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vol.18
<詩を読む>

2000年の秋から冬にかけて読んだ詩集


2000.12.20 関 富士子

  寄贈していただいて読んだり、購入したりした新刊詩集のなかから、いくつかをご紹介します。お正月にゆっくりもう一度読みたい本ばかり。 

青い空の下で』 元山舞 \1500E 2001.1.1 ミッドナイトプレス

ミッドナイトプレス期待の16歳の新人。巻頭の「今日」は井坂洋子のデビュー作「朝礼」をちょっとだけ思わせる体育館の風景。
「規則正しく並んだ先生も
 きっと心の中は おかしいほど乱れてらっしゃるんだろう」
「らっしゃる」という敬語が効いていて、観察の鋭さにどきりとさせられる。ほかの作品も、どれも自分を取り巻く大きな世界を感受するスケールの広がりがある。
紹介するのはその中の一つ、「暇人」はとても好きな作品だ。



暇人HIMADATTA    元山 舞



空を見た。風のしくみを知った。

かたち在る者の死を知った。猫を知った。


空を見た。雲の動きは、いつもばらばらで、涙さえも止めてしまうこと。

私の手の中に眠る、骸骨は、笑ってた。そう見えた。


すべて、ばらばらに

すべて、退屈しのぎで、かけていくウサギを追った。

髪の毛は、邪魔だったから

木に、全部あげた。海から、声をかけられたけど、

うまく崩せなかったから、無視してみた。


おかしな世界。おかしな世界。おかしな世界。

いつもいつも、笑っていた。

ほんとうに、学校生活って、いつも追われているようでいながら、どうしようもなく退屈だったね。あのころの何とも言いようのないいらだたしさ、はっきりと蘇ってきた。空を見ても、海を見ても、ただ笑っているほかなかった。自分のからだもこころも、つかまえておくことができなかった。ほんとうにおかしな年頃だった。そんな現在をしっかりと表現し得ていることに感嘆する。

Word's River』 Riv \500E 2000.12.10 私家版 掲示板Cafe@River

インターネットのHPでハンドル名で詩を発表している人は数多いが、ここを基盤として紙版の詩誌や詩集を制作する詩人たちも増えてきた。この詩集も、パソコンとプリンターでの手作り。グリーンのインクが繊細に仕上がっている。言葉の運びや繰り返しに、ポップスやロックのリズムがあるようで、内容も人生や生き方を問いかけるものが多い。彼らが影響を受けているのは明らかに同時代の音楽とその歌詞なんだな。この詩集にもそんな絶叫調もあるが、静かに胸のうちを語るようなしんとする作品も多くて好もしい。これからは悪しき現代詩に触れることなく、一足飛びに時代を超えていく詩人たちが生まれるのかもしれない。紹介するのは、具体物の抽象化に成功している乾いた感じのちょっとおもしろい作品。



ママ・タルト       Riv




伸びる影が君の好きなタルトだったら
長いことは嬉しいかもしれない

でもフォークを落としたから
自分はそれを食べきれないと思ってしまう

あのカーテンの向こうには
無菌フォークを持ったウエイトレスが
一列に並んでいるというのに

黒光りするオークのテーブル
こぼれ続けるミルク
高い大きな天窓には
鳥がはばたく

みんなゆっくりと動く
そんなに遅くては
あたためたパイも冷めてしまう
サワークリームは分離してしまう

人生が
甘く豊かなケーキだったら

(蟻がたかってしまう)
苦いビールだったら

(オヤジが飲んでしまう)

輝くプールだったら

(犬が泳いでしまう)
(猫はあくびする)

でも声だったら

君は歌わなきゃね

そして
誰かの歌に耳を傾ける

マイクロフォンは発明される

そして新しいフォークが届けられる

君は影の長さに関係なく
タルトを味わえるようになる


しろつめくさの恋』 成田ちる 荒川純子 南川優子 奥野雅子 \1000E 2000.11.30 私家版 Nekomimi Note

リードに、「与謝野晶子の「みだれ髪」をもとに描いた、四人それぞれの恋愛」とある。恋愛詩集?『ピクニック』を出版したばかりのわたしとしては、最近の恋愛真っ盛りの女性たちはどんな恋をしているのだろうなあ、と興味津々。オムニバスのドラマみたいな構成でおもしろく読んだ。共通点もあり、それぞれ個別の悩みもあり。恋愛の対象としての男は影が薄く、独白的である。同世代の男性たちの能天気ぶりに比べて、女性は社会や対人的な齟齬を多く抱えていてきついことが多いと思う。都会に住み、仕事を持つ独身の女性の書く詩が、新しい都市生活詩というジャンルを作るかもしれない。

