)などは常用漢字ではない、となっている。文部省が霞ヶ関にあるのに。

 あめかんむりに「電気」の電があるのは愉快で、これは申の原字は、いなびかりを示したことが記されている、と思ったら、「霊魂」の霊もあめかんむり。雨は農業に大切な恵みで、神の力にたよったことは故事によく見られる。神事を司るのは巫子(みこ)なので、その昔の字は巫が下についていた、ということらしい。まるで<風が吹くと桶屋がもうかる>式論法で、漢字のユーモラスな一面といってよさそうである。チャブ台のような恰好をした字なので、その台の上に雨が降ってくると霊魂があらわれる、なんていう解釈をしかねない。

 雪に話をもどそう。雪を書いて全く雪に関係がないのが雪隠、すなわち便所である。厠はもともと川屋、川便所であった。雪隠は中国の雪竇(せっちょう)禅師の名から出たとのことだが、寺では東司とも言う。まあこんなことは辞書によればよい。

 信州の山奥に行って小屋の便所を借りたときは、まさに川便所であった。要するに、便器のはるか下に川が流れている。高所恐怖症の人なら出るものも出なくなる高さであった。またアラブ人街を歩いていて、急に便所へ行きたくなった時はスリルであった。男用も女用もアラビア文字が読めない。急いで入ったが、穴の上にしゃがむだけであった。ウヘ!




 no.6 宿題 押す

押す

 その昔といってもランプよりも以後、電燈の傘のところでひねると明るくなった電気は、いつの間にか壁にあるスウィッチを押す仕組になって久しい。マッチで紙に火をつけて薪を使って沸かした風呂はなくなり、ガス器具も人差指一本の圧力で温かくなる。電話をかけるのに数字の部分に指を入れて数字盤をくすぐる器具もあるが、今は押しボタン式のものが多くなった。ジュースでも、雑誌でもヴェンダアが出来て、おかねを入れ指定のところを押すと、のぞむ品物が出てくるようになった。そうこうするうちに金融機関にも暗証番号とカードで、希望金額を指先一本で何回か押すと、たちまち現金が出てくる。

 ひねる、まわす、という操作は、今や押すという文明に変ってきた。TVのリモコン、ワープロ、カセット・デッキなどなど数えたらきりがない。
 そもそも戦争がそうである。指定の位置を定めると、指先の押し一つで爆弾が落下し、悲劇が火と煙になった。こんなことは爆弾がミサイルに代っても半世紀前からのことである。

 たまたま、われわれ人間には<食べる>、<着る>という生命を守る行為が必要であるが、よく考えてみるとおもしろいことに気が付くのである。
 口に食物を入れたり、身に衣服をつけるのに、この<押す>という動作がない。例えばパンを押す、とかシャツをプッシュするなどということがない。当り前のことであるが、何かホッとする話である。

 人間、衣食住に満ち足りると、知らず知らずに<押し>の渦巻きにまかれて行動し、ついには人を<押し>のけて行こうとする。
 この話そもそも押しつけがましい論理だがあまり嘘でもない、と思っている。
 生活の方式が人間のあり方を、便利という名の魔の方向にむかわせているのではないか。




 no.5 宿題 樹

黒い樹

 ぼくがセントラル・パークをはじめて訪れたのは、ある年の十月下旬であった。もちろん緯度が違うから日本より冷え込む。ルーベン・サンドウイッチという鬼が食べるような巨大なサンドウィッチを食べて、セントラル・パークをぶらりと歩いた。木々の間に池や広い芝の広場があり、樹が何本もある。ふと立ち止まった。なぜか後ろが気になる。別に怪しい人間がいるわけではない。けど何かの気配がするのである。<気配>というのは何か神秘の膜である。
 なんだ、と180度振りむく。いた! まさにあれだ。大きな樹のかげに1匹のリス。

