
vol.23
<ことばのあやとり>スピンドル・スピン(関富士子)へ
羽翼の骨
燃えあがる森
五月のハリネズミ1-7
8-14
15-21
22-28
29-31
沖縄観光旅行
羽翼の骨
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| | 僅かな風もとらえる
| | 大飛行にも耐える
| | かいがら骨をもつ男
| | 複葉小片が傾くように
| | 柔らかな関節をめぐる水
| | ゆうべ雷の音を聞いた
| | ふたり同時に目覚めた
| | 手紙を書くよ
| | あした出発する
| | いくら泣いてもむだだ
| | 見知らぬ街を飛びたいんだ
| | それぞれに眠ると
| | 背中に露がおりていた
| | 無傷の光に身ぶるいして
| | 野花を摘みに庭へ出る
| | 残される者の嘆きも聞こえない
| | 高みで風を待っている
| | まなざしが遠いから
| | すぐにあなたは行くだろう
| | 金の冠毛を逆立てるとき
| | キッチンの窓の奥に
| | 苺のパイを焼きながら速回しで
| | 老いていく女がいる
| | ろくでなし
| | あしたにはきょうを失う
| | 羽翼の骨を誇らしく
| | 広げるあかんぼうを
| | 産んだのはだれだったか
| | あたらしい光彩陸離を
| | 力強く羽ばたいていく
| | おたがいの記憶をなくして
| | われを忘れて
|
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<詩>燃えあがる森(関富士子)
燃えあがる森
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| | 農道が途切れて森に近づくと
| | 鳥の声が賑やかなのに
| | 入ってしまうと静まる
| | トラスト二号地は
| | 窪地を中心にした千平方メートルの広葉樹林
| | ナラとカシワとブナとカエデを中心に
| | 北に少しの人工スギ林
| | 樹木分布のメモを取る
| | ―山火事注意―
| | コゲラのドラミングを聞きながら
| | 歩きまわって石を採集する
| | だれかが奥からやってくる
| | 明るい色のヤッケの男
| | すれ違うとき少しうなずいた
| | 黄色の腕章をつけていた
| | 森林監視員
| | わたしは火を持たない
| | ふだんは湿っている落ち葉のスポンジが
| | 春先だけ乾く
| | きのうは強い風が吹いた
| | 枝と枝が擦れて発熱してくすぶり
| | 枯れ葉が一瞬に発火する
| | 下草に燃え移れば
| | 森全体に広がるだろう
| |
| | 森を出るとき
| | もう一度巡回の男の後ろ姿を見た
| | 出口で見張っていたようだった
| | 駅へ向かう途中の神社で
| | 作務衣の人がひとり
| | 落ち葉を集めている
| | 広い境内のあちこちに
| | 焚き火の燃え残りの跡がある
| | いま最後の落ち葉の山に
| | 火をつけようとしている
| | 軽く指をひねってマッチを擦ったようだ
| | 炎が高く上がって少しのけぞるが
| | 周りの落ち葉を内側に
| | せわしく掃き寄せている
| | ほうきの先に火が移りそうだ
| | 見るまに袖をはい上がり
| | 全身が燃えるのではないか
| |
| | 部屋に帰ってから簡単な食事をとり
| | 石のかけらと樹木分布の図を持って
| | 大学の図書館へ行く
| | 夜の街は青白い水に浸されている
| | 輝くがけっして発火しない
| | 書棚の谷間にしゃがんで
| | パルプにほどこされた紋様を読む
| | 石の写真が刷られている
| | 虫入り琥珀 化石 二千万年前 アフリカ ケニア
| | ラピスラズリ アフガン 原石
| | 旱魃のアフガニスタンに掘られた井戸から
| | 出現する青い原石を思い浮かべる
| | 図書館を出ると
| | キャンパスの駐輪場の暗がりで
| | 煙草を吸う人がいる
| | 光がわずかに移動する
| | その小さな火へ引き寄せられる | 『詩学』2002.6月号より
|
<詩>五月のハリネズミ(関富士子)
<詩>羽翼の骨(関富士子)
五月のハリネズミ 1-7 8-14 15-21 22-28
五月のハリネズミ 1-7
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| | 1
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| | 広場から大勢の人々の
| | 歓声が
| | わきあがり
| | 空に溶けて静まる
| | くりかえし
| | 立ちのぼる声はやがて
| | 雲のように空に満ち
| | 木陰にたたずむひとりの人に
| | 降ってくる
| | ずぶぬれの耳は鳴り
| | 胸郭のうつろは震え
| | 嗄れた喉から
| | 見知らぬ人々のよろこびが
| | 零れる
| |
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| | 2
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| | 鉄橋をわたる電車は
