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vol.19

関富士子の詩 no.19

河の風景植物地誌(ヤマグワ)(オランダカラシ)午後の光
 

河の風景

                  関 富士子

両岸を「ガケ」の記号にはさまれた
第二発電所から西の城跡まで
せまい谷をつくって蛇行する河が
古い段丘のかさなる平野部に至り
いくつもの中州を残してひろがるあたり
整地された河川敷に建つ
  養豚センター
  稚蚕共同飼育所
  林業試験場
  砂利採取場
地図を見ても区別がつかない
それらのひらたい窓のない建物の上に
観覧車が回っている
空に浮きあがるように見える
遊園地ができたのだろうか
音楽も歓声もきこえないが
たしかにゆっくりと回っている
  ゴンドラのなかの恋人たちの姿は見えない
冬の河原はどこまでも平坦で
堆積岩には水の流れのような筋が入っている
観覧車のほうへ歩いていく
河はゆるやかなのに
ごうごうという水の音がきこえる
近づくにつれて激しくなって
見あげると
観覧車が水しぶきを上げている
回転する輪の全体からきらめいて飛び散る
  びしょぬれのゴンドラのなかのびしょぬれの
  恋人たちの姿を思いながら
空いっぱいになるまで近づくと
それは観覧車ではなく
巨大な木製の水車だ
放射状に伸びる二重のスポークの先に
太い曲げ輪がはめられ
ゴンドラほどの堅牢なバケットが
水をざあざあとこぼしながら
つぎつぎに頂上まで運ばれていく
光をあたりに撥ね散らして
ゆっくりとかしいで下りてくる
  水車にゴンドラはついていない
  びしょぬれのゴンドラのなかにびしょぬれの
  恋人たちはいない
河から引かれた水が車の下をとおって
とほうもない力で輪回しをしている
直立した円はいつまでも左に回る
顔にしぶきがかかって全身が湿るので
  長いこと歩いたのだ
  喉が渇いている休みたい
プールに水はなくロープが張られている
だれもいないレストハウスに入ると
壁のモニターは
河の源流のぬれた羊歯に光が差し
霧を立たせ葉にしずくをしたたらせ
ちいさな流れになるようすを
くりかえし映している
窓にむかう席にすわると
水車の右下4分の1が
目の前いっぱいに迫っている
水路に潜ったバケットが姿をあらわし
水を惜しげなくあふれさせてから
きりもなく上がっていく部分
この位置からだと円は右回りだ
上半分と左下の部分は見えない
下りてくるバケットはここからは見えない
  近すぎる
と思いながらすわっている
 駿河昌樹さんによる「河の風景」の詩評が次のHPにあります。
清水鱗造HP「詩に関する談話室」
駿河昌樹「新たな視力の発生の瞬間
――関富士子「河の風景」について」

紙版"rain tree"no.19 2001.2.25掲載
<詩>「河の風景」縦組み横スクロール表示縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>植物地誌 補遺(関富士子)<ことばのあやとり>はやくちことば(木村恭子・関富士子)


植物地誌 補遺


ヤマグワ

 樹高2mほどの節くれねじ曲がった栽培種。
 丘いちめんが牧場林で、背戸を出てすぐの
緩やかな坂を行くと、頭上に20pを超える
中裂した広葉が茂る。風の強いときは丘ぜん
たいがざわざわ揺れる。
           頂きの櫓に上って牧
場を見渡し、研究所から配られたシルクワー
ムの種を蒔く。糸を伸ばして林じゅうに飛ん
でいく。野蚕は越冬した卵が孵化し、5回脱
皮して茶色の糸を吐く。風がないときも葉が
こきざみに揺れていて、9月の終わりごろま
で昼も夜もさわさわと鳴り続ける。収穫は春、
夏、初秋、晩秋の4回。繭は枝のあいだにか
かっている。
      夏蚕の育つ6月に、よく似た2
pぐらいの果穂が、雌の木の葉柄の付け根に
下がる。甘く黒紫色に熟すころ、研究所から、
葉の再発芽力をみるために調査員が来る。株
の発育が中ぐらいの3本の木を選び、目印を
付けた枝を中ほどで切り落とす。一か月後に
再発芽した数を調べるのだ。
             作業をしながら
果穂をつまんでは食べ、くちびるも歯も指先
も紫色に染めている。葉の疽斑、捲縮がはな
はだしいものは摘み取る。幹や枝の節に瘤が
あり、割れて樹液がしたたるものは、汚染さ
れる前に瘤の中を焼くか、枝を伐採する。
                   そ
の作業のあいだにも、調査員の帽子に細かい
糞が降る。足もとは靴が埋まるほどふかふか
で、糞は丘いちめんに厚く堆積している。