 たしかにリスが多い。アメリカ合衆国では人々は全く珍しがらない。大学のキャンパスの中を伊賀か甲賀のワッパのように走って行くリスたち。学生の口からこぼれたハンバーガーをすっとくわえて……。木の実を両手でしっかり持って……。

 樹にはたいていリスがひそんでいる。
 ところでぼくはミュージカルというのはどうも食わず嫌いであるが、その日の1枚の切符がとれた、という友人の誘いでブロードウエイにミュージカルを観に行ったことがある。今思い出そうとしても、付き合い程度の気分だったので、何という題の音楽騒ぎだったかすっかり忘れてしまった。

 芝居がはねると、夜十時半。友と別れてさてホテルへ行くわけだが、歩けば30分。安全はタクシー。しかし地下鉄に乗ることにした。9時過ぎはデインジャラス・タイム(危険時間)である。まあ乗って行け。車内は目と目と目と目が突きささる。要するに油断できない風景である。日本人はぼく一人。形相の悪いオヤジ。イカレた青年。黒い人たちだけである。

 とにかく目的駅で下車して階段を登った。やっと地上へ出た。出たとたん大きな樹がそこにある。黒くて太い樹だ。見上げるほどの黒人の大男が立っていた。脇をリスのようにすりぬけ、走っっっっっった。




 no.4 宿題 好き嫌い

我憎怨仕り候



管弦楽効果の巨大化をねらい、強烈な音の束をブチ撒き散らすリヒアルト・ワグナーという作曲家――Wagner.ドイツ語では、Wagenbauer(車大工)という意味もある姓で、このことは安西冬衛氏も書いている。ベートウベンに影響を受けたといって、ナンダあの仰々しい音響ヒステリィ。あれは嫌い。

電話で話しをしていると、「ちょっと待って下さい。今どこからかもう一つ電話の割り込みがかかっているので……」というあの電話。失礼にもホドがある。そういう家には二度と電話をかけない。

昭和52年(1977年)の『広辞苑第二版』には「カラオケ」という語は出ていないが、昭和58年(1983年)の第三版以後からこの語が登場している。「カラオケ」がなぜそんなに話題になるのか、人にも聞けず聞き流していた。そんな初期の頃、ある旅館の広間に行って、これが!と唸ってしまったのだ。風呂屋のカラの桶ではなかったのをはじめて知った。その装置の横で歌っているイモムシ野郎!

一緒にいる人が、何かの瞬間に、「書くもの貸してくれません?」あれが嫌いだ。持っていても絶対に貸してやる気がしない。ああいう神経の持ち主の気持ちが知れない。ぼくはポケットに10円しか持っていない時でも、鉛筆だけは必ず一本持っている。

何回もその都度毎に、用字用語辞典を引く文字がある。ぼくのニガ手なのを挙げると、「挨拶」だったか「拶挨」だったか忘れたり「加減」か「加滅」か一時迷ったりするのである。「沈黙」という易しい字ですら「黙」が長い間書けなかった。犬か太かフラッと考えてしまうのである。あれを黒い犬とおぼえてしまって、何でもなくなったことがある。しかし、しかしである。こうやって迷う字と嫌いな字は重なる。一番嫌いな字は「ため」の漢字。むかしは「爲」であった。これが今何とカッコウの悪い字になったことだろう。




(藤富保男さんのコメント) ぼくの原稿、もうこのように明るみに出てしまったのですね。恥ずかしい次第。もう少しマジメに書けばよかったと思っています。次々と何が出てくるか、ぼくの方、控えは押入れの中。ですからこれを見るのが大スリルです。
インターネットという利器の出現により、ウォーターマンとかパーカーという銘柄品目が何となく前世紀の遺物になってきました。お宅の利器の中にフジトミ氏が小さく丸くなってアンパンマンのように入っていると想像すると、我ながらおかしくなります。



「藤富保男のエッセイ」は週一回の連載です。お楽しみに。

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