| | メタリックなボディに
| | 太い黄のリボンを巻いている
| | 小さな子どもたちと
| | 黒ずくめの人々が
| | すべての車両の窓に並んで
| | ながながと手を振る
| | 過ぎてゆく風景のなかの
| | 十秒間の川の流れへ
| |
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| | 3
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| | カードを一枚めくった
| | 切り札
| | ポケットに入れた
| | 二枚目のカードをめくった
| | 切り札だ
| | ポケットに入れた
| | 三枚目のカードをめくった
| | 切り札だった
| | ポケットに入れた
| | カードをめくり続ける
| | 切り札がたまっていく
| |
| |
| |
| | 4
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| | 橋の下に
| | 汚れた毛布がある
| | 何日も濡れては乾いた
| | 毛布にくるまれて
| | しおれた花束が現れた
| | 抱きしめて眠った人が
| | 花粉にまみれて目覚めて
| | どこかへ行ったあとも
| | 香りつづけた
| | 花のからだ
| |
| |
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| | 5
| |
| | 石ころだらけの川原に
| | しずしずと
| | 乳母車がやってくる
| | ピンクのシェードが透けている
| | 一人の女が押し
| | 二人の女がその後に従う
| | 一人が赤ん坊を抱き上げる
| | 頬をすりよせながら
| | 水辺まで歩いていく
| | 女は流れをのぞきこむ
| | 赤ん坊の首はぐらぐらしている
| | あとの二人はほほえむ
| | 一人がカメラを取り出して
| | 女と赤ん坊を撮る
| | 三人の女はほほえんでいる
| |
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| | 6
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| | 「気の狂うような膨大な時間」
| | と手紙に書かれている
| | 彼の時間は死んだ妻が遺した
| | 狂った彼女とともに過ごした膨大な時間
| | を正気で
| | 彼女のいない膨大な時間
| | を狂って
| | 過ごさせるために
| |
| |
| |
| | 7
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| | 茂った枝の下のうす暗い地面を
| | 小さな人たちが走ってくる
| | 我先につんのめる勢いで
| | ステッキみたいな二本の裸の脚が
| | すばらしく速く動いて
| | 獰猛な蹴爪が
| | 小石や枯れ葉を蹴り飛ばす
| | 巨人の姿を見つけると
| | たちまちくるりと向き直って
| | おおあわてで引き返していく
| | その大きな不似合いなオレンジの嘴
| | 茶のまだらのふくらんだコート
| | 太く束ねたしっぽを振りながら
| | 小さな人たちは行ってしまう |
五月のハリネズミ 8-14
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| | 8
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| | ラピスラズリの小さな原石は
| | 雪を残した
| | 青いヒンズークス山脈
| | の形をしている
| | 旱魃と爆撃で涸れた井戸の
| | 闇の中から現れる
| | 初めての光に輝く
| | 黄鉄鉱をちりばめている
| | 尾根と氷河と峡谷
| | 雪渓をわたる山羊
| | 逃亡するテロリスト
| | 水を求めて歩く子どもたちの
| | 大地を形づくる
| |
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| | 9
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| | いつも閉じている通用口の前の
| | 吹きだまりに風が吹くと
| | 靴拭きマットに溜まった
| | 落ち葉たちが
| | つぎつぎに起き上がって
| | 踊るように並んで
| | くるくる くるくる
| | たちまち円を描いてすごいスピードで
| | からから からから
| | 地面を擦りながら
| | ハトの羽を巻きこんで
| | 円はどんどん大きくなって
| | 空中にせりあがる
| | 風がやむとばったり倒れて
| | でもすぐにまた始まる
| | くるくる くるくる
| |
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| | 10
| |
| | 川の流れを変える工事が終わって
