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vol.22

田村奈津子詩集 人体望遠鏡

1999年あざみ書房刊 \1000 注文できます。

風を見る石砂の蟹座天の滴風の治療師名もない日露地裏天使の角度夏の川人体望遠鏡木星の月ユーラシアの眠り


風を見る石

    
    (水でない水にあなたは似ている
  
その川にからだを浮かべ
笹船のように流してみたい
移動するわたしを貫いていくのは
手のひらを訪れる光の信号
  
  (あなたがわたしに送信する湖(あお)は
    (彼女の脳で音になって像を結ぶ
  
風を見た日
マリアの色のワンピースを着ていた
震える膝であの丘にのぼった
コバルトブルーのガラスのパイプを
石の祭壇に吊していた
オルガンになったわたしは鳴り響いて
ももいろの魚に変わっていた
水辺でカミをほどいていた
  
 (何もなかったように地上ではことが運ぶ
  
わたしを立ち止まらせる無言の囁きは
カミの速度で耳をくすぐる
これがあなた方との対話
わたしを通過した理由は問わない
流れていく贈り物を
ただ静かに感じるだけ
水が消えないうちに
深く息を吸うだけ
  
  (眼差しに髪が洗われて
      (神が紙にこぼれてくる
  
風を見る石に立って
その場所の名を知った
大地の鼓動に揺れて
なつかしい声に触れた
  
ワタシハ陽射シニ溶ケテ 光線ニ合流シテイタ


「風を見る石」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>砂の蟹座(田村奈津子)
<詩>「植物地誌」ダイズ(関富士子)
<詩>音の梯子(関富士子)


砂の蟹座

      
椰子の葉のリズムに
波の音をかさねて
背中の温もりから
耳でいのちを感じている
    
鳶の旋回に
血液を巡らし
砂に洗われた
からだを発見する
    
弓の形の浜から
繰り返し時間が放たれていく
欠けた甲羅が目印だった
そっと拾うと砕けていった
    
左の月を切り離し
分子を海に返してやった
濁った瞳を交換して
太陽の右に手を伸ばした
    
開かれた細胞から
巡る水が浸透する
でこぼこの記憶が
風化していく
    
土星の滴が
降る胸には
蟹座が
静かに広がっていた
    
真昼の木星を
透視していたのは
砂に帰る
星のからだ


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tubu<詩>天の滴(田村奈津子)
<詩>風を見る石(田村奈津子)


天の滴

  
赤い雨が
大地に突き刺さり
ピリピリと
静脈を刺激した
     
チェロの響きに
耳を澄ませて
真昼の星を
思い浮かべた
     
瞳から雨を降らせ
細胞の戦場を悼んだ
     
巡る水をみつめて
音楽の奇跡を信じた


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tubu<詩>風の治療師(田村奈津子)
<詩>砂の蟹座(田村奈津子)


風の治療師

  
空を泳ぐ枝が
支那の龍のように跳ねて
連続するわたしの脈に
燃えるような柿色が流れ出す
百億の実りは
生きることを許すように
魂を真似ている
    
 (夏が壊れていくわけを知りたかった
  
歩行を止めず
ただ風を見ていた
苦い果実を食べすぎて
濁った血を知らなかった
月から還った兄弟が
地球儀の卵を二つ
ピアノの上においた
ひびわれた皮膚から
斜めに光が染み込んだ
  
(彼女が祈りを送信していく
  
寂しい細胞に
熱い息を埋め込んで
渦巻く場所で
キミトハナシハジメタ
つむじが回り 犬が吠える
淋巴が流れ 血管を洗う
森に満ちる言葉を
夢で解読したかった
  
 (葉っぱのように一度
       (死んでみればよかった
  
風がおこるからだの中で
目覚める景色を掬いあげて
雲の龍に
明日の道を聞いた


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tubu<詩>名もない日(田村奈津子)
<詩>天の滴(田村奈津子)


名もない日

  
名もない日
ただ日が昇り 風が吹き
雲が流れていく その朝に
種は鳥に 運ばれて
小さな土に 寝床をみつける
  
名もない日
たくらみのように
色づく実は
秘密の言葉で 囁き
約束の地を 予言する
  
名もない日
虹が立った その場所で
石を集め 木々を組み
二人は 夢を交換し
社に 魂をそそぎこむ
  
名もない日
天使と悪魔は 宴によばれ
道連れの 証として
水をワインに 変え
魔法をかけあっては 大声で笑う
  
名もない日
開かれた 祝いの箱には
星星から 手紙が届き
聞きなれた 呪文に
魂が 混じり合う
  
名もない日
二人は
風のカーテンをめくり
景色に埋められた
物語を発掘する
  
名もない日に
名を呼んで
二人は
赤い実を捧げ
運命の精霊を 呼び出すのだ


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tubu<詩>露地裏(田村奈津子)
<詩>風の治療師(田村奈津子)


