rain tree homeもくじ最新号もくじ最新号back number vol.1- もくじBack Numberback number26 もくじvol.26ふろく執筆者別もくじ詩人たちWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など
vol.26

関富士子の詩vol.26-3 連作 植物地誌

ヤマユリセイヨウイラクサ  

ヤマユリ

 客が抱えてきた、人の背丈ほどもある花束。
女の腰を抱くように、すぼまったリボンのあ
たりに両腕を回している。見舞いの言葉を呟
きながら、横たわったあなたに屈もうとする。
強い香りに顔を背け目を閉じてしまうので、
向き直ってわたしに花束を押し付けた。
  
 反った花弁の内側に黄の筋が入り、小さな
朱斑がいちめんに浮いている。粘った雌蘂が
突き出て、雄蘂の長楕円形の葯から赤い花粉
がこぼれて指を汚す。陶の傘立てを瓶にして
脇に置くと、茎の長さは150p。7つの花
が枕の中をのぞくように首を横に曲げる。客
はベッドに体を寄せ、病人に何やらささやい
たあと、ながながと祈って帰っていく。
  
 夜にあなたの激しい咳の発作に目覚めた。
枕を背に起き上がってぜいぜい喘いでいる。
寝室に胸苦しい香りが満ちて、白い7つの顔
がじっとあなたを見ている。喉の粘膜が充血
して膨らみ、細くなった気道を締めていく。
わたしは飛び起きて北と南の窓をいっぱいに
開けた。風が吹き抜けてカーテンをめくる。
瓶から花を取り、横抱きに走って、窓の外の
闇へ力いっぱい投げ捨てた。



tubu<詩>セイヨウイラクサ(連作「植物地誌」関富士子)へ
<詩>晩年の野良衣(関富士子)へ


セイヨウイラクサ

  
 ハーブ畑に生える雌雄異株の多年草。アレ
ルギーなど炎症を沈静し、貧血にもよい。利
尿、消化、収斂作用。さらに、月経を誘発し、
子宮の活動を刺激する。茎は衣料繊維として
使われる。
  
 納屋の中から鈍い擦り打ちの音が聞こえる。
刈り取って干してあった草の茎を木槌で叩い
ている。ものういリズムとかすかな息づかい。
もう何日も入ったきり出てこない。節穴から
のぞくと、天井に黄ばんだ日が差しこんで、
斜めの光の中に、草の細かな刺毛が塵のよう
にきらきら浮かんでいる。茎を叩く者の髪に
も肩にも、刺毛は積もる。首筋に入って発疹
を起こす。乾いた根の苦い匂い。
  
 白鳥にされた兄たちのために、娘は指を血
だらけにして、イラクサでガウンを編んだ。
指は粗い繊維に擦れて腫れた。なぜ娘の兄は
十一人もいたのか。指を刺毛で痛めつけるた
め、娘の月経を呼び、流産を誘発させるため。
納屋の中で一週間休みなく草を叩く者は、股
から血を流している。柔らかい干し葉をひと
つかみ挟んでいる。


*語彙、文体の一部は、日本百科大辞典別冊原色植物図鑑から引用がある。
「セイヨウイラクサ」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示

連作「植物地誌」vol.24「レンゲソウ」へ

< 詩を読む>中上哲夫著『春・夏・秋・冬 ふしぎ、ふしぎ』のかじり方 (阿蘇豊)へ
<詩>ヤマユリ(「植物地誌」関富士子)へ
<詩>6月に生まれて(関富士子)へ
rain tree homeもくじ最新号もくじ最新号back number vol.1- もくじBack Numberback number26 もくじvol.26ふろく執筆者別もくじ詩人たちWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など
vol.26
関富士子の詩vol.25へ