| | 新しくできた深みに
| | 大きなマゴイやヒゴイが群れた
| | 竿を持った大人や子どもが来て
| | 釣ろうとしたが
| | 糸を何本も切られた
| | 唇に刺さったままの針と糸のことを
| | とがめる人もいた
| | 網でバスの稚魚をすくった子どもに
| | コイよりも大きく育つバスのことを
| | 話しながらみんなは
| | マゴイやヒゴイの背中を
| | 眺めた
| |
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| | 11
| |
| | 自転車の前かごに乗るのは
| | とってもおもしろい
| | 耳の中まで風が吹いて
| | 胸の冬毛がふわふわ飛ぶ
| | 子どもたちが
| | かわいい!と叫ぶ
| | おじいさんとよろよろ歩いている
| | となりのポッキーなんか
| | ばかみたい
| | あごまでよだれでぬらしちゃって
| | でも
| | でかい二重タイヤのトラックが
| | スピードを上げると
| | ママチャリのハンドルが
| | ぐらぐらするから
| | ちょっと怖い
| |
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| | 12
| |
| | 彼女は看板の中から
| | 美しい腕を伸ばして
| | てのひらを広げた
| | 黄色い丸い粒が三つのっている
| | にっこりして
| | ――いかが
| | とささやいた
| | シーズケースファミリーサイズ
| | レモン1200個分
| | ビタミンCとB1B2B6B12E
| | お得な240粒
| | ほんのり甘いマルチビタミンタブレット
| | と彼女は暗唱して
| | ふたたびほほえんだ
| |
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| | 13
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| | 十五階建ての新しいマンション
| | 朝から車が出入りして
| | 家具を運ぶ
| | 大騒ぎの一日のあと
| | 窓の明かりが
| | 黄色や白にともった
| | 青やいろんな色のカーテンが
| | 四角く掛かった
| | カーテンがまだない窓から
| | すみずみまで明るいダイニングの
| | テーブルを囲む家族が見える
| | 若い夫婦と二人の小さな子どもたち
| | リビングのテレビが
| | 青や赤の光を放ち
| | 均質な部屋を翳らせた
| |
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| |
| | 14
| |
| | 川のほとりの郵便局に寄ると
| | 花と船と波が刷られた
| | 記念切手の発売日で
| | 何枚ですか?
| | 財布をひっくりかえして
| | 買えるだけ 4シート
| | 桜の並木は初夏には日陰になる
| | ベンチに座って
| | 切手の紅い菖蒲の花を
| | 眺める
| | 早瀬を
| | 一羽のカルガモが浮かんだまま流れてきて
| | 下流へ行ってしまう
| | 切手の外枠に
| | 鳥も刷られているのに気づく |
五月のハリネズミ 15-21
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| | 15
| |
| | 彼女の溜め息は
| | 太くざらざらして
| | 絶望というのでなく
| | 言葉のない怒りのために
| | 荒れすさび
| | 苛烈な風になって
| | 喉から
| | 噴き出す
| |
| |
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| | 16
| |
| | 薄暗い舞台で
| | ソロが始まる
| | ダンサーの両腕と両足だけが
| | 白く浮きあがって
| | 四つの独立した生き物のように
| | 奇妙にくねりながら
| | 飛び跳ねるが
| | それらは
| | 闇の胴体につながれていて
| | 奇妙な動きを
| | 滑らかにリピートしつづける
| |
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| | 17
| |
| | 女がほほえむと
| | 男は顔をしかめる
| | 女がエプロンを広げると
| | 男は泥の手をふく
| | 女が歌うと
| | 男はテレビをつける
| | 女が泣くと
| | 男はこらえきれずに笑う
| | 女が服を脱ぐと
| | 男は帽子を被る
| | 女が
| |
| |
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| | 18
| |
| | 幕間のロビーは大混雑で
| | どこかで見たことのある人がいる
| | 白髪混じりのもつれた髪
| | あれは評論家の
| | ええと
| | 三十年前に一度だけ会ったことがある
| | その人は近づいてきて笑顔を作り
| | たちまちすれ違って
| | 後ろでだれかに声をかけている