露地裏

  
蜘蛛の巣に
光る露を
織り込んで
時を超えた
記憶の
毛細血管をたどり
見知らぬ露地を曲がった
  
置き去りにされた
蝋石の落書き
へのへのもへじの
三角帽は
消えないで
子どもがみんな
消えていく
  
朝顔が閉じ忘れた
夕暮れ
この縁側の
空気だけ
彼岸色に燃えている
  
「さよならニッポン」と
ラベルを着せられた
ビール瓶が
水のベッドで
静かに眠っている
  
風鈴の音を
耳に飾って
笑いながら
涙を
巻き戻した


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tubu<詩>天使の角度(田村奈津子)
<詩>名もない日(田村奈津子)


天使の角度

  
からだが壊れたら
石をさわりにいく
手のひらから
響きを感じて
音符のかたちに眠る
  
からだが泣き出したら
砂浜に寝転びにいく
背中から
波を聴いて
水のかたちに揺れる
  
からだが歩き出したら
木の葉を拾いにいく
鼻孔から
土の香りを嗅いで
山のかたちに広がる
  
からだが踊り出したら
青空をまといにいく
瞳から
空気を吸いこんで
光のかたちに緩む
  
からだが流れ出したら
夢を結びにいく
脳天から
はみ出して
天使の角度を射る


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tubu<詩>夏の川(田村奈津子)
<詩>露地裏(田村奈津子)


夏の川

 
葡萄畑の隣で
たくましく庭が生きている
フェンネルが繁る
蝉の午後に
紫の実を
色水に変えた
夏の子どもを呼び出して
あなたと笑いあった
流れなくて
痛い関節に
葉脈を
つないで
新しい家族になる
如雨露がころがり
風が遊ぶ刹那に
細胞が揺れて
いのちが震えた
贈られたからだが
生きる時間の
短さを知った


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tubu<詩>人体望遠鏡(田村奈津子)
<詩>天使の角度(田村奈津子)


人体望遠鏡


流れる汗の源を問うと
遠い川で洪水がおきている
  
月光を反射して
発熱が続いている
  
夢が走っている
白血球が増えている
  
夜明けの海
白いイルカが跳ねた
  
月が流れていく
道が開かれていく
  
土の香りは遠く
花の揺らめきが消える
  
忘れがたい笑顔だけを
故郷と呼んでいる
  
どこを航海しているのか
何を奏でたいのか
  
皮膚の地図を読む
爪の輝きが灯台代わりだ
  
脈をとって目を閉じ
人体望遠鏡をのぞく
  
見知らぬ船がわたっていく
転調した波で汗がひく


「人体望遠鏡」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>木星の月(田村奈津子)
<詩>夏の川(田村奈津子)


木星の月


意気のいい 緑が
葉脈から 飛び立つ朝
きらきら
光を 浴びて
細胞が 心よりさきに
喜んでしまう
  
さわさわ
木々の声を 聴いて
からだの奥 密かに
響きあう 流れを
魂の川
と呼んでいる
  
見たこともないのに 知っている
どこからか 湧きあがる
景色を 目指して
ふわふわ
ひとりでに
時間と 足が動きだす
  
太陽を 漬けこんだ
かりん酒を
ゆっくり 飲み干したあと
「幸運」とつぶやく 二人は
甘く苦い軌道を 回り始める
  
互いの存在を 見つけ合って
望遠鏡を 手に入れた
彼方の闇を のぞき込む
勇気を 手に入れた
引力の法則を 忘れてはいなかった
  
ガリレオが 望遠鏡で
初めて 発見したのは
木星の月だった
  
木星を巡る 月のように
巨大なエナジーを 浴びて
この儚い からだを
繋ぎ止めて
生きる
いつか塵に還る その日まで
いつか星になる その日まで


「木星の月」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示
tubu<詩>ユーラシアの眠り(田村奈津子)
<詩>人体望遠鏡(田村奈津子)


ユーラシアの眠り


竜の骨を煎じて
細胞の気分をなだめた
  
名付けたものをほどいて
水の傾きを生きる
  
空から降る釣針
誰かが喉をつらぬいた
  
南へ向かう風に乗って
西の言葉を日干しする
  
マンモスの骨を煎じて
おやすみ 二十世紀の騒音
  
嘘をつくと血が濁る
笑わないと島は見えない
  
銀の匙にたまった水を飲んで
今夜 大きな河になる


「ユーラシアの眠り」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示

あとがき


 四階の我が家のベランダをふと眺めると、パンジーの鉢にテニスボールのような白い塊があることに気がついた。近づいて手に取ると、ずっしり重い。なんとそれは卵だった。
 一体、誰が置いたのか?
 一体、誰が産みおとしたのか?
 一体、誰が運び忘れたのか?
 思いがけない天からの贈り物に、笑いがこみ上げてきたが、卵の落し主に思いを馳せながら、そっともとの場所に戻しておいた。
 翌日、卵は消えていた。
 ベランダで産み落とされた生命の行方が、いつまでも気になって仕方がなかった。
 それにしても、鳥が産み忘れた卵を再び取りにやってくる、ということがあるのだろうか。
 ここにまた、詩の卵を一つ置くことにした。

 1999年9月9日
        虹の島、タートルベイにて
                   田村奈津子



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