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vol.14
<詩>共寝(関富士子)へ
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「さが けいこ」執筆者紹介

 嵯峨恵子の詩   




    マ−キング


  
    クロとは散歩にいって
    まっすぐに歩いたためしがなかった
    電信柱をはじめ
    要所 要所に
    マーキングという
    オシッコかけをしてまわる
    ためにジグザグに歩かされる
    最初は盛大に出たしるしが
    最後の方では一滴くらいのしみとなる
    そうなっても足だけは上げるのである
    習性とは恐ろしい
    縄張りとか勢力範囲にこだわるのは
    オスの特権だろうか
    人間の男も
    うろうろと落ち着きがなく
    若いのも年寄りも
    俺が 俺がといいたがる
    女は「存在」だが男は「現象」に過ぎない *
    とは
    男の遺伝学者がいみじくも述べた言葉
    女の中にはすでに男が含まれているから
    女は不安がる必要がない
    男は拠り所を求めて
    役職や勲章を欲しがり
    実物より大きく見せたがる輩が多い
    酒場などで女たちを前に
    知ったかぶりの講義を男が始めるたび
    私は思い出す
    上げた足を下ろし
    上目づかいにこちらをチロッと見やりながらも
    さっさと別の電信柱へと歩きだす
    あのクロの後姿を


   *多田富雄著『生命の意味論』より 「ガ−ネット」29号 99年 12月発行予定

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<詩>野原を行く(関富士子)へ




    男は 女は


  
    男は忘れるのが上手だった
    女は忘れるのが下手だった
      
  
    男はいつも次がある
    と思いこんでいた
    女はいつも次はないかもしれない
    とおびえていた
    
  
    男は忘れるのが上手だった
    女の誕生日
    好みの料理
    指輪のサイズ
    
  
    女は忘れるのが下手だった
    男の約束
    初めてのダンス
    やさしい言葉
      
  
    終わりはやってきた
    男はそれを信じなかった
    女は知っていた気がした
    
  
    男はいわなかった
    とうとう
    愛しているとも
    さよならとも
    
  
    女はわからなかった
    とうとう
    いわなかった男の気持ちを
    いえなかった穴ぼこを
    
  
    女は忘れるのが下手だった
    男は忘れるのが上手だった


高階杞一個人詩誌「ガーネット」vol.30 2000.4.15発行に掲載
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<詩>マーキング(嵯峨恵子)へ




    のぞきこまれる母


  
    母の骨がやっと戻ってきた
    病院からもどった骨壺には
    ナンバ−1593と書き込みがある
    一年に使われた遺体は二十三
    母の死んだ月は
    使われる時期とずれたため
    二年近くかかった
    
    それにしても
    骨壺の大きいこと
    深鍋ほどの大きさはある
    蓋を開けて
    父とのぞく
    六分目まで大小の骨でいっぱいだ
    
    壺ずいぶん大きいね
    関東は関西より大きいらしいよ
    赤くなってるのは?
    頭蓋骨だな
    入歯の台が溶けて黒くなってるから
    これはお母ちゃんの骨にまちがいないな
    ここは骨折してつないだところだね
    お墓に三人分のお骨があって
    これも入るの?
    大丈夫だろう 入るよ
    
    のぞきこみながら
    好きなことを言い合う
    のぞきこまれる母は
    骨だらけのまま
    いたって無口である


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    おかえり


  
    母が帰ってきた
    一年九ヵ月ぶりに
    一壺の骨となって
      
    あんなにも家に戻りたがっていた母は
    あの日家にたどりつき
    安心してあの世にいった
      
  
    母を最後に見送ったのは
    寒い雨の降る日だった
    棺桶が家に入らなかったから
    遺体は白い布にくるみ
    母に添わせて
    茶筅と茶さじを持たせた
    それも解剖された後
    いっしょに焼かれたはずだ
      
  
    母は帰ってきた
    もう一度 別れるために
      
  
    市(まち)はずれのお墓で
    順子ちゃんと
    お舅さんとお姑さんともいっしょになる
    田舎のおばあちゃんのお墓にも
    一部は撒いてもらうことになっているからね
      
  
    おかえり
    骨だけになって
    おかえり
    お母ちゃん

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せまい土地


  
海と山に挟まれたせまい土地で私は生まれた
波を見つめていれば厭き
木々に囲まれればうっとおしい
平らな地面で寝そべっているのが気が楽だ
生まれた所を遠く離れて
今では 三本の川を渡って
大都市へ働きにいく
せまい場所が好きなのは私だけではないらしい
街はビルをまだまだ産み
埋立地に建物が生え
山並みや海を遮るようになった
せまい机の一日は
風景をつくづく眺めている暇もなく
紙の山を積み上げては崩して
暮れるのだが

