
vol.18
鳥たちはめぐっている
読書する人
紅タイルを採りに
鳥たちはめぐっている
すばらしい速さで |
鳥たちはめぐっている |
互いにぶつからず |
けっして離れず |
きついカーブを描くときは |
だれかの投げる網のように |
緩やかにゆがんで伸びちぢむ |
西の空では |
雲の薄いところが赤らんでいる |
|
わたしの頭上に |
直径百メートルの円を描く |
鳥の群れ |
公園の林の上から |
夏野菜の終わった畑を見下ろし |
温室ハウスの屋根 |
五階建の小さなビルの上 |
一定のめざましいスピードで |
ぎゃく時計回りに |
鳥たちはめぐっている |
わたしは小道を行こうとするが |
道は円に囲まれている |
五十羽ぐらいか |
彼らから目を離さない |
警告を受けるかもしれない |
|
温室ハウスの脇を抜けるとき |
ふと中を見た |
人がいて |
幾列も並んだ苗ポットにかがんで |
一つ一つ水をやっている |
ホースにつないだジョウロを捧げて |
柔らかく砕かれた水を |
苗に注いでいる |
その愛撫のような仕草に見とれて |
見知らぬ草の名を思い出そうとして |
|
気がつくと |
鳥たちはさっきより低いところを |
めぐっている |
五階建のビルをかすめて |
わたしの真上まで来ると |
灰色の翼と腹が見える |
あれはハトだとわかる |
重なり合った羽根の一本一本が全部透けて |
旋回するごとに明るくなって |
わたしの上で風が起こる |
縮めた脚先の三つに分かれた趾が |
曲がっている |
|
すると西の空が一瞬輝いて |
それが合図のように |
ビルの屋上へ |
数羽がぱらぱらと降りていった |
屋上の小さなプレハブの小屋 |
鳥たちはめぐりながら |
スレート葺きの屋根に並んでとまる |
小屋のそばにだれかがいるようだ |
次の旋回でさらに数羽降りていく |
もう一度めぐって群れは三分の一になり |
次が最後だった |
彼らは十羽ほどで空をめぐった |
鳥たちのすべてが降りたとき |
日が沈むらしかった |
gui no.61 Decenmber 2000掲載
執筆者紹介(せきふじこ)へ
<詩>読書する人(関富士子)へ
早口ことば(関富士子)
読書する人
うつむいて読書する人の |
束ねた髪の一筋が |
額から頬へ落ちたまま |
小さく結んだ唇 |
眉がときどきひそめられる |
わずかなまばたきだけで |
いっしんに行を追うまつげの動き |
沈んだ虹彩の色 |
ふと顔をあげるがすぐに |
目は文字へ戻っていく |
彼女は何を読んでいるのだろう |
もう一時間近く |
わたしは向かいの席で揺られている |
本は大判の全集ほどに分厚い |
紙は古びてところどころ |
色とりどりの付箋が挟まれている |
|
あなたは何をそんなに熱心に |
読んでいるのですか |
もう次で降りるというときにようやく |
立ち上がって彼女の前に進んだ |
うつむいて読書する人の真上から |
本の文字をすばやく見た |
「ガリアの兵士たちは・・・」 |
開かれたページのなかほどに |
書かれていた |
確かめるまもなく |
ドアがあいてわたしは彼女と別れた |
「ガリア戦記」 |
そういう物語があることを知っていたが |
なぜ読んだことがなかったのか |
あの人はあんなに夢中で読んでいたのに |
|
攻囲の七日目に烈風が吹くと、ガリア風 |
に茅葺きされた小屋に向かって、敵は捏 |
ねた粘土を焼いた弾丸を投石機で、また |
投槍を真っ赤に焼いて投げつけた。* |
わたしはいつか詩を書いたことがあったが |
それは「ガリア戦記」ではなかった |
わたしはなぜガリアという大陸に生きて |
「ガリア戦記」を書かなかったのだろう |
そしてあの人に読まれたかった |
と激しく思った |
*北沢十一個人詩誌『地上』Vol.29 2000.10.20掲載
*「ガリア戦記」5-43カエサル著近山金次訳
<詩>紅タイルを採りに(関富士子)へ
<詩>鳥たちはめぐっている(関富士子)
紅タイルを採りに
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行くよ
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涸沢登りの用意だ
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ハンマーも忘れずに
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やくざなごろた石を踏み
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破れ茨を漕いで遡る
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秋日が南天のころ
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緩やかな水の回廊に着く
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風の通り道だ
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じぐざぐなタテハの飛行
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鬼アザミの藪を目指す
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崖下の地層は汗ばんでいる
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強風で足を滑らせる
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慌てるな
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帽子を拾おうとして
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膝を濡らすだろう
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熱が外気に奪われて
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体ごと冷えるんだ
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徒歩で流れを三度渡る
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凍える前に着かなければ
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地層脈も水が浸蝕する
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珪酸塩鉱の川床に
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水は磨ガラスの硬さだ
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大サイフォンで汲み上げられ
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西貯水池へ流れる
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枝垂れたサンザシのかげで
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泥蜂が土をこねている
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そのかたわらに足場を求め
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岩層を叩くのだ
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かるく一度だけでよい
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中新世に焼かれた
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色付のタイルが一枚
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はらり現れる
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七千気圧と四百度の熱で
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地下の火成岩に恐ろしい力が加わり
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あからんだまま
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薄くはがれようとして今もかたく
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仰反るのだ
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no.18掲載2000年11月25日発行
<詩>世紀の間の詩―長澤忍「ゾロの世紀とゾロの世紀の間を」へ(ヤリタミサコ)へ(横組み表示のみ)
<詩>読書する人(関富士子)