元号 |
年 |
月 |
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天明 |
5 |
* |
表具師浮田幸吉が、岡山京橋の上より旭川の河原に、自作滑空機で飛行に成功。 |
明治 |
10 |
5 |
築地海軍繰練所において、海軍の繋留気球を使用して初の有人昇騰に成功。 |
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24 |
4 |
陸軍伍長二宮忠八が、「烏型模型飛行器」の飛行実験に成功。 |
37 |
* |
2月に勃発した日露戦争において、偵察や弾着観測に気球を使用。 |
40 |
10 |
中野に陸軍気球隊設立。 |
42 |
7 |
航空技術促進のため、勅令により臨時軍用気球研究会官制が発布され、帝国陸海軍合同の「臨時軍用気球研究会」が発足。 |
* |
不忍池において海軍大尉相原が、ルプリアール式グライダーで自動車牽引による滑空に成功。 |
43 |
12 |
代々木練兵場において14日から16日にかけて陸軍歩兵大尉日野熊蔵が、「グラーデ単葉機」で試験飛行に成功、19日には陸軍工兵大尉徳川好敏が、「アンリ・ファルマン1910型複葉機」で公式飛行に成功する。 |
44 |
4 |
所沢飛行場において日野大尉が「ライト複葉機」で、徳川大尉が「ブレリオ12型単葉機」で飛行。 |
5 |
民間の奈良原三次が設計制作した「奈良原式飛行機」が初飛行に成功。 |
7 |
「臨時軍用気球研究会」が「アンリ・ファルマン」を参考に国産機の設計製作を開始。 |
8 |
飛行船「会式イ号」の完成。初飛行は同年10月。 |
10 |
国産機「会式一号」機完成。初飛行に成功。 |
12 |
男爵滋野清武の設計による「滋野式複葉機わか鳥号」がフランスにおいて完成。 |
45 |
4 |
神奈川県川崎競馬場で初の有料公開飛行を実施。 |
5 |
操縦及び偵察将校の養成要領の発令。 |
6 |
帝国海軍により、「海軍航空術研究委員会」が発足。 |
大正 |
元 |
11 |
神奈川県横須賀の追浜において、2日に海軍大尉河野三吉が「カーチス単フロート水上機」で、6日に海軍大尉金子養三が「モーリス・ファルマン1912型水上機」で試験行に成功。12日には、大正天皇御即位記念観艦式においてそれぞれ公式飛行に成功。 |
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2 |
4 |
民間の帝国飛行協会設立。(日本航空協会と帝国飛行協会の合併) |
5 |
海軍大尉中島知久平が国産海軍機「海軍式水上機」を設計試作開始。(完成同年秋) |
7 |
帝国陸軍が、空中の飛行船と地上の電信隊の間での通信に成功。 |
8 |
帝国陸軍が、フランス製爆弾投下機を使用した初の投下実験。 |
帝国海軍が、特務艦「若宮丸」を水上機母艦に改装。 |
* |
帝国陸軍が「モーリス・ファルマン1913型」を導入。 |
3 |
3 |
帝国飛行協会の「ルンプラー・タウベ単葉機」により、民間飛行家初の帝都訪問飛行に成功。 |
6 |
第一回民間飛行大会開催。 |
8 |
7月に勃発した第一次世界大戦に日英同盟にしたがって参戦。ドイツ領中国山東省青島の攻略のため、帝国海軍は水上機母艦「若宮丸」に「モ式小型水上機」「モ式大型水上機」を搭載して出動。 |
9 |
「モ式」による偵察、弾着観測、爆撃を開始。帝国陸軍も「モ式陸上機」「ニューポール単葉機」を派遣。 |
10 |
日本軍陣地上空の偵察を行っていたドイツ軍機を迎撃するため帝国陸海軍機が出撃。 |
11 |
帝国陸軍が帝国飛行協会の「ルンプラー・タウベ」2機を買い上げ、青島へ派遣する。 |
* |
海軍「横廠式中島トラクター水上機」の試作。 |
* |
欧州戦線において、男爵滋野清武、帝国飛行協会の磯部鉄吉、他数名がフランス陸軍航空隊に義勇将兵として参加。 |
4 |
4 |
飛行船「雄飛」完成。 |
10 |
海軍大演習において飛行機が初めて参加。 |
11 |
民間の伊藤音次郎が設計制作した「伊藤式恵美一号」機の初飛行に成功。 |
12 |
帝国陸軍が、航空兵力運用のため陸軍航空大隊を編成。 |
観兵式において、飛行船と飛行機18機が参加。初の空中分列式。 |
* |
陸軍「モ式四型機」の採用。生産機の初飛行は翌年4月。 |
5 |
1 |
海軍「横廠式ホ号乙型水上機」の試作。 |
3 |
帝国海軍は海軍航空隊令を制定。 |
4 |
帝国海軍は、追浜の航空術研究委員会を制式の部隊とし、横須賀海軍航空隊と命名。帝国海軍初の航空部隊となる。 |
5 |
東京の羽田に日本飛行学校が開校。 |
6 |
帝国海軍が航空部隊将校育成のための航空術学生の教育を開始。 |
6 |
11 |
陸軍「甲式三型戦闘機」の採用。 |
12 |
群馬県太田に飛行機研究所(後の中島飛行機)設立。 |
7 |
4 |
東京帝国大学に付属航空研究所が設置される。 |