| | やあ、お久しぶり
| |
| |
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| | 19
| |
| | しめやかなマズルカ
| | 十二組の男と女は
| | 手を取り合い腰を揺らす
| | アコーディオンの三拍子に合わせて
| | 小刻みなステップ
| | 懺悔のように頭を垂れ
| | 肩を落とし
| | 互いに目を伏せて
| | いつまでも
| |
| |
| |
| | 20
| |
| | ハンケチは草で編む
| | 草は日光浴をする
| | 日光は目を洗う
| | 目は手紙をなでる
| | 手紙は山に休める
| | 山は耳もとで傾く
| | 耳はテーブルに伏せる
| | テーブルは約束を守る
| | 約束は道に知らせる
| | 道はねじを巻く
| | ねじは体重を膨らませる
| | 体重は池に浮かぶ
| | 池は
| |
| |
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| | 21
| |
| | 夜の交差点の路面に
| | 埋めこまれた
| | 無数のガラスのかけらが
| | チカチカ
| | 目を刺すので
| | 空を見上げると
| | ハーフムーンが明るくて
| | 星は二つしか見えない
| | うしかい座の
| | 白いアルクトゥス
| | おとめ座の
| | 青いスピカ
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五月のハリネズミ 22-28
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| | | | 22
| |
| | 仕事場とベッドしかいらない
| | という人は
| | 食べることをつい忘れていて
| | 眠ってから夢で
| | 食べている
| | そうだ
| | それは
| | 空腹のあまり
| | かつて食べたことのない美味で
| | 目覚めると
| | エネルギーが満ちていて
| | 食べることを思い出さない
| | そうだ
| |
| |
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| | 23
| |
| | 小学校から聞こえる
| | ランチタイムのヴィヴァルディを聞きながら
| | コサギは浅瀬を歩いている
| | ときには頭を潜らせて猫のように身構える
| | 自転車が通るので油断ならない
| | 羽根を広げて水面を飛び歩いたり
| | 藻や小石や川底の虫を見つめ
| | ほっそりした脚は音も立てず
| | 次の瞬間
| | 嘴の先に小さな光るものが撥ねている
| | 喉を伸ばしてすばやく飲みこむ
| | ランチ
| |
| |
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| | 24
| |
| | 公園の植えこみの白い花が満開で
| | 雨上がりの夜はことに
| | 甘く匂う
| | 小さなファンのようにねじれた
| | 四枚の花びらの縁がちぢれて
| | きれいな葉脈と蔓状の枝さき
| | ええと
| | テイカカズラ(定家蔓)
| | 式子内親王に恋した藤原定家の霊が
| | 蔦となって女の墓に巻き付いた
| | って
| | おいおい ちょっとどうなの?
| |
| |
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| | 25
| |
| | カルガモの夫婦はよく似ている
| | 片方がわずかに小さい
| | どちらも翼の先にいちまい
| | きれいな紫の羽根を隠している
| | 先の黄色いしゃもじのような嘴で
| | 岸辺の泥を掘り返す
| | 小石の下の虫を
| | 泥ごと飲みこむあいだ
| | 片方は首を高く上げて
| | あたりを見張っている
| | その嘴に
| | 緑の藻が髭のようにくっついている
| |
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| | 26
| |
| | 五月の末の花盛りの夜
| | 初めて会った人
| | ひとめで好きになって
| | 電車の中で夢中で話して
| | 降りるとき
| | 強いまなざしで見つめられて
| | くらくらしちゃって
| | わずれられないんです
| | この季節になると
| | 思い出すんです
| | どうしたらいいでしょうか
| |
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| | 27
| |
| | 学校を抜けてきた高校生カップルが
| | 水辺に座ってひそひそ話しながら
| | 小石を流れにぽちゃんと落とす
| | うれしそうに見つめあい
| | ながながとキスをする
| | 双眼鏡を向けると
| | 男の子が睨みかえす
| | そのうち叢へ入っていって
| | 出てこない
| | 犬をけしかける人がいる
| | ほっとけ
| |
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| |
