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vol.14

野原を行く

               関 富士子

  
そのとき重い花房がいっせいに揺れた
やあ、と声がして振り返ると
詩人が
満開のセイダカアワダチソウの中に立っていた
肩にリュックをひっかけただけで
釣竿も持たずに
眩しい日差しを浴びて
圧倒的な黄色のなかで
詩人の姿が一瞬透きとおった
それからわたしたちは
コセンダングサやイヌタデやヒルガオの咲く野原を歩いた
  
  
夜勤明けの詩人はちょっと疲れているようだ
彼は労働者でもあるのだ
ちょっと疲れているぐらいがちょうどいいのさ
今日は釣りはしない
詩人に会いに来た
長いこと詩人に会っていなかった
いろいろあったから
(詩人ってわたしのことだろうか)
ニシワキの詩には植物がいっぱい出てくるね
野草の名前も偉い文学者の名もいっしょくたなんだ
草や虫に目がいくのは
生命力が落ちかけているから
下を向いて歩くようになる
でもそれで見えてくるものもあるよ
  
  
わたしたちは下を向いて歩いた
シロチョウもタテハも飛んでいる
頭まで真っ赤なアカトンボ
詩人は書いたっけ
  赤いトンボをみても
  アカトンボとはかぎらない*
芋虫はちょっとね 甲虫は大好きだ
図鑑を持ってくればよかったな
詩人はこのごろわけもなく憂鬱になるという
更年期障害かもしれないって
女みたいだね
彼はいい男である
何でもないように笑っている詩人の憂鬱
  
  
たくさんの蜂がセイダカアワダチソウに潜って
蜜を集めていた
虫媒花なんだ
花粉症になるなんて嘘だよ
人間が持ちこんだのさ
線路に沿って日本じゅうに広がったんだ
セイダカアワダチソウの群落を
巣箱を背負った一人の蜂飼いが行くのが見える
彼の回りを何千という蜜蜂が飛ぶ
最初の種を蒔いたかもしれない
どこかの養蜂業者のこと
  
  
野原を風が行く
アキノノゲシやイノコヅチやヨモギを揺らす
草ぐさはそれぞれの種をこぼす
光が詩人の片頬を照らしている
この実は何だろう
彼がさしている指の先に
枯れかけた茂みは明るく透けていく
枝やもつれた蔓があらわになる
そこには深い紫色の小さな実がついていて
光は蜜のように重くそれらを包んでいる
  
  
*中上哲夫詩集
『スウェーデン
 美人の
 金髪が
 緑色になる
 理由』
から「アカトンボ」より

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共寝



  
合歓の木が川に張り出して繁っているので
その全身が水に映る
頬を染める刷毛のような赤い房が
流れにきりなく落ちている
さねかずらが土手をおおって
日は明るく影は濃い
そこは何年も前に住んでいた家の近くの川で
小さい子供たちがザリガニ釣りをしていたのだが
今は誰もいない声も聞こえない 目覚めるときに
一晩じゅう川のほとりにいたようだ
せせらぎにやさしく洗われて満たされている
  
  
少し前まではちがった
男が毎晩やってきて朝までわたしを抱きしめた
わたしたちは抱き合いながら
口説いたりののしったりするらしかった
言葉はわからないがさまざまな感情に揺さぶられて
眠りながら泣いたり笑ったりした
目覚めると首や背中に抱擁の疲れが残っていて
快楽のあとのように存分に腰が重かった
やはりとても幸福だった
  
  
男が来なくなってから
合歓の木が現れる
一晩じゅうたえず見ている気がする
ときに日がかげり水に映る影はくろずむ
雲が晴れて小さな波がいくつも輝くこともある
なんと静かな合歓だろうか
ただいつまでも川面に花が落ちるのである

「Booby Trap」no.26 1999.3.15掲載

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tubu<詩>マーキング(嵯峨恵子)<詩>野原を行く(関富士子)
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