雲が集まってくる』 小網恵子 \2000E 2000.11.1 詩学社

生活の丈にぴったり合っていながら、日常から非日常へずれる感覚が自然で共感がある。

石が伸びる』 常木みや子 \1500E 2000.10.31 あざみ書房

全体に短めの作品が多く、中央部分に数行以内のシンプルな短詩が収められた詩集。作者の見たシリア砂漠の風景が、これらの作品の生まれる源になっているようだ。自然の事物の乾いた強烈な存在感が感受されている。感受したものを独自の言葉に焼き付けようとする、静かだが持続的な意志を感じる。

空室』 柴田千晶 \2000E 2000.10.25 ミッドナイトプレス

1997年に東京で一人の売春婦が殺された事件を題材にした作品を中心に編んだ詩集。この事件が起きたとき、被害者の母親がマスコミのインタビューに、細い悲痛な声で何もお答えできません、とくり返していたことが思い出された。派遣社員としてあちこちの会社を転々とする仕事、妻子のある男とのセックス。都会の荒涼とした風景。こう説明してしまうとありきたりのようだが、細部にリアリティがあって、人間を空っぽにしてしまう現代空間をしっかり見据えている。語り手となる人物の母と子の関係の描き方に説得力があって、作品に厚みを増している。散文形と行分けの切り替えも重くなりすぎず、効果的。事件性に負けない筆力で一気に読まされた。引用するのは、「赤い鋲」という作品の部分。



派遣の仕事がいよいよだめになったらダスキンのクリーンレディになろうと思う
と、派遣歴7年の森さんは言った
首都圏に44店舗あるコンビニエンスストアーの本部の壁に貼られた
東京23区の近郊地図に打たれた44の赤い鋲
郊外の店舗予定地には青い鋲が打たれている
森さんは赤い鋲を一つ外した

老人介護か医療関係、いっそ葬儀社というのはどうだろう
転職雑誌の目次から葬儀の項目を探している森さんの目は充血している
ずっと充血しっぱなしなのだ私たちは

地下鉄の車内で、立ったまま目薬を挿した
地下鉄の車内で、立ったまま性交してもいい
地下鉄の車内で、夕食を食べてそのまま眠ってもいいと思う
私たちは充血している。體も、心も

赤い鋲」部分



空気の中の永遠は』 足立和夫 \1500E 2000.10.25 編集工房向う河原

「タノカの店」という作品のおばさんの「おまちどうさま」という声は、孤独のなかにのめりこんでいく自分と、世間という永遠を繋ぐ救いの声か。私事で恐縮だが、自分が独り暮らしをしていた何十年も前の数年間の生活を思い出した。風邪で熱を出して数日寝こんだときのこと。食べ物は何もない。このままだれにも知られず死んでしまいそうな危機感があって、ふらふらになりながら近くの食堂にたどり着いた。そこで食べたオムライスはまさに救いでしたっけ。
18 足立和夫詩集空気の中の永遠は』を読む 桐田真輔


頭の名前』 長尾高弘 \1800E 2000.10.10 書肆山田

ある集まりで巻頭の作品「死なないように」を詩人自身の朗読で聴いたが、「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、」と犬がハアハア言うみたいに息せき切って読んだので面白かった。本人の言では最後の「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。」の句点のところで死んだことを表したかったということである。
vol.18 長尾高弘詩集『頭の名前』を読む 桐田真輔

創業天明元年ゆきやなぎ』 清岳こう \2000E 2000.10.1 土曜美術社販売

不動産屋の張り紙や酒造のポスター、雑誌の見出し、古めかしい薬のラベルの文句を引用して、達者な語り口の詩行を続けるスタイル。キレのいいリズムがあり、小気味よく温かみのある批評性がある。こんな詩人の手だれの技を見るのがとても好き。圧巻は、「じい様が女文字で旅先から出した手紙」。日本の百年に生きた男たちの横顔が彷彿と現れる。

遠いあいさつ』 日原正彦 \2000E 2000.9.30 土曜美術社販売

「現代詩の十人」アンソロジー「日原正彦」と合わせて読むと詩人の全貌がわかるだろう。前半の「あいさつ」シリーズは、「元気ですか」「こんにちは」「さよなら」などのあいさつ言葉をテーマにしたもの。軽妙で思わず吹き出しそうになりながら読み進むうち、詩人の心優しさに胸が温かくなる。大切な人に語りかけるような懐かしい語り口。後半の短い引き締まった詩を一つご紹介する。