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七月の影


  
乾いた土を叩いて足早な驟雨が過ぎていった
一斉に蝉たちが鳴きはじめる
みじかい夏を生き
酷熱をあおいで
こんな時こそ強く生きのびたい
と願いながら
同じ激しさで
何もかも投げ出してしまいたい
と望むのは
憶測よりも確かな腕で
邪推よりも堅固な足で
私たちはつかまなかった
愛より速く
月下美人は夜中に咲き
朝顔も朝には開き
その間を
背たかくのびた芙蓉の花が立つ
花が咲けばやがて実をつける
私たちは不吉なものを見逃した
蟹はすでに這いのぼっていたのだ
気まぐれ
退屈しのぎ
破れかぶれ
意味もなく吹きすぎる
ひとすじの風
あいさつもなく
消えていったもののねじれた痕跡
煙る足音を立てて
驟雨がまた通り過ぎる
蝉たちは一斉に鳴きはじめる
陶酔の夏を生き
熱いしたたりを受け
記憶されたすべての夏をこえよと

「櫻尺」20号 1999.10.30より

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サバイビング・ピカソ

            〜女は女神かドアマットのどちらかだ パブロ・ピカソ〜


  
新しい女ができるたび
作品に女の顔が現れる
ピカソは自分の気持ちに正直だ
  
  
一九一八 バレリーナ、オルガ・コクローヴと結婚
一九二七 十七歳のマリー=テレーズ・ヴァルテルを路上で見初める
一九三五 画家ドラ・マールと出会う
一九四三 二十一歳の画学生フランソワーズ・ジローと出会う
一九五二 ヴァロリスでジャクリーヌ・ロックと出会う
  
  
一つの関係は清算されることなく
新しい関係が生み出されていくのが彼のやり方だ
嫉妬に狂うオルガ
手紙を書きつづけるマリー=テレーズ
精神を病み電気ショック治療で信仰の道に入ったドラ
子供たちの権利を争うフランソワーズ
  
  
絵の中に閉じ込めるように
生身の人間を閉じ込められるはずもない
ゲルニカの前でマリー=テレーズとドラが取っ組み合いを始める
子供たちより作品の方がずっと本物のわが子
だとしても
なぜ 男は自分の視線の高さで
女を見つめることができないのだろう
  
  
一九五五 オルガ癌のため死去
一九六一 ジャクリーヌと再婚
一九七三 ピカソ死去
一九七七 マリー=テレーズ首吊り自殺
一九八六 ジャクリーヌ、ピストル自殺
  
  
ピカソの死から九ヵ月後
法律は改正され
フランソワーズの子供たちは遺産相続の権利を得た
  
  
尖った歯と厭味な舌を持たせられたオルガ
肉感的なマリー=テレーズ
泣きつづけるドラ
花のフランソワーズ
彫像のようなジャクリーヌ
絵の中で女たちは動かない
  
  
ピカソを生きのびて
今もフランソワーズは生きる


        *『サバイビング・ピカソ』監督:ジェームス・アイボリー、
         出演:アンソニー・ポプキンス、ナターシャ・マケルホーン他

「ガーネット」28号 1999.8.20より         


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四月の魚



  
沈丁花の香をかぎ
白木蓮に手招きされた頃から
それは始まっていたのか
桜が咲き始めてまもなく
私は一匹の魚となり
熱い海に入っていった
白波のあいだを難破船は何艘もくずれ
遠くで港の灯らしきものがにじんだ
あの世にいったはずのなつかしい顔や
いつも見慣れているはずの顔が
ひっきりなしにあらわれてくるが
流れは早く
あいさつもままならぬまま
どちらかの方がより深いところへと沈んでいき
沈みながらも流されていく
(もっと深いところではよどみない物語を語りつづけている者がいる)
時折 波から顔をあげると
私は深いため息のようなものを吐いては
熱の海へともどっていく
人魚の美しい声も
ねじれた髭のある大魚にも会わず
泳ぐというより
波の勢いでやみくもに進んでいく
誰のものとも知れぬ長い橋をくぐり
古びた都市の傾いた塔も眺め
ずいぶん遠くまで来てしまった
とたん
私は海を脱ぎ捨てた
それからは足が生え
手が生えてくるまで
じっと動かないでいた
まだ近くで桜は咲いていて
友人たちはそこで小さな宴を続けているようだった

                  「HOTEL」35号 1999.6.10より      


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