8 |
前年11月に起こったロシア革命に際して、在留邦人保護のために派遣されていた帝国陸海軍のうち、帝国陸軍が航空部隊を進出。 |
11 |
海軍「横廠式ロ号甲型水上偵察機」の採用。 |
8 |
1 |
帝国陸軍は、フランスよりジャン・ポール・フォール大佐を団長とする飛行教育団を招き、第一次大戦の欧州での戦訓を取り入れた航空技術の近代化を促進する。 |
2 |
民間機「中島式四型六号機」の飛行に成功。 |
4 |
帝国陸軍が、陸軍航空部及び所沢に飛行学校を設立。 |
5 |
三菱神戸内燃機製作所(後の三菱重工業)設立。 |
7 |
帝国飛行協会が国際航空協会(FAI)に加盟。 |
8 |
川崎造船所飛行機科(後の川崎航空機工業)設立。 |
10 |
フランスパリにおいて国際航空条約締結。日本も委員を選出。 |
* |
陸軍「乙式一型偵察機」の採用。 |
* |
陸海軍「ソッピース・パップ式戦闘機」の採用。 |
9 |
5 |
イタリアより、フェラリン中尉らによるローマ−東京連絡飛行到着。海外からの初の訪日飛行。 |
6 |
水上機母艦「若宮」艦首滑走甲板より、海軍「ソッピース・パップ式戦闘機」を用いて初の発艦試験に成功。続いて戦艦「山城」艦首二番砲塔に特設した滑走台よりの発艦に成功する。 |
8 |
航空局の設置。 |
陸軍「中島式五型練習機」の採用。 |
* |
帝国飛行協会主催による第一回飛行競技会開催。 |
* |
川西機械製作所(後の川西航空機)設立。 |
* |
陸軍「丙式一型戦闘機」の採用。 |
10 |
4 |
航空法の公布。(昭和二年六月施行) |
5 |
帝国飛行協会により、第二回飛行競技会開催。速度競技で民間国産機「白戸式二五型競技用機」が優勝。 |
7 |
帝国海軍は、イギリスよりウィリアム・フランシス・センピル大佐を団長とする飛行教育団を招き、第一時大戦の欧州での戦訓を取り入れた航空技術の近代化を促進する。 |
8 |
帝国飛行協会により第三回飛行競技会開催。 |
10 |
海軍「一〇式艦上戦闘機」の採用。 |
* |
民間機、川西「K−二型」の試作。 |
* |
陸軍「丁式二型爆撃機(ファルマンF60)」の採用。 |
* |
海軍「スパローホーク式艦上戦闘機(グロスターシャー・スパローホーク戦闘機)」の採用。 |
* |
海軍「ソッピース・クックー式雷撃機(ソッピース・クックー陸上/艦上雷撃機)」の採用。 |
* |
海軍「F五号飛行艇(ショートF5飛行艇)」の採用。 |
11 |
3 |
東京上野で開催された平和博覧会に、ジュラルミンを使用した「中島式B−六型(ブレゲー14型)軽銀号」が展示される。 |
6 |
日本航空輸送研究所の設立。大阪−徳島間の運行。初の航空輸送事業。 |
8 |
帝国陸軍は、制式の落下傘教育を開始。 |
海軍「アブロ式陸上/水上練習機(アブロ504K練習機)」の採用。 |
海軍「一〇式艦上雷撃機」の採用。 |
11 |
日本航空輸送研究所により、民間定期航空運行の開始。 |
12 |
航空母艦「鳳翔」の竣工。 |
* |
海軍「ハンザ式水上偵察機(ハンザ・ブランデンブルグW−29)」の採用。 |
12 |
1 |
東西定期航空会による、東京−浜松−大阪間の郵便及び貨物輸送中心とした航空輸送を開始。 |
2 |
航空母艦「鳳翔」に「一〇式艦戦」で、三菱の外国人試験飛行士による着艦試験実施。 |
3 |
航空母艦「鳳翔」に「一〇式艦戦」で、日本人による着艦試験実施。 |
4 |
日本航空株式会社が設立。 |
6 |
帝国海軍は、高度試験において酸素吸入器を使用、高度七千メートルを記録。 |
7 |
日本航空による郵便輸送を中心とした、大阪−別府間の定期航空路の運行開始。 |
飛行船「アストラ・トウレAT−2」の完成。 |
11 |
海軍「一〇式艦上偵察機」の採用。 |
* |
陸軍「甲式四型戦闘機(ニューポール29型)」の採用。 |
13 |
1 |
海軍「一三式艦上攻撃機」の採用。 |
7 |
山階宮武彦親王により命名された、川西K−6水上輸送機「春風」による日本一周飛行の成功。 |
11 |
陸軍「乙式一型練習機」の採用。 |
石川島飛行機製作所の設立。 |
14 |
4 |
逓信省が、航空郵便輸送業務を開始。 |
5 |
帝国陸軍が、陸軍航空本部を設置、航空兵科の新設。 |
7 |
朝日新聞社によるローマ訪問飛行出発。初の訪欧飛行。同年10月到着。 |
10 |
海軍「一三式練習機」の採用。 |
帝国飛行協会による、琵琶湖周回飛行競技会開催。 |
15 |
1 |
海軍「一四式水上偵察機」の採用。 |
9 |
日本航空により、大阪−大連(中国)の定期航空路の運行開始。初の海外定期航空路。 |
10 |
川西「K−7型水上飛行機」による、大阪−上海間日中連絡飛行の実施。 |
* |
陸軍「八七式軽爆撃機」の採用。 |
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