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vol.20

中上 哲夫 の挨拶詩 2

挨拶詩
 

Spring Has Come!

           ――岩木誠一郎に

  
靴の頬に泥を
ズボンの裾に蟻をとまらせて
外から帰ってきた男は
思った
春がきた、と。
もう凍結した通りで転倒して手首を骨折することも
朝の地下鉄のホームで裸の魂のようにふるえることもないのだ、と、
そして
リビングルームのソファに身を投げながらつぶやいた
明日はアスファルトをはがして
種子たちに光をあてて
大きな声で告げよう
昔中学校でならった英文を



                 ――2001・3・23


阿蘇

              ――阿蘇 豊に
――阿蘇へいったら
  一面の草原で
――あっ、そう
――牛たちがたくさん遊んでいて
――あっ、そう
――噴煙がひと筋高く昇っていて
――えっ
――夢だよ
――あっ、そう



            ――2001・4・1


大雪がふった日の夜の詩

          ――油本達夫に
  
未明からふり出した雪が
手袋と靴下をぬらし
超ミニスカートのギャルをはでに転倒させ
(チョーマジ?)
あわれな老人の老いた骨を折り
並木たちを立往生させ
(わが人生のように)
蟻の巣穴をふさぎ
木の枝からぶらさがった蓑虫をこごえさせ
女学校のヒマラヤ杉の大枝を落下させ
馬たちをせまい厩舎に追い込み
県立図書館への道と
野毛の歓楽街への道を閉鎖し
電車の床と駅のプラットホームを水びだしにし
そうそうにわたしを荷物のようにベッドに押し込んだのだけど
その前に
雪の詩を一篇と
南国の友人たちへの雪便りを三通書かせ
無理矢理苦い玉子酒を流し込み
ゴムのブーツの筒に丸めた新聞紙をつめ込ませ
バスタブの熱い池に河馬のようにどぼんと飛び込ませたのだった




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tubu<詩>挨拶詩1(中上哲夫)<詩>梅を見に(関富士子)<詩>地上の人に告げて(関富士子)



中上 哲夫 の挨拶詩  1

 

父と母のいた正月

      ――ことし年賀状を出さなかったひとに
  
書斎では父がぱちんぱちんと碁盤に向かって白と黒の石をうち
茶の間では祖父の柱時計がこつこつと時をきざみ
炬燵では母が読みさしの探偵小説の頁にうつぶせになってかすかな寝息をたて
傍らの火鉢では薬罐の湯がしゃんしゃんとかろやかな歌をうたい
台所では蜆が桶のなかでぶつぶつ独り言をつぶやき
水道の蛇口の水がぽとんぽとんと流しのブリキ板にしたたり落ち
玄関では下駄箱の上の金魚鉢の金魚の吐いた泡がゆっくりのぼっていって
水面でぱちんと割れ
鼠がどこかでかりかりと固い物をかじりつづけ
木枯らしが家じゅうの窓ガラスを順々にかたかた鳴らして通りすぎる
そのとき裏の戸が音もなくあいて何者かがそっと家のなかにしのび込んだこと
 にだれも気づかない
しばらくして台所の方でどさっと重い物が落下するような音がして
父は碁石をもった手を宙でとめ母ははっと息をのんで顔をあげかけるが
つぎの瞬間二人はふたたび元の自分たちにもどる





寒中見舞い

      ――ご無沙汰している皆様に
  
目下
冬眠中につき
勝手ながら
啓蟄まで
訪問
郵便
電報
電話
Eメール
ファクシミリ等
一切ご容赦下さいますよう
伏してお願い申し上げ候




暑中お見舞い申し上げます

      ――伊藤芳博に
  
ちょっと早いけど
暑中お見舞い申し上げます
夏まで生きているかどうかわからないし
たとえ生きていたとしても
健康かどうかわからないし
たとえ健康だとしても
葉書が買えるかどうかわからないし
たとえ葉書が買えたとしても
書く気が起こるかどうかわからないし
たとえ書く気が起こったとしても
暑中見舞いという風習が生きているかどうかわからないし


紙版「rain tree」no.20 2001.5.25より
執筆者紹介(なかがみてつお)へ
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tubu<詩>愚かしくもおかしくて素敵な日々(中上哲夫詩抄)
<詩>挨拶詩2(中上哲夫)
<詩>地上の人に告げて(関富士子)
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