驟雨   日原正彦



そのひとは まるで
太古の青空のような
大きなほほえみのなかからやってきて
わたくしの前に立つ

わたくしは そのひとのまなざしのなかに
しびれた雲のように浮かんでいる

雨に なりそう
骨折だらけの



華道クラブ』 若栗清子 \2400E 2000.9.25 思潮社

タイトルが詩集らしくなくておもしろい。巻頭に、ある詩人の書いた著者を称える言葉が載っている。こういうものは初めて見ました。高校の華道クラブに集う高校生たちや、息子など身近な若者たちの姿を描いている。現代に生きがたく苦しむ子供たちへの共感に貫かれた作品。

雪柳さん』 有働薫 \1800E 2000.9.19 ふらんす堂

さっぱりとしたリズムの感覚的な短かめの詩の間に、散文風の長めの詩が挟みこまれている。この詩人の本質的なよさは、対象を簡潔に描写し、少ない言葉に余韻を残す行分け詩の方にあると思うが、数篇の散文詩の、テクニックを捨てたような飾らない書きぶりもなんだか好ましい。過ぎてしまった時間を追憶していて、感傷もあるのだが、その気持ち、とってもわかる、とうなずきたくなる。
紹介するのは、生の初源の鋭敏でピュアな感覚と、人生の午後に傾きかけている精神がないまざったような、奇妙な味わいの作品。



c.少女懸垂     有働 薫



こういう絵を描かなければならなかったひとの運命
こういう詩を書いて死んだひとの痛ましさ

日曜日の午後
疲れて
散らかった
部屋で

《夕陽学舎》
あの厚ぼったいねずみ色の門札は燃やされてしまったか
四○年後に戻ってみると
人けのないテニスコート

今年も稲の実る頃
空に怒りの放電が走るだろう

白い紙も黒い紙もごみ袋に詰め込んであります
あす通りの集積所に出してください

少女は自分を研ぎ澄まそうとする


18 有働薫詩集『雪柳さん』を読む 桐田真輔

二000年の切符』 寺田美由記 \2000E 2000.9.16 詩学社

詩学』2000年新人。どの詩も現実の生と死へ重く向き合いながら思索されている。その日常をなんとか引き受けることで、作者自身が生きようとする姿がゆるやかに見えてくる。

泥土』 川田絢音 ¥1500E アリス舎 2000.8.1 E-MAIL Alicesha3@aol.com 高瀬陽子


前作『球状の種子』(思潮社刊)以来の新詩集。52ページに短い作品22篇が収められている。何かの雑誌で広告を見て読みたいと思っていたが、アリス舎という発行所は聞いたことがなかった。先日北村太郎の会でわたしの第3詩集『蚤の心臓』を編集してくださった高瀬陽子さんと偶然同席した。手紙のやり取りだけで、お会いしたことがなかった。新しい詩集『ピクニック』を読んでいただこうとしたら、これで交換で、と差し出されたのが、川田絢音の『泥土』である。読みたいと思っていた本に思いがけず出会った驚きと喜び。発行所のアリス舎は思潮社の編集を辞めた高瀬陽子さんの出版社だそうだ。

川田絢音は大好きな詩人。彼女の詩のどれを読んでも、わたしのもう一つの魂が、異国の街をさすらっているように思えてならないのだ。今回の詩集は舞台をイタリアから中国に移している。現代詩文庫の年譜によると、彼女は幼児のときに両親とチチハルから引き上げてきた人。故郷ともいえる中国に旅したときの作品であろう。旅行者らしく、目は中国の人々、街の柳などの自然に向けられている。彼女の存在はここでは希薄だが、しかし、人を見ても木を見ても、対象とどこまでも密接に結びついていく危ういまでの感覚がある。


路 上     川田 絢音



巻いた蒲団を持つ人は
眠るところを
仕事を探さなければならないが
行(ぎょう)のためにあらわれたのではないか
夜明けに出荷する野菜に寄りかかり
うずくまる人のそばで
手を合わせる思いになる
夕暮れに屑を積みあげて売りに行き
夜のリヤカーで眠る人から
ゆらめき漂うもの
大通りの明かりのもと
何もかもうまくいかない痩せた思いを立てている
うつむいて さなぎのように
低いところに晒されている
何かにもとづいて
路上で
ひとつの塊りをなしている
胸はしめつけられ
溜息は破れない
その先は見えない
底光りする夜に呑みこまれて




パッチワークの声』 若林道枝 \2000E 2000.7.31 詩学社

横組みの体裁で、作品を、左ページに日本語で、右ページに英語で対応させている。はるばるアメリカから響いてくる深深とした低い声。異郷の地で生活し、子供たちを育て、働く年月の重なりが、ひたひたとこちらの岸まで届くようだ。左のページから右のページへ、時間と言葉がたっぷりと流れていて、ふたつの国の人々に読まれるこの詩集がうらやましい。
vol.18 若林道枝『パッチワークの声』(詩学社) を読む 三井喬子


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