オランダガラシ

硫化水素を含む濃い霧が風しもに流れて空が
晴れ、間欠泉の噴出がやんだ真昼のつかのま。
  
腰に命綱をつけられ、礫地のはずれの断崖に
立つと、やにわに背中を押される。二〇度の
勾配を小石とともに滑り落ちて、ようやく止
まったところに熱湯の流れる小川がある。真
っ白に立ち昇る蒸気で水面は見えないが、静
かな流れの音がする。小川の両岸には帯状に
繁茂した暗紫褐色の草が、谷間の奥までつら
なっていて、ほかには何も生えない。
                 ぐずぐ
ずしていると霧が谷間に降りてくる。毒にあ
たったミツバチが川原のあちこちに落ちてい
る。鎌を大振りでふた掻きか三掻き、足もと
の群生を手早く刈り背負い籠に投げ入れる。
下部は水中に伏し、上部は高さ30p内外で
川岸の浅瀬に直立する。茎は中空で柔らかい。
綱を引いて合図をすると、太い声が聞こえて
からだがぐいぐい上がっていく。ようやく崖
をはい登るとすぐに籠は奪われる。少し毒を
吸って頭が重いときは、その晩の皿に一茎の
草が添えられる。三角形の奇数羽状複葉が互
生している。茎を噛むとぴりぴりと涼しい味
がして、かすかに硫黄のにおいがする。

「gui」 no.62 April 2001 掲載予定
オンライン詩集関富士子の「未刊詩篇」もくじ『植物地誌』へ
<詩>「植物地誌 補遺」縦組み横スクロール表示縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>午後の光(関富士子)<詩>河の風景(関富士子)


午後の光



チャペルのそばのモミの木にネットがかぶされた
男たちが脚立にのぼり網を広げて
おばあさんの頭みたいにすっぽり覆う
結び目の一つ一つに小さなランプがついている
イチョウはまだ葉が残っている木があって
ネットをかぶっていない
黄色の輝きが抜けかかって日差しに透けているのに
散らないでいる
あの木全体を覆う網はない
まだイルミネーションは灯されない
光は今は
ベルタワーの天辺にあって
学生用の広いカフェテリアの明かり窓から
人が疎らなテーブルの
清潔なリノリウムの床まで届いている
天井に音楽が響く
Pの三十年前の歌声だ
ウオウオウオ ヘイヘイヘイ ドゥワップからバラッド
なぜだろう彼の声は今聴くととても
なんだかとてもいい
大きなガラスの仕切りの向こうに立っているふたり
男は腕を組み笑顔でうなずいている
女はてのひらを広げ指を曲げたり伸ばしたり
腕を走るようにぐんぐん振ったり
夢中で話し続けている
声はここまで聞こえない
並木の奥のグラウンドに人がおおぜい動いている
ボールが蹴られるたびにいっせいに跳び
ゴールに突っ込んではすぐに戻る
白が攻めて紺が守る
何度でも繰り返している
わたしのテーブルにだれかが近づいてくる
黒い上着にマフラー
彼にはわたしが見えるのだろうか
短い髪のやせた男だ
軽く会釈をしてほほえみ一枚の紙切れを差し出す
 元小結
 舞の海さん講演会
 相撲に学ぶ人生哲学
フロアを回ってあちこちに座っている人たちに
手渡している
長いブーツの女子学生たちへ
向かい合って話しているふたりの男へ
窓際で本を読んでいる人へ
それぞれにうなずいている
わたしも誘われたのだ
その小さな紙には時間と場所が書いてある
今日らしいのだが
その時刻までには少し間がある
光は今は
西に開いたバルコニーを照らして
白いメッシュのベンチの脚もとに
半透明の影を伸ばしている


『詩学』2001年1月号より
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