| | 28
| |
| | 夜半過ぎに
| | 黒い林の上に
| | つぶれかけた杏のような
| | 月が昇った
| | 傷んて剥けた果肉から
| | 重たい汁がしたたって
| | 地上を
| | 酸っぱい香りで満たした |
五月のハリネズミ 29-31
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| |
| | 29
| |
| | ビルのてっぺんの大時計が
| | 群青の空に浮きあがって
| | 太い短針が
| | 夏至が近いある日の
| | 午後七時を差す
| | 交差点に立ち止まって
| | わたしたちは見上げる
| | そのとき一瞬が
| | 大きな身振りで
| | わたしたちの内側を通過した
| |
| |
| |
| | 30
| |
| | 二人は結婚する
| | ―やっぱり結婚式って
| | 挙げたほうがいいんですか
| | あまり気が進まないんですけど
| | さあ、お好きなように
| | そんなのたいしたことじゃない
| | 結婚する
| | ってことに比べれば
| |
| |
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| | 31
| |
| | 雲がへんに黄ばんで
| | くすぶりながら広がると
| | 気圧が下がって
| | 耳が塞がれる
| | あたりは古い写真のように静まる
| | 湿った土埃のにおい
| | 足元がぽつりと濡れると
| | 地表はみるまに
| | 丸い染みで覆われていく
| | 音が最後にやってきて
| | すべてを濡らす |
<詩>「五月のハリネズミ」 へ |
<詩>沖縄観光旅行(関富士子)
<詩>燃えあがる森(関富士子)
沖縄観光旅行
|
| | ――だからヨー
| | とはにかんだ目をサングラスで隠して
| | タメマルさん*は
| | 島ラッキョウとヘチマの煮物をつまみながら
| | きつい泡盛を飲むのである
| | ――観光で南部の戦跡を見て頭がオカシクなっちゃって
| | 妻と子は内地に帰り
| | タメマルさんは島に住みついた
| | わたしたちはタメドシだから
| | 青春のオキナワを共有しているはずだが
| | 三十年間忘れて暮らしたわたしは
| | 今日観光ツアーで島を巡るのである
| |
| | ハイビスカスの花は揺れ
| | サトウキビの葉は乾いている
| | 高速道路の脇に米軍のフェンスが続き
| | タレントみたいに愛らしいバスガイドは
| | 十九歳で
| | ふわふわの明るい髪を太陽に輝かせ
| | ライトシアン
| | パウダーブルー
| | コバルトブルー
| | パールターコイス
| | ダークターコイス
| | シーグリーン
| | アクアマリン
| | 七色に変わる東シナ海のプリズムを描写したが
| | ひめゆりの塔に向かう道で
| | とつぜん胸に手をあて姿勢を正す
| | ――日本軍はわたしたちを見捨てたのでございます
| | みるみるユタ**に変身して
| | むごたらしく傷ついた少女の声で
| | 母を呼びながらわたしを見つめ
| | はげしい喉の渇きを訴えるのである
| |
| | 南風原(はえばる)陸軍病院第三外科
| | 戦場に動員された看護の少女たちが
| | 追い詰められて隠れた洞穴を
| | 柵から身を乗り出してのぞくが亡霊はいない
| | 碑に花を手向け資料館に入ると
| | 二百人の写真の少女たちがわたしを見つめた
| | 投げ込まれたガス弾でおなかが裂けて
| | 一週間苦しんで死んだ少女の
| | 黒々とした目が
| | 中学生の時に文通して写真をもらった
| | 糸満のミゾブチアケミさんにそっくりなので
| | わたしは狼狽して涙ぐんだが
| | 頭がオカシクはならなかった
| |
| | ――だからヨー もういいんだ
| | とタメマルさんはつぶやいて
| | 「藁火」のねーねーと
| | 情の濃い旋律を深深と歌うのである
| | ――戦場(いくさば)ぬあわり いちが忘(わし)りゆら
| | 忘りがたなさや 花ぬ二見よ***
| | わたしは観光バスを降りて市場を歩き
| | 島ラッキョウのにおいとともに
| | 飛行機に乗って内地に帰る
| | 街には少女たちの歌声があふれている
| | キッチンでラッキョウに鰹節をまぶしながら
| | 米空軍嘉手納基地の兵士ティモシー・ウッドランドの判決公判
| | 強姦罪で懲役二年八月の実刑判決****
| | テレビが伝える声を聞く
| | ――だからヨー タメマルさん
| | わたしはこれからも沖縄を忘れて暮らすだろう
| | 少女たちの大きな瞳に見つめられながら |
*沖縄在住の詩人石川為丸。HP「クィクィ」
**沖縄の霊能者といわれる人。 祭司、お告げ、占いなどを行う。
***「二見情話」
****二〇〇二年三月二八日
「沖縄観光旅行」ネット詩爆撃プロジェクト参加作品
|
作品一覧・著者紹介(せきふじこ)
<詩を読む>「そのとき」という瞬間(宮澤賢治「印象」を読む)(関富士子)
<詩>五月のハリネズミ(関富士子)
<詩>羽翼の骨(関富士子)へ